二人っきりのダンジョン攻略(理不尽)
サキとのダンジョンアタック予定日。
早朝にアルにたたき起こされたハヤテはダンジョン前でサキを待っていた。授業としてのダンジョンアタックは朝礼にも出なくていいと言われ、軽い朝食の後、大きな欠伸をしながらその場に待っていた。同じように集まった同学年や上級生のパーティがダンジョンに潜っていくのを眺めながら、まだ時間のある待ち合わせ時間の暇つぶしにアルへと話しかける。
「何か、俺ってモンスター扱いされてたよな?」
「そりゃそうじゃ。魔筋発動時のお主は妾から見ても筋肉の魔王と呼ぶに相応しい姿じゃからの」
先日の一件、ダンジョン内で暴行されていると助けに入ろうとした女子が、自ら上級生に身体を売っていたという事実。貞操というものを軽く考える女子に、ハヤテは少なからずショックを受けていた。
「お主は妾の介入もあって色々とアレじゃがの、普通の女子はあんなもんじゃ。初心者なぞ、ゴブリンの群れにでも囲まれればあっさり死ぬからのう」
「どれくらい死んでる?」
「ん?5階層位まではリンクしないよう配置してるからの。初顔の1年生?なら年に10人ほどじゃ。妾たちも低階層で無駄に死なれると困るのじゃよ。だがの、何故か年末位に妙に妹の階層で男の死亡者が多い。6割がたはそこじゃ」
ノルマ達成に何か無理をしたのか?と思うが、ハヤテも深く考えない。それ以上にモンスター扱いされた事実が地味に心に傷をつけていたからだ。
「パーティで魔筋は使えねえよな?」
「あの女子に嫌われて良いなら大丈夫じゃろ。お主気付いておるか?ここのところ20階層までのモンスターの腰が引けておるぞ。逃げ出すのは初期設定で禁止しておるが」
「お前は鬼か」
「やっておるのはお主じゃ。低階層の魔石なんて無視していいじゃろうに」
「出席確認に居るんだよ。あとは小銭でも将来を考えれば溜めておいた方が良いだろ?」
アルと雑談をしながらサキを待つハヤテの格好はいつもと違う。学園の探索者用制服に格闘用のメリケンサック。モンスター扱いされた格好で人前にはとても出れないと、サキとのダンジョンアタックは格闘主体で戦うつもりで居た。もちろん舐めプではあるが、いざとなれば魔筋でどうとでもなるため気楽なものであった。
「油断する者から死ぬ……とはいえ、お主は早々に素手でボスを殴り殺しておったな」
「あいつ、ずっと見ないけど元気なのかな?」
「妾は知らぬ。おっ、この発情臭は!」
「お前なあ」
そしてアルが最初にサキの接近に気付き、ハヤテも振り返る。
そこにはきっちりと探索者装備に身を包んだサキが笑顔で歩いてきていた。
「お待たせしましたか?」
「いいや、大した時間じゃない」
□■□
「では申請してきますね」
「申請?」
合流してすぐ。
ダンジョン入り口隣の建物へ入ろうとするサキに、ハヤテは首をかしげて問う。ダンジョンに突っ込んで終わりに魔石を一個納品する所、その程度にしか認識していないハヤテに、サキは不思議そうに首をかしげて問い返す。
「回復と毒消しのポーションとかの貸し出しは利用していないんですか?」
「え?」
「え?ですから、ポーションバッグのレンタルですよ。使った分だけ後から魔石で相殺するんですけど」
「そんなもんあるのか?」
『いや、お主も出てた授業で言っておったろ』
思わず声を上げるハヤテに、アルが呆れたように突っ込みを入れる。とはいえ、アルと合流して以来、怪我らしい怪我などしたことの無いハヤテだ。制度を知っていたとて利用したかは微妙なところである。
「ほ、本当は私のスキルだけでフォローできると良いんですけどね。使うポーションによっては魔石も結構必要ですし」
「あぁ、回復魔法が使えるんだったか」
