気絶するもの
「アカ」
アヤカの呼びかけに、小さく萎んで小さな巾着袋に収まっている蕾は返事をしない。今まで話をしていたのに。
「アカ、どうしたの?なぜ急に黙ってしまったの?」
アヤカは、首からさげているその巾着袋を両手でそっと包むように握った。
「アカ、あなたと話がしたい」
「お願い、何か言って」
しかし、アカは沈黙し続けた。
アヤカはため息を吐き襟元から服の中に巾着袋をしまった。
「アヤカちゃーん、ちょっといいかしら」
階段下から可南子の声がした。
「はーい」
アヤカは返事をして下へ向かった。
「アヤカちゃん、これから買い出しに行くんだけど一緒に行かない?食べたいものがあれば買うわよ」
誘う可南子に
「欲しいものはないですけど荷物持ちとしてお供しますよ」
アヤカは上着を取ってきますと言って部屋に戻った。
可南子が運転する軽自動車に乗って漁港から三十分ほどの市街地に出ると、この町唯一のショッピングセンターに着いた。
広い駐車場は平日の割にはそこそこ混んでいた。
可南子は出来るだけ店舗の近くに車を駐めて
「アヤカちゃん、今日は結構買うから大きなカート押して来てくれる」
カート置き場を指さした。
「はい」
アヤカは店舗入り口脇のカート置き場から大型カートを引き抜き、押しながら入り口へ向かった。店内に足を踏み入れた途端、アヤカの胸元が一瞬熱く感じた。
「ん?」
アカどうしたの?アヤカは声を出さずに問いかけた。
──ごめんなさい。気のせいだったかも。なんか嫌な感じがしたの。でも取り越し苦労だったみたい。気にしないで。
そうアヤカの頭の中でアカが囁いた。
「わかったわ。でも私に話しかけてくれて嬉しかった」
と自分の頭の中でアヤカも返した。
駐車場に車が結構駐まっていただけあって、スーパーの店内もそこそこ混んでいた。
可南子は買い物メモを片手に、アヤカの押すカートに野菜や調味料や冷凍食品や肉類や雑貨類を入れていった。魚介類は仲のいい漁師たちがお裾分けしてくれるのでそれ以外の食材やペーパー類でいっぱいになったカートでレジを通った。
会計を済ませサッカー台でカートから持参したケースに買ったものを移していると、店舗の奥の方で誰かが騒いでいた。
アヤカと可南子は手を止めて騒がしくしている方を向いた。アヤカの胸元がまた熱くなった。
まさか……嫌な予感がする。
とにかく早くここを離れた方がいい。
「可南子さん帰りましょう」
アヤカが外へと促す。
しかし、騒ぎに感心を持った好奇心旺盛の可南子は
「ちょっとあっちに行ってみましょうよ」
と店の奥に行く気満々だ。
「取りあえず、買ったものを車に積んで、それからにしませんか」
アヤカは何とか可南子を駐車場に連れ出した。
車に荷物をしまうと
「さ、もう一回お店に行ってみましょう」
ドアをロックして可南子がアヤカの手を掴んで店舗入り口へ早足で進んでいった。
ところが、店内はいつもと変わらないざわめきが感じられるだけで、拍子抜けした可南子は近くにいた買い物カゴを回収していた係員のおじさんに声をかけた
「さっき、奥の方で騒いでいたでしょう。何かあったのかしら」
すると話し好きそうな係員は
「ああ、万引きだよ。万引き犯を捕まえたんだ」
「ああ、そうなの」
もっと大事件を想像していた可南子は興味をなくしたようで
「アヤカちゃん帰りましょうか」
踵を返して店を出て行った。アヤカもその後を追う。
店のバックヤードでは、不審な動きをしながらアウトドア用のライターを盗もうとした中年の男が、店長と通報で駆けつけた警察官に事情を聞かれ説教をされていた。
「いい大人がこんなことをして恥を知りなさい」
「す、すみません。申し訳ありません」
「取りあえず交番に行きましょう」
警察官に促され男が立ち上がった時だった。
「店長、お客様からクレームでこの小松菜が…」
店員が立派な白い根がついた小松菜の束を持って来た。
それを見た万引き男が
「ぎゃあ!」
大声を上げて尻もちをつき、そのまま気絶した。




