河原で騒ぐもの
メアリのノライの根は凄まじい勢いで水脈の中を伸びていく。匂いのする方へ。この水脈の先、どこかにメスのノライがいる。
浴槽でかさついていた蕾がしっとりと潤いはじめ、黄土色だった表面も艶やかな黄緑色に変化した。
浴室の入り口でメアリがニヤリと笑う。
「匂いを察知したみたいね。でも、ここからは大分遠いわよ。せいぜい頑張るといいわ」
もう、ノライは隙を見てメアリの首を絞めようとはしなくなった。彼女から虐待された事などどうでもよくなった。ただ、ひたすらメスの居場所を探した。
河原ではたくさんのグループがBBQを楽しんでいた。
本来、ここは子どもたちが草野球やサッカーを、また、年配の人々がグランドゴルフやゲートボールを楽しむために解放されていた。が、火を使用する事を禁止していたこの場所がいつの間にかBBQ会場へと変わっていった。勿論、認可されてはいない。最初は一組二組が、こっそり肉を焼いて楽しんでいたのだが、いつの間にか、いくつものグループが火を起こしワアーキャー騒ぐようになった。
撤収後はあちらこちらに草が焼け焦げた跡があり、飲み食いしたゴミの放置は目に余るものだった。
河原の使用についての注意書きを看板にして立てたり、有志による清掃活動が頻繁に行われたが、どれも無駄骨に終わった。
その日も辺りが暗くなり近隣の人の姿が見えなくなると、かなりの数の若者たちがいくつものグループを作り、火を起こして肉を焼き酒を飲みながら大騒ぎをしていた。
夜風は大分冷たくなっていたが、河原で騒ぐ輩には関係無いのだろう。
数あるグループの中で、ある大学生八人組のメンバーがいい具合に草の生えた場所を陣取って火を起こしBBQパーティーを始めた。女子三人男子五人で缶ビール片手に肉を焼いて盛り上がっていた。そんな中、アルコールで気持ち良くなった男たち三人が手持ち花火を振り回しながら奇声を上げ始めた。
「ちょっと、危ないから離れたところでやってよ」
女子たちに言われて、仕方なく水際で騒ぐ。川は黒く、このところ晴れの日が続いたので水嵩は少ないのだろう。夜風も静かで水面はわずかに揺れる程度だった。聞こえるのは花火の火花が弾け散る音と男たちの楽しげな叫び声だけだ。
「相変わらず騒がしいわね」
「アルコールが入って発散したいんでしょう。騒がせておけばいいわよ」
「今のうちに、いいお肉食べちゃおう」
女子たちと温和しめの男子は水辺からかなり離れたところで食べて飲んでを楽しんだ。
どのぐらい経っただろう。
「ねえ花火の光が見えないし」
「騒がしい声もしないね」
「あいつら、どうしたのかしら」
確かに河原では簡易グリルの炎がパチパチと弾ける音や肉の焼けるシズル音と匂い、それを前にした人々の声はあちらこちらから聞こえてくるが、河岸の方まで行った男三人が楽しんでいた花火の火花が散る音や破裂音、騒がしい奇声が全く聞こえなくなっていた。水辺の方に目をやっても真っ暗で何も見えない。
「ねえ、あなたたち見てきてよ。友だちでしょ」
美味しそうに肉を頬張っていた二人の男子を押した。
「嫌だよ。あいつら勝手に騒いでいたんだから。俺は行かないよ」
「俺も嫌だ。今はボーダーレスな社会なんだから君たちが見に行けよ」
「私たちだって嫌よ」
「じゃあみんなで行きましょ」
放っておく訳にもいかないので、各々ランタンや懐中電灯を手に少し前まで三人が騒いでいた辺りを回ってみた。誰もいない。燃え尽きた花火の残骸は落ちていたが人の姿は無かった。
「飽きて帰ったんじゃない」
「何も言わずに?」
「あいつらって身勝手だからあり得るわよ」
「ねえ、俺たちもあっちに戻ろうよ。ん?あれ、何で四人しかいないんだ」
五人で様子を見に来たのに一人足りない。
そうこうしてるうちに残りの四人の姿も見えなくなった。一瞬で。
「あら、今夜はやけにご機嫌ね」
浴室の入り口からメアリが声をかけた。
栄養をたっぷり摂ったのか、浴槽に浮かぶ蕾が一回り大きくなったように見える。
「地下の水脈から河川まで根を伸ばしたのかしら。アヤカのところを流れる川だといいけど」
メアリの言葉にノライの蕾はぼうっと紫色に光った。




