夜空を見上げるもの
アヤカは空を見上げた。
今夜は新月で月明かりは無いが星の煌めきが際立っている。
視線を正面に向けると空との境目がわからない海がある。黒々とうねっているのだろうが暗いせいで白波さえ見えない。ただ寄せては返す潮騒だけははっきり聞こえる。
「ねえ、アカ」
アヤカは首にぶら下げた小さな巾着袋をそっと握りながら声をかける。袋の中にはカラカラに乾いて小さくなった、アカという名のメスのノライの蕾と僅かな根が収まっている。
──なあにアヤカ。
「ノライは海水を吸収しても枯れずに育つの?」
──おそらく海水ぐらいなら問題なく育つと思うわ。マングローブのように環境に適応出来るの。
「それじゃ、いつか彼らはここまで根が伸びてやって来る可能性もあるの?」
──可能性はあるわ。この星がノライの根で覆われてしまう事も否めない。
「それじゃ……逃げているだけじゃ、やがてはあなたが襲われてしまうって事ね」
──うん。それに、この星が酷い状態になる。
「何か対策は無いのかしら」
しばらくの間、波音だけがアヤカの耳に響いた。見上げれば、星の並びが少しずつ動いて見え方が変わった。さっきまで真上にあったオリオン座は斜め下で輝いている
──……死ねば…。
「えっ、何?」
──私が枯れて死んでしまえば、オスのノライも存在の意味を持たなくなる。
「何を言ってるの!」
アヤカが声を荒げる。
「もしかして、あなたが乾いた状態になっているのは、そのまま枯れようなんて思ってるの?そんなの嫌よ!それなら今すぐこの袋を水に浸けるわ」
アヤカは首にぶら下げていたアカが収まっている巾着袋を外すと水際へ向かった。
──アヤカやめて。私が乾いているのはあなたと一緒に行動をしたいからよ。乾いているからって枯れたりしないわ!
「本当に?」
──ええ、本当よ。ごめんなさい、変な事を言って。
「二度と枯れるなんて言わないで」
──わかった。
「他に何か方法はあるの?オスのノライの動きを止めるための技みたいなもの」
──アル、アルカ、ええと…強いアルカリって言うのかしら。それに弱い。
「強アルカリ性?塩素系漂白剤のことかしら」
──おそらく、そうだと思う。私たちの根はアルカリと反対のものなの。
「酸性ってこと?洗剤なんかも酸にアルカリ性洗剤を混ぜると有毒ガスが発生するって言うわね」
──とにかく強いアルカリはノライの根にかなりのダメージを与える。
「でも、その周りに発生するガスでノライ以外の生物にも危険が及ぶわね。密閉した中に根を閉じ込めて強アルカリ性のものを撒かないと」
──もう遅い。三つのオスのノライは根を伸ばしすぎた。それを閉じ込めるのは無理。
アカの話にアヤカはため息を吐きながら、砂金をばら撒いたような星空を見上げた。




