伸びるもの
メアリの家の奥、浴室の浴槽に浮かぶ大きな蕾──ノライ。
水面に浮かぶ蕾の下で白く長く太い根が、浴槽に満たされた水の中で成長していた。浴槽には蛇口から常に水が落ちている。ノライの根はその水を勢いよく吸収する。だが、浴槽の水だけでは足りていなかった。そのため、白い根は、その先端をドリルのように浴槽の底にめり込ませ、家の基礎コンクリートに穴を開け更に地中を潜り、地下の水脈を探り当てた。
地下の水脈はミネラルを含んで、それを吸収したノライは、益々瑞々しくぷっくりと膨らんだ蕾を微かに揺らして更に大きくなった。
ただ、地下の水脈に根を伸ばしているのは、メアリのノライだけではなかった。左右から太くごっつい白い根が、冷たい澄んだ水を凄い勢いで吸い上げているのだった。
それはメアリの家の両隣の空き家から伸びていた。人が住んでいないので水道は止まっている。それでもそこで息づいているノライは、かなりワイルドで逞しかった。住む人のいない家の中は白い根が水の無い空間に所狭しと伸びて絡まり合い、ぎちぎちに根詰まりを起こした植木鉢の中の様だった。
蕾も白い根に絡みつかれ、その姿がどこにあるのかおそらく見つけられないだろう。そして白い根の一部は水を求めて地下水脈に辿り着いて、冷たい水を貪って吸い上げていた。
そもそもなぜメアリの家の両隣が空き家なのか、理由は単純だ。家の者が全員ノライの根に絡め取られ吸収され、姿が消滅したのだ。おそらく、メアリも間もなく姿を消すことになるだろう。
アヤカの部屋では、小振りなノライがアクリル水槽の水にゆったりと白い根を伸ばしていた。蕾もバレーボール大のまま、艶やかな黄緑色に膨らんでいる。
「ノライ、毎日暑いわね。いつになったら涼しくなるのかしらね。ノライ、大好きよ」
アヤカが話しかけながら、水槽に水を補充していた。
午後の日射しは強烈で、蕾が日焼けをするとかわいそうなので、レースのカーテンで太陽光を少し遮った。ノライの水槽の前に置いた一人掛けのソファーに座ったアヤカは、コロンとした蕾を愛でながら、うとうとと瞼を閉じた。
──アヤカ、アヤカ、メアリの所には絶対行かないで。
──約束して。
──アヤカ、私もあなたが大好きよ。
──だから絶対行かないで。
「わかった。絶対行かないわ!」
叫んだ自分の声に驚いてアヤカは目を覚ました。
「私、寝ちゃったのね」
両手を上に伸ばしながら目の前のノライを見つめた。
「夢の中で、あなたが言ったの?わかった。あの人の所になんか行かないわ。私のために伝えてくれたのね」
アヤカはコロンとした蕾をそっと撫でると照れたように、ぼうっと赤く光った。
同じ頃、メアリの家の浴室に小さな変化が見られた。浴槽の大きなノライの太い根が一本、天に向かって伸びると、天井に当たって伸ばす方向を洗い場に変えて、閉まっていた浴室のドアを押し開けた。