ダンジョン攻略開始
ダンジョン。
20年前に突然現れた異界の門、その先に広がる世界をそう呼ぶ。
一口にダンジョンといってもその様は千差万別であり、自然が広がる世界、洞窟型の資源が取れる世界、大洋が広がる海の世界と様々であり、ここ迷宮学園ラビリンスのあるダンジョンは、分類的には迷宮型のダンジョンであった。石造りの迷宮故に資源の回収は見込めず、出てくるモンスターの魔石を回収するのみ。ダンジョン内で入手できる宝箱からの道具は領域外ではその特殊能力が使えないため価値は限定的で、その癖階層が想定より深く消滅させるのも困難とあって日本が持て余していたダンジョンであった。
「……そこでいっそ領域内に探索者を育成する学園を建てちまえって考えた訳か」
ハヤテは石畳の上を歩きながら考える。価値のないダンジョンなら価値が出るように使ってしまえと考えて、そしてその通りに実績を残している。街に近く、異界を広げられては困る立地もあって、反対派の活動も大したことはなかっただろう。誰だって自分の家や土地を領域が飲み込むかもしれないと考えれば、知らぬ顔は出来ないのだから。
「ゴブリンとはいえ、こんなのにうろつかれたらと思うとな」
目の前のゴブリンの頭をスレッジハンマーで殴りつぶしながらハヤテは失敗したかな?と思う。剣や刀よりも命を奪う抵抗感は少ないだろうと安易に選択したが、スイカでも割っているかのようにはじけ飛ぶ脳漿は、すぐに綺麗になると分かっていても食欲の失せるものだった。それはそうとして一人ぶつぶつと呟きながらハンマーでゴブリンの頭を潰していく姿はシュールを通り越して不気味であり、その姿をクラスメイトに見られていないのは彼にとって幸いであったのは間違いない。
「ギギャアアアアア!!」
「本当に多いな」
目につく端からゴブリンを叩き潰すハヤテ。既に両手両足の指でも足りないゴブリンと戦っているが、ダンジョンのモンスター再配置-ポップと言う-が特別多いわけでも無く、ただ単に彼が脇道へ脇道へと入っていく関係で、人通りのない場所にポップしたゴブリンが残っているだけである。他の1年生は見通しの良い通路で退路を確保しながら戦っているのだから自業自得である。
「ギフトも良く分からんしなあ」
単独行動をとる理由も一応はあった。ギフト、現実世界の検証を見られたくなかったというのがそれであったが、それもあまり芳しくなかった。
「防御系と思えば普通に殴られりゃ痛いし、接触してても何か影響がある様子もねえ。解除できねえパッシブだってのは分かるが、範囲を広げることが出来ても疲れるだけで何も変わらん」
異能の無効化をするという事は分かるが、その範囲が分からない。恐らくは魔法の無効化だろうと結論を先送りにしてハヤテは黙々とゴブリン潰しを再開した。この後、道に迷い、合計で三桁近くのゴブリンを屠ることになるとは思いもせずに。
□■□
同時刻。
「おらぁっ!!」
大通りで一年生のペアがゴブリンと戦っていた。1:2という人数差で危なげなくゴブリンを屠り、落とした魔石を懐に入れて大きくため息をつく。
「消えると分かってても刃物で殺すのはきついな」
「鈍器ならもっときついぜ。胸を突けば死ぬだけ剣のが気分が楽だろ」
かちんと片手剣を地面に転がし、座り込む二人。貸し出しの剣は一本ならダンジョン突入時に無料で支給される。壊れたら放置すればダンジョンが吸収するとかで、ほぼ使い捨てのような気分で彼らも扱っていた。もちろん、ゴブリンの十体程度で駄目になる品質ではないのは購買の店員に確認済みだ。
「これで三匹か。俺らの出席分で二つと、後は小遣いかな?」
「あぁ、一個でざっと二千円位だったかな?やっぱ数こなせないと美味しくねえな」
「仕方ねえだろ、まだレベルが低い俺らにゃ辛い」
大きくため息をついて苦笑する。ダンジョンに入ってからずっと付きまとう疲労感。それは領域内の生物の生命力をダンジョンが吸うからと言われている。ダンジョンの外、領域内ならば一般人ならば風邪をひいた位のものであるが、ダンジョン内では一般人なら数分、レベルを手に入れた者でも1レベルでは一時間程度が限界と言われている。ダンジョン黎明期にはそれで相当数の被害者を出していたと考えれば、彼らは相当に恵まれている。
「ま、気長にレベル上げて行けばいいだろ」
「んだな。ダンジョン入り放題のガッコなんて、ここ位だから気楽なもんだ」
動かなければ生命力の搾取は緩やかとはいえ止まるわけでは無い。気分を落ち着けるための休憩を終えた二人は立ち上がり、背後に見えるダンジョンの出口へと歩いていく。まっすぐ見通しの良い広い通路……その探索者を安全にレベル上げさせるために作られたかのようなその道を歩きながら。
「奥へ奥へ行って死ぬバカが居たりしてな」
「そうなる前に通路に出るだろ。初日の死人なんて数年でてねえぞ」
「数年前はあったんだろ?ま、どうでもいいけど」