夏休みの始まり
ハヤテは再び20階層を突破していた。
10階層にやはりボスはおらず、20階層は再びの蹂躙だった。片道だけでも袋が一杯になる有様で、そんなハヤテにアルがドヤ顔で指示したのはボス部屋の先にある預入ボックスだった。
「どうじゃ、ここに魔石を入れておけばカードと交換出来て、残高は入口のワープポイントで受け取れるのじゃ。お主の学園じゃあカードを渡せばそのまま交換できるようじゃのう。寝てたお主じゃあ知らぬだろうが、妾が授業で聞いておいたのじゃ、凄いじゃろ?敬ってもいいのじゃぞ?」
「少しでも長く稼がせるのが目的か」
「いいことじゃろ?探索者が戦闘すると妾たちの収入にもなる」
ざらりと魔石をボックスに投入しながらハヤテが呟くと、不思議そうにアルが首を傾げる。そう、荷物が減ることは良いことなのだろう、しかしそれはボス部屋の先にしかなく、探索者に戻るか進むかの判断を容易に狂わせるだろう。何より道中で荷物があるのは変わらず、しかし後々カードにまとめられるとあれば、無視して捨ておくことも躊躇してしまうのだから。
「それはそうと、次の階層はアルが設計してるんだよな?」
「そうじゃ、簡単には攻略できぬぞ。10階層までが児戯のような難易度じゃ」
そして21階層へ突入する。
「見た目は変わらんな」
今までと同じような人工の洞窟。広い道が真っすぐに進み、そして脇道が左右に延びる。そして視界の途切れるギリギリの先では道が右手に折れているのが分かる。ハヤテはすぐ右手の壁をしばらく眺めた後、恐る恐るとアルへと質問を投げた。
「もしかしてと思うが。この道を右手に3回曲がったら階段か?」
「何で分かったのじゃ!!さすがはハヤテ!」
「脇道が狭い理由は?」
「階層ごとにポイント決まっておってな。出口まで道を繋げてモンスター配置したら細い道しか作れなんだ」
「……ポイントがねえ。つまりはモンスターにそれだけつぎ込んだワケか」
この階層では生物の気配は全く感じない。それを確認して歩き始めれば、すぐにその理由が判明した。
「ゴースト系か!!」
「ふふふっ、そうじゃ!ここの「こんせぷと」は物理無効と魔法攻撃!!近接のみで突き進んできた愚か共を絶望させる悪夢の回廊よ!!」
「お、死んだ」
「なんでじゃー!!」
通路や壁から無数に湧き出てくる幽霊状のモンスター。それらが闇の矢の魔法を連射し、生気でも吸おうというのか群がってくるのをハヤテは反射的に殴りつける。当然、全く手ごたえは無いのであるが、ハヤテの拳を受けたゴーストはパンッと弾けるように消えて、その場に魔石を落とす。そして闇の矢も、同様にハヤテに着弾すると同時に全てはじけて消えてしまう。
「これが俺の現実世界か」
「やっぱお主のギフトはズルいのじゃ。チートじゃ、チート。運営BAN……されるとポイントつぎ込んだ妾も困るが故に、仕方なしに許可するのじゃ。もう30階層まで散歩じゃ散歩っ!!」
「……前のボス部屋みたいに毒蛇なんかをこっそり配置してねえのかよ」
「物理無効が目玉なのに物理モンスターだしてどうするのじゃ!!お主は妹と一緒で「ろまん」がないのじゃ!」
物理を気にしなくていいと思わせてのトラップかと思えばそれも無いという。呆れながらもこれも鍛錬だと考えて、魔筋を解除せずにハヤテは突き進んでいった。その、無数のゴーストに群がられながら突き進む姿が、今まで以上に禍々しい魔王のような姿だとは自認できぬままに。
「あーポイントだけはガンガン入って来るのう。これはこれで悪くないのじゃ」
□■□
30階層ボス。
そこに待ち受けていたのは鎧騎士だった。
いや、正確には魔法金属で作られた鎧を操るゴーストがボスであった。
「どうじゃ!ゴーストアーマーの雄姿は!遠隔魔法は鎧で無効化し物理はもちろん無効。近接でエンチャントした武器で戦うのを強制されておるのじゃ。道中は魔法に弱いゴーストを大量投入することにより油断させ、撤退不可設定にしたボス部屋で詰みとする初見殺しの階層じゃ!!」
胸を張り高らかに笑うアル。そんなボスと向かい合い、おもむろに近づいたハヤテが鎧の胸を殴りつければ、パツンッという音を立ててボスの中身がはじけ飛んだ。
「おっ?」
「あ~やっぱりそうなるのじゃな……」
