ギフト『現実世界』
ハヤテの前に何人もの学園生がギフトを受け取っていく。
彼らの表情は様々で、晴れ晴れとしたもの、不服そうなもの、落ち込んでいる者など様々であるが、部屋から出てくる全員の身にまとう雰囲気が明らかに別物になっていることを肌で感じ、ハヤテはこれが俗にレベルアップと呼ばれる現象なのだろうと心を引き締める。
-今ならあいつにも余裕で負けるな-
先に素人だと判断した茶髪の男ですら背筋が凍るほどの脅威を感じる。そして同時に、ギフトを手に入れダンジョンで戦い続ければ、今の自分の想像を超える力が手に入るのだと嬉しくなってくる。
「次っ」
「はいっ」
そしてハヤテの順番が来る。扉を潜れば部屋の中央には縛られ転がる緑の小鬼。一般的にゴブリンと呼ばれる醜悪な怪物が、身体をばたつかせ必死に逃げようとしていた。
「そこのナイフで胸を突けば死ぬ。下手に躊躇すると血まみれになるぞ」
「はい……ところで臭いがしないんですね」
ナイフを手に取り、ふと疑問に思い鼻を鳴らす。
「ゴブリンの体臭か?いや、血の匂いの事か。余裕があるな」
「えぇ、何十人もゴブリンを殺しているにしては空気が綺麗すぎるかと」
「領域のモンスターは死ねば消える。先ほどは血まみれになると言ったが、その血も消えるが、まあトラウマになる奴も居るから一応、な」
「分かりました。質問に答えていただき、ありがとうございます」
教師に頭を下げ、ハヤテはゴブリンの前に座る。必死で逃げようとしていたゴブリンは諦めたのか、空虚な瞳でハヤテを見つめており、ふとハヤテは口を開く。
「名前はあるか?」
「グゲっ?」
「いや、すまない。何となく聞いてみたかっただけだ」
不思議そうに首を傾げるゴブリンを真っすぐに見つめ、ハヤテはナイフをゴブリンの胸に向ける。いざ目の前に死の可能性があると気が変わったのか、暴れ歯をむき出しにして噛みつこうとしているゴブリンに慌てることなく、ハヤテはしっかりと体重をかけてナイフを押し込んだ。
ずぶり
気持ちの良い感触ではない。消え去るとはいえ命を確かに奪ったという感触に顔を顰めながら、彼はゴブリンが絶命するその瞬間を目に焼き付ける。そして次の瞬間、何かがハヤテの身体を突き抜けていった。
-ギフト:『現実世界』を取得しました-
同時に、自分が生物としての階段を一つ上ったことを実感する。あふれ出る力に嬉しくなりつつも、消えていくゴブリンを最後まで見つめて、そして立ち上がる。
「手に入れたギフトの名と、わかる範囲での効果を」
「現実世界。たぶん、自分に効果のある異能を無効化するような能力のようです」
「世界改変系ではなく、防御系のギフトのようだな。よろしい、君にダンジョン突入の制限は求めない。希望するなら申請の後自由にしたまえ」
「はい」
言われ、素直に退出しようとするハヤテ。そんな彼に教師は一つ忠告を投げた。先に生きるものとして、若人へとしておくべき忠告を。
「モンスターの死を気にするのはやめたまえ。そういう奴は早死にする」
「えぇ、最初の殺人ですから気にしていただけです。この先は迷いません」
□■□
そして全員が無事にギフトの取得を終え、その日は教室で簡単な説明をうけ解散した。
1年用の男子寮、そこに案内され、個室の鍵を受け取って部屋に入る。何もない殺風景な部屋。この学園では集団生活など必要ないと言い切っているような寒々とした部屋の中、一つある机に座り、ハヤテは書類を取り出した。
-ダンジョン入門申請書-
そう、明日からでもダンジョンに入れるように。
一日でも無駄にしないと、彼の眼は輝いていた。