休息日の偶然
「いーやーじゃー妾も街へ出てみたいのじゃー」
その日、朝からアルが拗ねていた。
毎日毎日代わり映えのしないダンジョン攻略。彼女の庭と言ってもよいそこを延々と移動し、30階層先のトラップ階層で延々と罠を探してジリジリ進む毎日。アルにとっては退屈で仕方のない毎日に、ついに忍耐の限界を超えた。
「とはいっても、お前領域外じゃあ出てこれねえだろ」
「出てこれなくても外は見えるのじゃ!のう、良いじゃろ?ちょっとだけ、さきっちょだけじゃ」
そんなアルに少しだけ考え込むハヤテだが、ふと彼女が宿っている装備を思い出す。
「出てこれないって事は、街中でホッケーマスク被って歩けってか?」
「マスクの目の部分が出てればOKなのじゃ。ほら、お主のもっておる斜めにかけるバッグにな、穴を開けてマスクを入れておけば良いのじゃ。いいじゃろ?えーがとか、げーせんとか妾も見てみたいのじゃ」
「俺は金がない」
「ふんっ、知っておるぞ。巷では魔石で支払いができるそうじゃな?換金せずに持ち歩いているカードの魔石も相当な量じゃろ?ちょいと引き落として遊びに行っても何の問題も無いわなあ」
ニヤリと笑うアルをしばし見つめ、ハヤテがぽつりと呟いた。
「……外でも魔石って支払いに使えたのか」
「知らんかったのか、ワレぇ!!」
□■□
そして校門前に来た時にサキと出会う。。
久しぶりにあったなと思いハヤテながら先へと挨拶する彼に、その隣にいた上級生とのカップルが軽い調子で声をかけてくる。
「ちょうど良かった。特別な用事が無ければ君も一緒にでかけないかい?」
「ええと、サキちゃんが引きこもってるんで連れ出すところだったんですぅ。ミキはらぶらぶなカレシが居るけどぉ、サキちゃん一人だったんで、ハヤテ君も一緒について行ってくれると嬉しいなあ、って」
そのぶりっ子な少女の演技はともかく、特に目的も無く外出しようとしたハヤテは少し考えこむ。
『むぉっ、またこやつか!とはいえ、お主のエスコートでは不安故に、ついて行ってはどうじゃ?』
(まあ、確かに)
映画と言っても正直何を見て良いのか分からない。だとすれば、合流しても良いのではとハヤテは考えて、頷いた。
「映画を見に行くつもりだったんだが、そちらは?」
「こっちも映画の予定でしたんで大丈夫ですよお。ところでハヤテ君は何の映画を?」
「いや、見に行こうってだけで、よく分からん」
「なら、一緒に行こうよ。いいよね、サキちゃん?」
いきなり問われサキへと視線が集中する。慌て顔を赤くする彼女は、素直に頷いてハヤテの隣へ移動する。
「ハヤテ君が迷惑でなければ」
「……迷惑では無いな」
「んじゃ、行こうか」
「しゅっぱーつ」
そして一同は街へと足を向ける。
手を繋ぐことも無く後ろを歩くハヤテとサキ。その二人はまるで初々しい恋人のようだった。
『のう、交尾は?』
□■□
まずは軽く朝食をとファミレスに入る。
メニューを注文し、サキとミキが連れ立って化粧室に入ったところで、上級生の男子が言う。
「なあ、出かけるつもりなら魔石は持ってるよな?」
「えぇ、適当に20個位は持ってきてますが」
「それなら問題ねえ。豪遊してもお釣りがくるわ」
はははっと笑いながら上級生が運ばれたポテトを一つ手に取って言う。
「俺はミキの分を払う、そうなればお前はあの娘の分を払うわけだ。ダブルデートみたいなもんだから、当然男が払うべきだよな?」
「そのつもりですし構いませんよ」
「そりゃ良かった。あいつら金持ってきてねえからな」
「あまりダンジョンに潜ってないんですか?」
「いや、俺ら2年がパワレベしてやってるから、魔石はこっちの総取り」
「まあ、そういうものですよね」
パワーレベリングと言うのは簡単だが、お荷物である1年を連れて迷宮を引率するのだ。魔石位は報酬として回さないと手間に釣り合わない事はハヤテにだって分かる。彼の経験でも、10階層までよりも、20階層のボス部屋で回収できる魔石の方がずっと数が多いのだから。
「まあ、サキって娘も良い娘だから優しくしてやれよ。ま、ホテルで一発は流石に禁止だけどな」
