脳筋
翌日。
ハヤテはホッケーマスクの精霊・アルを連れて教室で朝礼の時間を待っていた。マスクを懐に入れていてもアルは外にでられるようで、彼の肩に座り周りの様子を興味深そうに眺めている。そして同時に、そんなアルの姿を周りの人間が認識できない事も確認できた。
「おはようございます」
「あぁ、おはよう」
よく見る女生徒が挨拶と共に隣に座る。席はそこそこに空いているとはいえ、女子の一団から離れた位置に座ろうとする彼女は、苛めとまではいかないまでも色々あるのだろうと考えて、彼女のアイドル級と言えるだろう整った顔をちらりと見る。
『うぬ。この雌発情しとるな』
(いらん勘繰りをするな)
姿と同じくハヤテにのみ聞こえる声で下種な台詞を吐くアルを心の中で突っ込み入れつつ顎を人差し指で弾く。その勢いで吹き飛ぶアルを気にすることなく、ハヤテは小さくため息をつく。
「あの、ダンジョン攻略は順調ですか?」
「あぁ。それなりにはね。ちょっと厄介なモンスターをどうしようかと考えててね」
「ソロだと大変ですよね。パーティとかは……組むんですか?」
「今のところは予定は無いなあ。二学期になっても詰まってたら考えるかな?」
そもそも一学期先行分の差がでている状況で、二学期からダンジョンに潜る同級生と足並みが揃うとは思えない。かといってハヤテと同じように既にダンジョンに籠っている生徒では、今からパーティを組んでくれることは無かろうと諦めている。
「頑張ってくださいね」
「ああ」
『酷いのじゃ、主よ!』
微笑みながら応援する少女と、その頭の上で怒りを露にするアル。そのおまけを無視し、この後の魔王の御業とやらを楽しみにハヤテは教室に入ってくる教師を見る。教師のレベルに到達するまでに、あとどれだけかかるのだろうと楽しみにしながら。
「あー。今日からクラス代表として生徒会活動に参加することになる生徒を紹介しておく。サキと……」
となりの女子が立ち上がるのを見て、そういえばサキという名前だったと思い出す。
本当に、本当に失礼な男であった。
□■□
「では説明しよう」
ホームルームが終わりダンジョン内。
ボス攻略後はその階層のワープポイントが使えるようになるが、このダンジョンでは一度の侵入で1回のみ。つまりは行きで使えば帰りは1階まで歩いていくしかなく、ハヤテはやはり黙々とダンジョンを進んでいく。そんな彼の肩の上で、アルは説明を続けていく。
「お主のギフトはダンジョン内では強力無比ではあるが、同時に外部にマナを出すことが出来なくなっておる。端的に言ってダンジョン産に限らずマナを起動鍵にする武具関連は全部使えぬわけじゃ。これは辛いぞ、探索者の強さという物はレアなギフトか強力な武具を持っておるかで決まるからな」
「鍛えた差を上回るほどか」
「当然じゃろう。強い武器を持っていれば強いモンスターを狩れて効率良くマナを吸収できる。お主だって武器が折れねば、オークにも軽く勝てたであろう?」
「……それもそうか」
手元のスレッジハンマーを見下ろしため息をつく。折れたと言ったら柄まで金属製のものを差し出され、ゴブリンの魔石と交換した。しかもたった一個で手に入り、自分がどれだけダンジョンを舐めていたかも痛感した。予備の武器を見繕う時、アルがマチェットを買うよう強請ってきたのは、彼女も13日なアレを知っているのではないかと邪推する。
「そう、そんなお主が他に勝つにはただ一つ、己が身体を武器とするしかないのじゃっ!!」
「それで筋肉か?」
「魔王の筋肉、称して魔筋。汗臭いイメージがする上に格好悪いという事で、魔王の息子たちも相続を嫌がり長年放置された権能じゃ。実をいうと魔王自身マナが使えなくなるデメリットがあるが故に勇者との最終決戦でも使わなんだ」
「駄目じゃねえか!!」
「駄目じゃないわいっ!!通常ダンジョンポイント1億は下らんという魔王の権能の中で、特価100万ポイントで購入できたのじゃ!これだけのポイントを捻りだすのに、妾ら姉妹がどれだけ苦労したか!!お主にはわからぬのじゃ!」
ちょっと待てとハヤテがアルを制止する。
「一つ聞くが」
「何じゃ?」
「参考までにダンジョンポイントだったか?100万で買えるものはどんなものがあるんだ?」
「迷宮ボスならアースドラゴン位じゃ。スキルじゃと……あぁ、鑑定とかアイテムボックスとかじゃな」
「微妙に分かりづらいな。オークなら幾らだ?」
「5000ポイントじゃ。ちなみにこのダンジョンの中層ボスがアースドラゴンじゃぞ」
それはまた評価に困ると考えて、昨日から考えている質問を投げる。
「アル。お前管理精霊って言ったよな?お前はダンジョンを攻略して欲しいのか?」
「ダンジョンは攻略されるものじゃ。それ以上は言えん」
「ふぅん。なら、迷宮学園なんてものが設置されたここが攻略されてないんだ?」
「妾たちが初期ポイントと侵略ポイントを全部迷宮構築につぎ込んだからじゃ!絶対に攻略できないダンジョンを作るつもりでポイントを使いすぎて、膨れ上がった維持コストでお宝を設置する余裕も無くなったのじゃ!!おまけにリセットして作り直そうと思ったら学園とやらを建てられて、リセットもできなくなったのじゃ!!」
「それこそ駄目じゃねえか!!」
ダンジョンに対する夢がガラガラと崩れ落ちそうな中で、ハヤテは辛うじて踏みとどまる。未攻略のダンジョンだというなら自分が攻略すれば良いのだと。その為に力をつけることは悪くないだろうと考えた。
「ちなみにリポップするレア宝箱が10万ポイントじゃ。どうせ1個や2個置いても焼け石に水と、魔王の御業に全プッシュしたのじゃ!!買ってから仕様を見て、半年ほどふて寝したのじゃ!!」
「……何考えてんだよ」
「仕方なしにポイント貯め始めたら面白いスキル持ちのお主が来たからの。残るポイント全プッシュして不懐のジ〇イソンマスクにギフト無効を付加して購入したのじゃ!!何故かこれも不人気で50万ポイントで済んだのじゃ!!」
そこまで聞いて、ハヤテは地面に崩れ落ちる。これは典型的な身内を巻き込んで破滅するギャンブラーの行動だと。だからこそ、せめて自分が巻き込まれないようにと、しっかりとアルへ言っておいた。
「アル。俺と一緒にいる間は絶対にギャンブルはやらせねえからな」