10階層の先
11階層は相変わらずの迷宮だった。
道はより広く脇道が増え、そして腰を屈めねば通れない位の通路が所々にあった。
「お前、これは酷いだろう?」
「どうだ?10階層までで調子に乗った奴らを、これで嵌め殺すのじゃ!」
「褒めてねえ」
低い通路からいきなり狼が飛び出てくる。天井付近に空いた穴から猿が大ぶりの石を投げてくる。獣型のモンスターとはいえ意思があるのだろう。ただひたすらにハヤテへと嫌がらせを続け彼が消耗するのを待っている。
「これは魔筋が無けりゃ、遠からず死んでたな」
「じゃろ?やはり筋肉は正義じゃ。100万ポイントは無駄ではなかったのじゃ」
しかし、魔筋を手に入れたハヤテには通用しない。狼の牙はむき出しの彼の肌には突き立たず、猿の投擲も何の痛痒も与えはしない。顔面を狙おうにもホッケーマスクが完全にガードする始末で、傍から見れば、タワーディフェンスゲームでのボス侵攻を眺めているような光景だった。
「それはそうと、この体格じゃあ通路に入れないから回り道が面倒だな」
「下手に潜り込むと上から猿が飛びつくのじゃ。あの上の通路に中で繋がっておるからな」
「……妹とやらの発案か?」
「よく知っておるの?妾はボスラッシュを提案したのじゃが、低階層だと効率が悪いとあやつに却下されたのじゃ」
「何となくな」
何故分かったのかとは言わずにハヤテは納得しておく。一直線のメイン通路と意味のない脇道の10階層まで、そして嫌がらせに徹した11階層以降。明らかに設計思想が違うと考えて、力押しの極みともいえる魔筋で突き進む自身の姿に苦笑する。ダンジョンの管理者?に攻略支援してもらう探索者とはどういうギャグなのだと考えて。
「無理をせず適宜戻って攻略しよう。魔筋の発動時間を増やしていかないと隙を突かれそうだ」
「お?おぉ、そうじゃな。そういうのもあるやも知れぬ。ハヤテの癖に頭が良いじゃないか」
「……素で忘れていやがったな」
アルと話している間も散発的に石は飛んできている。それは無駄な行為と言うわけではなく、石を投げない時間を増やして突発の攻撃で精神の消耗を狙うより、強化状態を無理やりに続けさせる方がハヤテを消耗させられるのだと判断しているのだろう。想定以上に頭の良いモンスターに感心しながら、ハヤテは帰路につく。
「収穫も大したことなし。これが10階層分も続くなら見捨てられるのも分かるな」
「そうなんじゃよ。あやつは性格が悪いからの、きっと探索者どもに嫌われておるんじゃな」
ダンジョンそのものが見捨てられたからこその今なのだが、それは言わずにダンジョンを出る。
この緊張感は魔筋の能力を鍛えるには丁度いいと考えながら。
□■□
「お主、よく飽きずに繰り返せるな」
最初の10階層までのスピード攻略とは違い、この一学期の終わりまで、ハヤテはただひたすらに20階層までの往復を繰り返していた。朝、朝礼を終えてからダンジョンに入り、20階層手前まで行って10階層まで戻る。一旦そこから外へワープをし、また20階層まで移動する。道中遭遇するモンスターは全て屠り、魔石も全て回収する。大袋を背中に担ぎながらダンジョンを突き進むホッケーマスクの筋肉男は、間違いなく徘徊するボスモンスターな姿であった。なお、10階層にはハヤテ限定でボスは出現せず、スルー状態であった。
「おかげで、20階層まで3往復しても魔筋を切らさなくなった」
「……限度ってもんがあると思うがのう」
もちろん作業ともいえる毎日に苦痛が無いわけではない。魔筋の力無しでももっと先へと進めると実感しているがこそ基礎を無駄にすることはないと日々を繰り返していた。また、アルの要望で目的の授業にでるときは、食事に誘ってくれる女生徒の存在が、日々の鍛錬における少しばかりの潤いとなっていたのは間違いない。ただ、彼女と会話をするたびに『こやつと交尾せぬのか?』などとアルが茶々を入れてくるのが不思議であった。
(とはいえ、男子のクラスメイトにも同じこと言ってたな)
にこやかに話しかけてくる男子の事を思い出し苦笑する。あれがホモだとは考えたくないと首を振り、20階層のボス部屋の扉を見上げて言う。
「じゃあ、一学期最後の攻略で20階層ボスといこうか」
「ようやくじゃのう。妾は寝てるから適当に終わらせてくれなのじゃ」
見た目にそわず軽い扉を押し開いて中に入る。