「まさか。彼女はただのクラスメイトですよ」
ちくりと釘をさす上級生へと笑いながら返すハヤテに、アルは呆れたようにつぶやいていた。
『あの娘は、そう思うとらんと思うのじゃがなあ』
□■□
『のう?何か売り子の様子がおかしくなかったか?』
「いや、普通に魔石で払っただけだが」
オススメのサスペンス映画のチケットを二人分購入した時のこと。魔石払いだとお釣りは出ないとの断りを入れられた後に出した魔石にチケット販売員が硬直していたが二人に心当たりはない。適当に持ち出したゴースト種の魔石、それが一つ5万円相当の価値があると二人が知っていれば話は変わったのだが、30階層まで駆け抜ける間に山ほど集まるためにその価値をハヤテは気付いていない。
「どうした?」
「いや、魔石で普通に払えましたよ……結構価値が高いんですね」
「まあ、(ゴブリン)メイジのなら5千円にはなるからな」
「へぇ、(ゴーストの)メイジっぽい奴でそんなにですか」
ゴースト系のメイジの魔石なら一度の突入で数百個は集めている。100万以上の金額がそれだけで稼げているという事実に探索者が高収入だとハヤテは感心するが、実際には一桁違う。そもそもが大量のゴーストを同時に相手するということがありえなく、学園では高額な魔道具などを使い捨てて進むような階層だとハヤテが知る由もない。
「座席指定のチケットか、あれ?サキさんは何処に?」
「トイレじゃねえかな?席は並びだから俺らの番号は伝えてあるから問題ねえよ……っと、ちょっと電話入れてから行くわ。ミキは先に行っててくれ」
スマホを見て背を向ける上級生に、ミキは素直にホールへと入っていく。残されたハヤテは少し悩み、上映時間までまだ余裕があるからと、みなの飲み物でも買って行こうと売店に向かった。
『おっ、あのポップコーンと言うのを所望するのじゃ!』
「……お前食えねえだろ」
□■□
「はい。ジュース買っておいた」
「ありがとうございます」
ホールの入り口で待つハヤテの下に、速足で歩いてきたサキが合流する。二人で並んで座席に座れば、確保した席順はサキとミキを挟んで外側に男性陣。映画鑑賞中に左右を気にする心配のない配置に感心しつつも、映画の予告編を静かに眺める。
『ぬおぉ!!キスか?接吻か?隕石が落ちてくるなかで発情しておるぞ、こいつら!!』
隕石落下映画の予告編で大興奮するアル。大騒ぎする彼女の声を全力で聞き流しながら、ようやく本編が始まったところでハヤテは思う。
(こういう雰囲気も、懐かしいな)
映画はモンスターパニックのようだ。ハヤテのつたない知識でも男女の映画鑑賞なら恋愛映画じゃないのかと思わないでもないが、そういうのを気にする関係でも無いのだろう。そして映画の無いように集中する。
(ダンジョン内に居ないタイプのモンスターだな。酸の血液か……魔筋で耐えられるかどうか)
どうやって映像内のモンスターを殲滅するか、そういった思考になるのは探索者の職業?病なのだろうか。作中の主人公たちが危機に陥るたびに自分ならどうするかを考えながら周りが見えていなかったのだろう、彼自身意識せぬままに、肘当てに置かれたサキの手を握り締めてしまう。
『むぉっ!?』
濡れ場はまだかのうなどと考えながら欠伸をしていたアルが目敏くそれに気づく。ハヤテに握られながらサキが嫌そうにしている雰囲気は無い。いやむしろ映画よりもそちらに意識を向けている様子に、アルはニヤリと笑う。
『ほほぅ、これは交尾じゃな?ホテルに入ってしっぽり交尾に入る流れじゃなあ?』
そんな大興奮のアルを応援するかのように、スクリーンの中で俳優二人がキスを交わしていた。
□■□
映画が終わり、昼食を食べて学園へ帰るかと相談するミキとその彼氏。そんな二人を眺めながら待つハヤテへと、サキが小さく問いかけてきた。恐らくは、ほんの小さな勇気もって口にしたであろう、その言葉を。
「二学期のパーティ実習、二人で一緒に潜りませんか?」
「あぁ、その時はよろしくな」
『のう?交尾は?』