遭遇
一年生のレベリングがボスのオーク討伐を中心とするようになって少しのこと。サキはついにレベル70となっていた。そして、ハヤテとのパーティ攻略を楽しみにしている彼女の知らぬところで、今、一つの事件が起こっていた。
それはとあるパワーレベリングパーティ。
上級生全員が前衛の居ないパーティであったこと、そして一年生の女子もレベル65を超え十分に成長したが故に、気持ちが緩んでいたことが原因で起こったトラブルであった。
そう、ダンジョンで恐れられるユニークモンスターとの遭遇という形で。
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パワーレベリングを始めてすぐのころは、上級生たちは油断なくモンスターの接近に神経をとがらせていた。
それはゴブリン相手でも、レベルの低い一年生はあっさりと死んでしまう危険性があったからだった。しかしそれもレベル40を超えれば余程酷く急所に一撃を食わらなければ問題になるほどでもなく、レベル60ともなればその事故の危険性も無視できるほどになり、故に緊張も大きく緩むことになった。
10階層ボス部屋前。
適当にモンスターを狩りながらボスへ向かって突き進む一行。長年の検証によって道中で雑魚狩りをするよりも、ボスを狩るほうが効率が良い事が分かっている。故に、6時間ほど掛けてボスまで行き、ボスを倒してダンジョンアタック終了というのがレベル100へ向けたパワーレベリングであった。
「うっし、よかったぜ」
「やっぱパワーレベリングには美味しみが無いとな」
「なんだよ、うま味じゃねえのか?」
若い男子と言えばあふれる精力をもてあましている。故に、それを良しとする女子にみっちりとパワーレベリングをする代わりに身体で報酬を要求するのがどの学園でも黙認されていた。レベルの高い彼らは10階層までならば命の危険はほぼ無いとは言えストレスは相応に溜まる。そこでお荷物な女子でそのストレスが発散できるならいう事はない。このダンジョンは11階層からはリスクの跳ね上がる危険地帯。まだそこを安定して攻略開始できない彼らは、パワーレベリングと並行して少しでも自分のレベルを上げようと足掻いている。
「ほら、早くしないとお友達に見つかるかもよ?」
「男子グループが9階層入口付近で戦ってたのを遠目に見たからな」
「優秀だねえ。今そこならクリスマスまでに60は行くか?」
「そっちは問題ねえよ。気をつけにゃいかんのはソロの10階層突破組だな」
会話をする上級生たちを前に、後処理をしている女子は慌てながらも準備を進めていく。彼女にも好意を寄せている男子は居るのだ。好きでやっているとはいえ、その彼にパワーレベリングの代わりに身体を差し出しているなどと知られたくはない。そんな彼女の心中を知ってか知らずか、上級生たちの会話の風向きが変わる。
「3人か。今年は思ったより多いな」
「俺らの時は4人いたけど最終的に1人だっただけろ?」
「まあ、モブな俺たちは下克上主人公たちとは敵対しませんよねってな」
会話を交わしながらふと男子の視線が彼女の方へと向く。ようやく準備を終え立ち上がろうとしている彼女をニヤリと見つめ、そしてその頭へと手を置いて言う。
「まあ、心配するな。ウリやってることをばらしたりしねえよ」
「でも魔石を山分けしてるのは黙ってろよ。他の奴らは全部差し出すのが条件だからな」
「おっ、トイレも済ませとけ。ボスの咆哮でまた漏らしたら恥ずかしいぞ」
ゲラゲラと笑い指示をする一同。過去の失敗を笑われたことに顔を赤くしつつ、少し離れて腰を下ろしたところで座り込んだところで『それ』が来た。
ザチャッ!
