夏の終わりと二学期の始まり
「ようやくボスか」
ハヤテは夏休み全てを使って40階層ボスまで到達した。
落とし穴は元より、一方通行や連動して開閉する扉がハヤテにとって鬼門であった。自らマップを埋めつつ野生の本能でルートを決定しながら、慎重に進むなどと言うアクロバティックな攻略をしなければ何日もダンジョンを彷徨っただろうと想像できた。
「やはりカロリーバーは必須だな」
「いや、お主は色々とアレだからな?」
バリボリと食べながら言うハヤテにアルは呆れたように言う。現在は夕刻、早朝にダンジョンに突入し昼前に30階層を突破し、この時間までに罠だらけの40階層までを踏破した。ルートを確定させた次からはもっと早いだろうことは間違いなく、それはアルをしても異常なペースであった。
「妾が魔筋を与えたのが悪いとはいえ、吊り天井を片手で支え、バリスタトラップやトラバサミで傷もつかず、魔法毒の部屋を平気な顔をして通り過ぎ、ミミックの擬態をギフトで無効化して殴り壊すのはやりすぎじゃ。妹が泣くぞ」
「そういえば魔物が居なかったな」
「大規模な罠はコストが高い故に、階層リソースが残らないのじゃ……安いモンスターは自らトラップにかかりおるしな。ちなみにミミックも一応モンスターの分類じゃぞ」
「道中に宝箱を配置してないって言い切るダンジョンで宝箱ってのは怪しすぎるだろう?」
「だからこそ引っかかるらしいのじゃ。理由は知らぬが」
ふぅん、と会話をしながらボス部屋に入る。密閉された部屋に滝のように水が流れ込み、そしてボスとしてゴーレムが配置されていた。水没する前に高耐久のゴーレムを破壊しろというコンセプトのボスなのだろうとハヤテは分析するが、突っ込み役のアルはもう疲れたのか憐みの瞳でゴーレムを眺めていた。
「やっぱ一撃じゃよなあ?」
なお、ゴーレムは一撃で胸板を砕かれ、ついでとばかりに魔力回路を消し飛ばされて瓦礫となった。
モンスターの撃破でもダンジョンのポイントが回収できる仕組みは、どこかの誰かにとって幸運であっただろう。
□■□
夏休みが終われば二学期の始まりとなる。
ここ、迷宮学園ラビリンスでは、二学期はパーティでの迷宮攻略が授業に組み込まれ、本格的にレベル上げが開始されることとなる。一学期に座学で基礎知識を、実技でモンスターとの戦闘をきちんと履修した者は、ただ漫然と一学期にダンジョンへ潜っていた生徒よりもより先に進むだけの地力を身に着けている。
「……と、言うわけで二学期からのダンジョンはクラスメイトとパーティを組んでの攻略となる」
真面目な生徒たちは同学年で夏休みに連れ立ってダンジョンへ入っている。当然、効率は良くはなく、せいぜいがレベル10程度。それに比べ上級生によるパワーレベリングを行っている生徒たちは聞く限りレベル35から40と、既に大きな差が発生してしまっていた。これは男女の性差を容易くひっくり返すほどの差であるが、言ってしまえば自己鍛錬と養殖の差か、こと実戦となるとパーティを組んでもバランスが取れてしまうのが例年にして面白いところであった。
「パーティの編成は学園側の指定と、希望書の提出により決定する。それとだな」
もちろん、それら常識を吹き飛ばすような『例外』である一部の生徒が存在する。ハヤテのように10階層のボスをソロで攻略している男子たち。数人の彼らの名前を呼びあげて教師は言う。
「……とハヤテ。お前ら3名は当面はパーティ禁止だ」
「理由を伺っても?」
「お前らが入ると10階層まで簡単に攻略される。それじゃあ2年のパワーレベリングと同じだからな、授業で禁止される理由は分かるな?」
質問者の男子が「追放モノかよ」と呟きつつ座るが、それに引き継いでハヤテが手を上げる。
「クラスメイトとパーティを組む約束をしている場合などはどうしましょうか?」
「友人などと約束している場合は一月待て。それ以降なら好きにパーティを組んでいい」
「分かりました」