「はい。ダンジョンに入るようになってから鍛えましたから」
では行ってきますと入り口に入っていくサキに、ついていこうかどうか少し悩むハヤテだが、アルがふらふらと購買の方へ行こうとするのに気づき、振り返る。
「どうした?」
『いや、今日はゆったり攻略するつもりじゃろ?飲み物位は買って置いたらどうじゃ?そうやって気を利かせた上で、先日のあやつらのように物陰でしっぽり交尾と行くのじゃ』
「本当に失礼な奴だな……とはいえ、言っていることも尤もか」
サキの手続きが終わっても、目の前の購買に居ればすぐに気づくだろう。そう考えて、ハヤテは女性に渡す飲み物は何が良いのかと吟味し始める。ただの水や麦茶では駄目であろうと最底辺の常識を駆使しながら。
『この麦コーラって奴はどうじゃ?在庫がずいぶんと沢山あるぞ』
「それが駄目なのは俺でもわかる」
□■□
二人仲良くダンジョンアタック。
飲み物は結局有名メーカーのスポーツドリンク(2リットル)とし、二本買ったうちの一本をそのまま渡すハヤテが呆れられたりしたが、気を取り直して二人はダンジョンへと突入した。サキも、少人数だから苦戦はするだろうが、自分も低階層でのゴブリンの群れなら身を護る事は出来るようになっている。だからこそ自分は後衛に徹し、彼の戦いを見てソロでの戦い方を知りながら、ちょっとだけの恋のハプニングをサキは期待していた。
「ギギャアアアアア!!」
「今日は結構数が多いな」
パンッと音を立ててゴブリンの頭が破裂する。現在は8階層。サキが低階層ですよね?と問いかけても、低階層だなと返されて、彼女も薄々と彼と自分で常識が違うことが分かってくる。そもそもがゴブリンを拳で一撃というのが異常なのだ。彼女の知る上級生でも剣を使って急所を突き殺す位で、彼のように頭を破裂させるような事はしない。いや、そもそもゴブリンアーチャーやゴブリンメイジが遠距離攻撃をするその前に、その目の前まで移動してしまう素早さが信じられなかった。
『毎年数人は1年のソロで10階層超える奴が居る。そいつらは例外だから差があっても気にするな』
以前に聞いた教師の言葉がここで本当に理解できた。確かに彼は『例外』なのだと。
「あぁ、すまない。君も少し戦いたいか?」
「いえ、私はヒーラーですから。怪我をしたら言ってください」
そんな彼の前で戦う無様を見せたくない。そう、自分は後衛なのだと、魔法具が使えないと聞いた彼のサポートを道具と癒しの力ですることが出来れば、彼の役に立つのだと心を切り替える。とはいえ、目の前の彼が苦戦する状況を想像することも困難ではあるのだが。
ぶるり
と、そこでサキに尿意が来る。我慢はすべきじゃないし、そもそもクラスの男子と同行した時にも排泄は行っている。こと、相手がハヤテとなると意識してしまい恥ずかしいが仕方ないと、恐る恐るハヤテへと声をかける。
「あの、すみません。その、小さいほうで」
「……?あぁ、一人になると危ないのか」
ずっとソロだったハヤテも気にしていなかったのだろう。少し顔を赤くして言う彼の様子に嬉しくなりながらも、行き止まりの通路に移動し、その壁に向かって座り込む。背を向ける彼からはそれほど離れていない。音が聞かれないかと不安に思いながらも、溜まったものを吐き出して一息つく。
「お待たせしました」
「あぁ」
そして顔を赤くしたままのハヤテに待たせた詫びをし、入れ替わるように別の通路の奥で小用を足しに動くハヤテの動きに集中する。ごくりと意識せぬままにサキの喉が鳴った。
□■□
『あやつ中々に気合の入ったパンツを履いておるぞ!のう、ハヤテぇ。妾は交尾が見たいのう。この娘、やはり誘えば乗って来るのではないか?』