そう、それは油断と慢心からだったろう。ボス前はセーフルーム扱いだからと武器も構えずにいた彼らは、段々大きくなるモンスターたちの断末魔の声と、それを成した存在が凄まじい速度で近づいてきていることに気付かなかった。
「「「なっ!!」」」
そんな彼らが、振り向いた先、そこには『絶望』が形を成して佇んでいた。
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それは異形であった。
ベースは人間であるのだろう。下半身を覆うはち切れんばかりのズボンは男子たちのそれと同じではあった。しかし、裸の上半身は発達しすぎた筋肉により肥大化し、おそらくは骨格は人間のそれと同じであろうに肩幅を2倍以上、胸板を3倍はあるのでは?と判断するほどの筋肉の鎧を身に着けていた。何より、その筋肉の表面を流れる血管が、どくんどくんと脈動している様は、醜悪さよりも絶対的な恐怖を見るものに与えていた。
「な、んだよ、これ」
腕も相応に太い。女子の胴程もあろうかというその腕は、何故か関節の動きを一切阻害していないのが僅かな動きでも判断できる。そして総重量が何十キロかはあるだろう巨大なスレッジハンマーを軽々と手にしている。更にはベルトにはマチェット、背には身長ほどもあるバールのようなものを背負い、叫び声をあげていたモンスターたちがどういう運命を辿ったのか容易に想像できてしまう。
「ゆ、ユニークモンスター、かよ」
そしてその顔は白いホッケーマスクで覆われていた。もう、聞かなくても分かる。某金曜日なホラーモンスターを探索者相手用に更に凶悪に仕上げた悪夢の存在。吐く息が蒸気を立てるほどで、その存在の意識が憤怒に染まっているのが全員に理解できた。
「勝てる、か?」
「……考えるだけ無駄だろ」
「気配を感じた時にはすぐ近くにいた。逃げるのも無理だな」
男子たちは会話を交わし、ちらりと地面に座り込む女子の姿を見る。腰が抜けたのか止まらぬ尿で裸のお尻を濡らす彼女を見て、そして小さく息を吐く。
「誰がおとりになる?」
「一人と言いたいが一瞬でミンチだよなあ、アレ」
「かといって、腰が抜けたこいつ一人じゃあ逃げられないだろ?」
最初から彼らに女子を見捨てる選択肢はない。お荷物とはいえ、それ位には彼らは真面目だし、そもそもが仲間を見捨てる探索者は生きていけないと一年時の授業で嫌と言うほど説明されている。ソロでダンジョンアタックの出来ない彼らは探索者であろうとする限り手を組んで生きて行くしか無いのだから。そして同時に、今この時点で殺されていないということは、詰みではないと冷静に分析もしていた。
「……おーけー。まだ日本語が分かるなら勘違いだと言っておこう」
ぴたりとモンスターが止まる。そして同時に彼らは相手が人間が変異したモンスターであろうことを理解し、彼の怒りの源泉についても想定が出来た。ちらりと向けた先には汚れたからと女子が捨てたショーツ。調子に乗って汚した仲間の一人に悪態をつきながらも、震える声を必死で抑えて声を出す。
「J、と呼ばせてもらおうか。これはレイプじゃねえよ、な?」
「は、はいっ、レイプじゃありません!!」
女子の方も命のやり取りをしている以上、生き残るためには何が必要なのかは理解している。問われるがままに肯定した彼女は、尿に濡れるのにも構わず地面に正座する。
「なあ、J。近接ギフトを貰った女は悲惨なんだよ。レベル上げたってベースの腕力に依存しちまうからな、一回りレベルの低い男に腕相撲で負けちまう。技術を磨けば?学園生活の3年でそんな無意味な時間があればレベルを上げる方に時間を使ったほうが良いだろ?」
「……どんな達人だって、そんなハンマーを棒切れの様にぶん回されたら死ぬぜ?」
「そういう訳で、スタートダッシュのパワレベ手伝ってやる代わりに性欲発散させてもらってるわけだ。合意だぜ?」
「はい。寮監も担任も知っていますし、そういうのはどこの学園でもやっています……やってるって聞きます」
反応の止まったJの様子を伺う一同は、殺気が霧散していく様を肌で感じて小さく安堵する。
「あぁ、そうそう、J。先に行ってもらって良いぜ。ちょっとこいつが腰抜けてるみたいだしな」
「……ごめんなさい」
「それともあんたもそういうのに興味があるのかい?」
かけた声に、興味無さそうな雰囲気でボス部屋に消えていくJ。それを見送り、扉の鍵がかかったことを確認して、一同は本気で地面に崩れ落ちて溜息をついた。
「あぁ、助かった」
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「最後の台詞、なんだったんだよ?」
落ちついて男子の一人が質問を投げる。
「元学園生だろうからな、性欲が残ってるのかカマかけてみた」
「それ、当たってたら俺ら死んでたろ?」
「どっちにしろその気になったら俺らは最初に殺されてるさ。だけど、素材は1年のレアスキル持ちかねえ。そういや、中途でやめた奴らってどうなった?」
「興味もねえし知らねえよ。でも、あいつらそんな強そうなギフト持ちには見えなかったがなあ」
「まあ、それでもアレがヤばいのは間違いない」
ちらりと扉の鍵へと目を向けて身体の震えを抑え込む。
「ん?あぁ、もう空いてるのか」
「……10秒だ。ほぼ通過レベルで部屋が空いた。瞬殺したか、そもそもボスがポップしなかったかは分からねえけどな」
もし戦おうと思ってたらどうなっていたのかと想像し、頭を振る。それこそ逃げる方法を検討したほうがマシだと判断して、そして考える。連れていたのがまだ反抗的な肉便器だったらどうだったろう、と。
「メイン経路上で休憩するのは禁止するように連絡したほうが良いな」
「あぁ、アレは無理だ、絶対にな」
あははと笑い、彼らは引き返すことに決める。
オークに負けるとは思わないが、もしまだ扉の先に『J』が居たらと考えると足が震えて動かなかったから。