オークリベンジ
「さて、今回はここらで帰るか」
10階層ボス部屋前。
殆ど散歩をするような時間でそこまで到達した二人。サキにとってここまで来るのは何時間もかけ、何度もの戦闘をし、疲れを癒すため休憩をしてようやく到着する場所。半日かけて到達できれば上等という経路を、二時間もかけずに踏破してしまった。そんな彼に唖然とするサキだが、引き返すのかと思えば扉に向かう彼の様子にまた驚く。
「え?引き返すのでは?」
「ボス部屋抜けて帰ったほうが楽だろう」
「あ、あぁ……ハヤテ君はソロでしたよね」
一人で当然のように抜けるボス部屋を回避する必要はないことにここで気付く。前に進むハヤテの背を見ながら、どうやってあの暴力の化身のようなオークをソロで倒すのかと想像する彼の足が、部屋の扉が閉じると同時に止まった。
「ん?」
いつものように現れるオーク。その姿を見て、ハヤテに続きサキも足を止める。
「なに、これ?」
それは何時もの相撲取りのような脂肪の鎧を身に着けた豚面のオークでは無かった。豚の顔の雰囲気はあるが顔は引き締まり、下顎から突き出る牙は天を突いている。脂肪は落とされ身体は引き締まり、ボディービルダーのような筋肉の鎧を身に着けていた。それは明らかに格上の雰囲気を見せており、腕を組んで直立するその姿に、サキの身体が畏怖と共に震えてくる。
「もしかして、ユニークモンスターの『J』?」
クラスメイトや上級生から聞いた埒外のモンスター。出会ったら絶対に勝てないから逃げろと言われたその存在であろうモンスターを前に、サキは腰が抜けその場に座り込んでしまう。
「……あぁっ!!そうだな、戦おうか」
そしてそんなユニークモンスターを前に、ハヤテは楽しそうに笑みを浮かべていた。
□■□
『「まだ未熟なれど、貴公とお手合わせ願いたい」とか、そんな事を言っておるのじゃ』
アルの説明にハヤテも構えて待つ。
このダンジョンで最初に出会ったボス。久しぶりに会った今、その姿は別の個体と言えるほどで、アルに指摘されるまでは全く分からなかった。しかし、その鍛え上げられた肉体と雰囲気から、彼も相当に自身のレベルを上げていることがハヤテにも理解できた。故に、彼も魔筋無しで本気で相手をすることにした。
『来るぞっ!!』
アルの警告と共に振るわれる拳。その速さはハヤテの動体視力の限界を超えるほどで、しかしそれを成すための身体の動きを事前に見切っていた彼は、ギリギリでその拳を躱すと空いたわき腹へ拳を突き入れる。
「ブモオオオオオッ!!」
「動きを止めるなっ!!」
叫び声をあげるオークの顎をかちあげる。しかしハヤテの言葉の意味が理解できたのか、ぐらりと揺れる身体を無理やりに抑え、拳を前に突き出す形でハヤテの追撃を牽制する。魔筋無しでは肉体の強度はオークの方が上、しかし戦闘技術という点で見ればハヤテの方が優れており、続く攻防もギリギリではあるがハヤテの方が押していく。
「すごい」
『おうおう、魔筋に頼って駄目になってると思うたが、ハヤテもやるのう』
サキとアルの呟きもハヤテには届かない。それほどギリギリの攻防が続いている。
(最初の顎の一撃が無ければ押し込まれたかもなあ)
ハヤテは『魔筋』や『現実世界』のスキルに頼りすぎていたことを実感する。攻防の流れに僅かな淀みを感じるようになっていることにすら気付いていなかった。故に、取り返しのつかなくなる前のこのタイミングで彼と再戦できたことはハヤテにとって僥倖であった。
「ブモモオオオオオオオオ!!」
「うぉおおおおおおおおお!!」
それはまさに最初の戦いの再現だった。ひたすら足を止めての殴り合い。しかし、お互いの拳はギリギリのところでクリーンヒットはせず、僅かに芯を外してお互いの身体を痛めつけていく。そしてその攻防も10分ほどのこと。やはり大幅に身体能力の上がった双方の打撃は長期戦を許さなかった。
「ブモッ……ブモォ……」
オークの拳がハヤテの左腕を折るのと同時。片腕をおとりにして力を込めたコークスクリューブローがオークの胸板に突き刺さる。胸骨を砕き肺を潰し、心の臓を破裂させるギリギリまでいってその機能を停止させた。
「ブ、モッ!!」
オークはニヤリと笑い、サムズアップして崩れ落ち、消え去っていく。
『「また会おう」と言っておったな』
「あぁ、次も負けないさ」
最期の言葉をアルが翻訳し、ハヤテもその場に崩れ落ちる。心臓は高鳴り肺は空気を求め、アドレナリンが無視させていた骨折の痛みが少しづつ実感させて来る。そんなハヤテに慌て駆け寄ってくるサキへと微笑みを向けながら、ハヤテは思う。
「大丈夫ですか?治癒しますっ!!」
(やはりパーティを組むのは必要か)
時間はかかれども骨折を治癒できる彼女。そんな自分の背を支えてくれるような相棒が、近く必要になるのだろうと治癒に必死になる彼女の頭を見下ろしていた。この先、自分の進む修羅の道に、少なくとも彼女は巻き込めないなあと思いながら。
『のう、押し倒せばヤれると思うのじゃが』
そして最後までアルは空気を読まなかった。