そのまま崩れ落ちぐでぇと潰れるアルが疲れたように言う。その嫌な空気を振り払うように、ハヤテは周りを見回すがボスの鎧も消え去り、ドロップは何も落ちていなかった。
「報酬は無しか?」
「早々に抜けたから用意しておらぬ。一応、お主用以外にも初見パーティ向けにボスドロップは用意するから仕方ないのじゃ。こないだ追加した『清浄』のふんどしとか、何故か回収されぬからボスオークがずっと持っておる」
「……まあ、気持ちはわかる」
そうしてハヤテは素直にダンジョンの外へと戻る。
そして、未だに初見殺しのボスが機能しているというアルの言いように、学園側がある程度の情報規制をしているのだろうと、ハヤテは少し納得した。先行者から情報を集めるのも、あらゆる状況を想定して準備を整えるのも、力技で突破することも、どれも探索者として必要な能力なのだろうから。
これも当人の命を掛けた教育の一つなのだろうと判断した。
□■□
そして二度目の30階層ボス。
それを危なげなくというか理不尽に討伐したハヤテは息を整え時計を見る。
「ふむ。突入から4時間20分か。倒した敵の魔石を拾いながらとはいえ、中々ではないか?」
「ほぼ知っているルートを突き進んでこれだ。時間がかかりすぎる」
「まあ、妹の奴は底意地悪いからのう。どうやったらすぐ隣の通路に回るのに10分も歩かされるのじゃ?」
ほぼ休憩なしで突き進んで半日掛かっている。それは迷宮が広いこともあるが20階層までの通路が複雑に構築されているのもあり、魔筋を維持しながらでは歩くだけでも相当の時間がかかってしまっているのが主な原因だった。
「この先も妹の奴じゃからなあ。しかも道を探しながらと来たものだ」
「もうマップも販売されていないからな。かといって魔筋を解除して脇道に潜り込むわけにもいかない」
「ほとんどの探索者が一度はそれを選択して後悔しておる。這うような高さの通路で隠し通路から猿共に襲わせるとか、あやつの性根は大丈夫か?」
「中途半端にセーフルームを設置してあるのも意地が悪いな。下手に長時間休むと緊張感が続かない」
きっと、アルの力押しマップも時間稼ぎと合わせてアクセントに使っているのだろうと考える。一度でもゴーストの階層を知れば、遠距離ギフト持ちを必須と考えて、彼らを連れていくなら20階層のボス戦で後衛の守りを考える必要が発生する。しかも、そこまで群れのモンスターを相手に魔力の使用を半ば強制されながら、ひたすら歩かせた後に、だ。そんな彼らにとって、点在するセーフルームの存在は麻薬のようなものだと容易に存在できる。
「できれば泊まりはしたくないな。申請すればOKとはいえ、ソロでは事故が怖い」
「さすがに寝ているときまで魔筋は維持できぬからのう。お主のギフトの様に解除できず発動しっぱなしのほうが異常なのじゃからな」
「さすがに四六時中筋肉達磨はごめん被る。これじゃ寮の部屋に入るのも一苦労だろ」
ため息をつきながらハヤテは自身の身体を見下ろして言う。胸囲は既に2メートルを超えて膨張している。腕は女性の胴程にまで太く、この体格で全く動きを阻害しない上に、強化された身体能力で軽々と3メートルも跳躍するとなれば、対峙するモンスターたちにとっては悪夢の筋肉モンスターとしか認識されないだろう。
「仕方ない。少しづつマップを確認しながら進むか。夏休み中に40階層突破を目標だ」
「突き進むかと思えば慎重だのう」
「……俺ならソロ対策で落とし穴を設置する。どんなに強くたって深い穴に落としてしまえばソロじゃあ脱出が困難だからな」
ふぉっとアルが目をむいて声をあげかけ、慌てて視線を横に向ける。そんなアルの様子にハヤテはため息をつきながら、先は長そうだと覚悟する。
「10フィートの棒じゃないが、この2メートルのバールのようなもので代用するか」
ぶおんと軽々バールのようなものを振り回し、ハヤテは30階層先の階段へと視線を向ける。罠を警戒し、スレッジハンマーとマチェットに続いて用意したバールのようなもの。既に街中で遭遇したら職質間違いなしどころか警告なしでの射殺許可が下りそうな姿で、ハヤテはふとした疑問をアルへと投げかける。
「……何でバールって言っちゃいけないんだ?」
「お約束じゃ!」