ちらりと隣のサキを見てハヤテは引き下がる。彼女も軽く安堵しているのを感じ、約束は守らねばと考えながら、40階層以降の攻略のためのタイムアタックの計画を考える。一月で40階層先まで日帰りできるようにしておこうと決意して。
『のう、こやつとの交尾はまだか?』
毎度毎度、茶々を入れるアルの言葉は無言でスルーした。
□■□
ハヤテとパーティを組むのを楽しみにするサキにとって、解禁された授業の一環としてのダンジョンアタックは学ぶべきところが多かった。
「すまん、そっち行った!」
「はい、私がフォローするっ」
ゴブリン四体を抑えている男子二人、上級生から見れば拙い剣術で戦っているが、一体が彼らの脇を抜けて後衛に走ってくる。それをサキが小盾で抑えていれば、背後のミキの詠唱が終わる。
「避けてっ!!ファイアボルトっ!!」
「うんっ」
サキが横に避ければ、たたらを踏んだゴブリンへと炎の矢が炸裂する。きちんと魔力を込めたそれはゴブリンを激しく炎上させる。しばらくもがき苦しんだゴブリンが息絶えると、そこでようやく三体のゴブリンを倒した男子二人が、済まなさそうに頭を下げる。
「ごめん。抑えられなかった」
「いいよ。こっちも構えてたからね」
上級生なら一方的に終わらせただろう。それはレベル100オーバーという力量差から来るもので、彼女らが10レベルだった時には弱った一体でなければ相手は出来なかったのを考えれば彼らのレベルに現れない実力が分かる。だからこそ、お互いの足りない部分をフォローしあい、レベルでは表せない『成長』という物を実感できていた。
「あ、ヒール貰えるかな?」
「はい。結構酷いですね」
そしてゴブリンに殴られ、青黒く腫れあがった二の腕にサキはヒールを掛ける。時間をかければ骨折位なら治せる程度にはなった彼女のスキル。彼らと同じ位のレベルでは小さな切り傷を同じ時間をかけて癒すのが限界であったことを思えば、後衛職に対しての上級生によるパワーレベリングの意義も良く分かる。
「魔力には余裕がありますが、帰りもありますので無理せずに切り上げましょう」
「そうね。私もあと5~6発かな?囲まれるときついよ」
「分かった。時間も丁度良いし少し休憩して帰ろう」
そうして授業でのダンジョンアタックは和やかに進んでいく。
どうでも良い、ちょっとした噂話などに話の花を咲かせながら。
「そういえば、隣のクラスの奴が幼馴染に告白して玉砕して……」
「知ってる?ゴブリンの魔石でもカラオケ謡い放題だってよ」
「最近ダンジョンを徘徊するユニークモンスターが危険だとか……」
「なあ、後で学食で打ち上げしない?俺らが奢るよ」
下心満載の提案に、サキは小さく頭を下げる。どうせならばハヤテに誘ってもらいたかったという浅ましい考えを、心の奥底に押さえつけながら。
「女子寮って門限厳しいの。ごめんね」
□■□
その頃のハヤテ。
「のう、ちょっと良いか?」
「何だ?」
38階層の罠を駆け抜けながら会話する二人。既に罠の位置は全部把握しており、いや、そもそも落とし穴の発動寸前のタイムラグすら見切られて容易く回避しながらタイムアタックを慣行するハヤテは、あえていくつかの罠を発動させながら退屈そうなアルの相手をする。
「若い男ってのは猿みたいなもんじゃろ?ヤらんのか?妾ちょっと見てみたいのじゃ」
「とりあえずは率先してヤるような興味は無い」
「枯れとるのう。普通に女子には興味あるじゃろうに」
何かに追い立てられるように自らを鍛えようとするハヤテ。最初に出会った時からの危険な兆候に懸念を感じながらも、アルはあえて茶化すように忠告をする。
「余裕が無くなると事故が起こるぞ。命は一つしかないものと探索者なら心に刻むのじゃ」
「分かってるさ」
「なら、あのよく一緒になる女子とかどうじゃ?アレなら誘えばあっさり股を開くじゃろう」
しかしてアルの方も人間の恋に関わる機微など全く分かってはいなかった。
もちろん、ハヤテの方も分かっては居ないのではあるが。
「いくらなんでも、それは失礼だ」