覚悟を決めるもの
「何、これ」
窓辺のノライの前にある一人掛けのソファーに座って配信ニュースを見ていたアヤカは思わず呟いた。
──どうしたの?
目の前のノライが頭の中で話しかけてきた。最近はノライとの意思疎通がスムーズにできるようになっていたアヤカが言った。
「ニュースでね、市の外れの河原を撮った若い子たちの生配信動画の一部が流れたの。少し前は無断でBBQををしていた若者が何人も行方不明になって行われなくなったんだけど、今度は肝試し的な映像を撮って配信する人たちが押し寄せているんですって。その中で生配信をした輩が水際で長いものに巻きつかれて一瞬で姿が消えたんですって。その時映り込んだ長いものって」
──ノライの根だ。と言うことは私たちにかなり近づいてる。
「どうしたらいいの?」
アヤカが聞いたが、ノライは黙ってしまった。
「ノライ?」
──アヤカ。
「どうしたの」
──私を今のニュースに映っていた川に投げ込んで。
「何を言ってるの!馬鹿なこと言わないで!」
いつもは穏やかなアヤカが怒鳴った。
──私があいつに取り込まれれば、もう犠牲者はなくなる。
「そんなことないわ。もし、あなたが取り込まれて新しいノライが誕生したら、今度はそれが暴れるかも知れない。それって人を襲うノライが増えるってことだわ」
──このままではアヤカ、あなたに危険が及ぶかも知れない。私は多くの人を救いたいのではないの。あなたが犠牲になるのを防ぎたいの。
「ありがとう。でも私は、せっかく仲良くなったあなたと一緒にいたいの。これからもずっと」
──アヤカ、あなたの気持ちとっても嬉しいわ。
そして静かな時間が流れた。
その頃、河原に近い保育園の園庭に小さな穴がいくつも開いているのを園児が見つけて、仲間を呼んだ。
「ねえ、アリンコの穴がいっぱいあるよ」
「凄い数だね」
「でもアリがいないね」
「みんな穴の中にいるんじゃない」
「先生!」
園児がクラスの保母を呼んだ。
「なあに。何か見つけたの」
園児が集まっているところに保母がやって来た。
「やだ。穴だらけじゃない」
「先生、アリンコのお家だよ」
「でもこんなにたくさんの穴は見たことがないわ。ここからたくさんのアリが出てきたら大変なので、みんな向こうに行きましょう」
園児をそこから離れたところに連れて行き、保母は管理スタッフにこの無数に開いた穴を埋めるように頼んだ。
保育園の施設管理を任されている年配のスタッフは、シャベルで穴だらけの土を掘り起こして長靴を履いた足で踏み固めていた。その時、まだ掘り起こされていないいくつかの穴から半透明の細い触手のようなものが、そのスタッフに向かって伸びていった。
「?」
ふくらはぎの辺りに違和感を感じたスタッフが自分の足を見た。
長靴やズボンに何かが絡みついてあっという間に全身に巻きついた。声を出すこともできない速さだった。いくらも経たずに、巻きついていたものは小さな穴の中に消えた。
そして、そこにはシャベルと長靴とぼろぼろの服が転がっているだけだった。
──アヤカ。
暫くの間、沈黙が続いた部屋でノライが呼びかけた。
「なあに。河原には、あなたを連れて行かないわよ」
──アヤカ、この水槽の水を補充しないで。
「それもできない。だってあなたが枯れちゃう」
──アヤカ、聞いて。急に水が無くなったら慣れなくて枯れるけど、徐々に減らすことで私は仮死状態になるの。それは私の匂いをオスのノライが認識しづらくなる。それでもここを突き止められたら、私は小さく軽くなるから、簡単に持ち運べて一緒に逃げられる。
「仮死状態のあなたは元に戻ることができるの?」
──大丈夫。私はアヤカが思っているより強いのよ。
そうアヤカに告げると蕾は赤く輝いた。




