小さく縮むもの
アヤカは彼女の大切なノライに指示された通りアクリル水槽に水の補充をしないでいた。
「ノライ、大丈夫なの?」
──ええ。ねえ、アヤカ、お願いがあるの。蕾が赤く光る私のことをアカって呼んで。
「いいわよ。私の名前からヤを抜いた名前だね、アカ」
──そうね。アヤカとアカね。
「ねえ、アカ。水槽の水が少なくなって辛くないの?」
──多少変な感じがするけど、段々慣れてくるの。
「なんかアカが即身仏になってしまうみたい」
──私は枯れないわ。小さく硬くなってアヤカの服のポケットに入るサイズになるの。
「うん」
──大丈夫。そうなったら、あなたと一緒にどこにでも行ける。それに、私の匂いが消えて私を探し回っているオスのノライがただただ彷徨うことになると思うわ。
「うん」
──大丈夫。水に浸かれば元に戻るから。そのかわり雨の日は私、外に出られない。
「うん」
アヤカは頷きながらアクリル水槽を見る。
もう、水は底から五ミリ程しかない。目線を上に動かしていくと、蕾から伸びていた白くふっくらとしていた根は皺が寄り薄茶色になっている。まるでさきいかを見ているようだ。バレーボール程の大きさがあった蕾も、今はソフトボールぐらいに縮んでしまっている。とても痛々しく見える。
「アカ、あなたが完全に乾燥したら、私と意思疎通ができなくなってしまうの?」
──大丈夫。研ぎ澄まされて今までより、考えが鋭くなる。
「そうなのね」
それでもアヤカは萎んだアカの姿を辛い思いで見つめた。
「あら、あなたどうしたの」
メアリが浴室の入り口から浴槽の大きな蕾に向かって声をかけた。
蕾は浴槽の上で暴れていた。混乱しているようだ。白い太い根が一本、頭を抱えるように蕾に巻きついている。
「本当にどうしたの。何を混乱しているのかしら」
目の前のノライは何かを探していた。警察犬が対象者のニオイを追跡して、ある地点で突然それが途絶え行き詰まり前に進めず足踏みをするように、その大きな根は地団駄を踏んでいるのだろう。
「ああ、もしかしてアヤカのノライの居場所が探れなくなったのかしら」
メアリが呟くと蕾が彼女の方に傾いた。
「そうなのね。残念ね」
私はアヤカの住まいを知ってるけどね、と声に出さずに笑顔を見せた。
「まあ、メスに近づいているのは確かだから頑張ってよ」
メアリは浴室の扉を閉めた。
リビングに戻りながら、
「なぜ、メスのノライは気配を消すことができたのかしら」
と呟き考え込んだ。
浴室ではノライの蕾が紫に光り水脈や川に伸びた根の感度を研ぎ澄ませた。微かに感じるメスの匂いを探りながら、その過程ですっかりその味を覚えてしまった人間をいくつもの根で絡め取り捕食した。