少し進めば背後の扉が開き、そして湧き出るようにボスが現れる。
「大虎を筆頭に狼と猿か……数で押しつぶすコンセプトかねえ」
「くぴゃー」
100はいるだろうか?広大な大広間にみっしり出現するモンスターに感心するハヤテの頭の上で、アルは既に夢の中に旅立っている。そんな彼女に苦笑しつつ、ハヤテは前へと踏み出した。
「この程度なら問題ないっ!!」
□■□
それは異形による蹂躙だった。
その巨体から繰り出される拳は飛び掛かる狼を爆散させ。
その鉄壁の筋肉は猿の投石をものともせず、逆に受け止められ投げ返される。
起死回生にと首に狼が噛みつくも、その喉笛に牙は刺さらず。
虎の体当たりで後退させることも出来ず、そのまま押さえつけられ頭を踏みつぶされる。
そう、それは魔筋により異形となったハヤテによる殺戮だった。
急ぐでもなく走るでもなく、ただ淡々と襲い掛かってくるモンスターを屠り前進する。たまに思い出したかのようにスレッジハンマーやマチェットを手にするが、10数匹倒したところで柄が折れ刃が欠けて、投擲武器として適当なモンスターに投げつけていた。それはまさしく悪夢の光景で、撤退を許されないモンスターたちは見る間に数を減らしていった。
「ラストっ!!」
最後に自暴自棄になって飛び掛かってきた猿を殴りつけ、息を整える。魔筋はまだ解除しない、それだけの余裕が出た自分の成長に感心しつつ、すっかり何もなくなってしまった広場を眺めて言う。
「ソロでここに来てたら冗談抜きに死んでたな」
道中は鍛えれば消耗はしてもなんとかなったかもしれない。しかし、このボスたちはソロではどうにもならなかったであろうと嘆息する。一体一体は大したことはなくとも、優秀な盾役と、範囲攻撃役、少なくともそれが揃わなければ勝ち切ることは無理なのはよくわかった。
「うがっ、寝てない、妾は寝てないぞ!!」
鼻提灯を弾けさせ寝ぼけるアルを無視し、ハヤテは周りを見回して嘆息する。この階層は本当に意地が悪い、と。
「なあ、アル」
「な、なんじゃ?借金取りでも来たか?あいつ嫌いなんじゃ」
「寝ぼけるな。このボス部屋だが、全滅させなくても終わるんだな?」
ハヤテの質問に、アルが真面目な表情になる。そして、ニヤリと笑って逆に問い返した。
「何でそう思うんじゃ?」
「群れの中にちらりと保護色の蛇が見えた。恐らくは毒攻撃に特化した奴だろう?恐らくは食らったら時間差で心臓でも止まる神経系の奴じゃないか?」
「気付いたか」
「基本的に近づかず姿を見せず、隙のある一人だけ殺すんだろう。駄目だと思ったら撤退させ、全滅出来る時か、何十回に一回、一人だけ殺す感じか?慣れたころ、惰性で攻略する探索者を殺すんだろう……そのための片道一回きりのワープポイントだな?」
ハヤテの問いかけに、アルはやはり大きく笑みを見せる。
「正解じゃ。他の皆に教えるか?」
「教えねえよ。そしたら蛇を出さなくなるだろう。それが続けば俺が嘘つきになる。そして代わりに適当な猿に毒付きの投げナイフでも持たせておくか?やりようは幾らでもあるな」
「うーむ、やはり妹は性格が悪いのじゃ。誰に似たのかのう?」
「お前を見て育ったからじゃねえかな?」
「妾はそんなに性格悪くないのじゃ!!謝罪と訂正を要求するのじゃ!!!」
叫ぶアルを無視し、周りを見渡せばぽつりと小さな布が床に落ちている。ボス部屋のドロップアイテムかと思い近づいて、持ち上げたところでハヤテの顔が引きつり止まる。
「……なんだこれは?」
「うむ、『ギフト無効』『不懐』を付与したブーメランパンツ(黒)じゃ」
「もしかしてお前が用意したのか?」
「この先、モンスターの攻撃も激しくなるからな。モロだしになったら見苦しいじゃろ?だからダンジョンオークションで落札しておいたのじゃ。何と20万ポイントぽっちであっさりと落札できたのじゃ!!」
ボスオーク40体分は安いのだろうかと疑問に思うが突っ込みはしない。これを身に着けホッケーマスクで徘徊する筋肉男というのはジ〇イソンよりも酷い絵面じゃないかと想像して首を振る。たしかにフルチンでダンジョンを歩き回るよりマシではあるのだから。
「……まあいい、今日は帰るぞ」
無茶苦茶疲れた気分でハヤテは帰路につく。
なお、ブーメランパンツは寮で念入りに洗濯してから装備した。