第一話 ヨナン・グリーフ
ヨナン・グリーフ。
英雄にして伝説。
魔王の支配により荒地となっていたこの世界を救った者。
この世界の人々は彼のことをこう言う……
「覇王様!!今日は大事な日なのですよ!しっかりしてください!」
「うるさい…そんなに怒る必要はないだろう」
「ダメです!なんだって今日は!
覇王様の結婚式なんですから!!」
魔王の支配から世界を救って約五年。世界はまるで魔王が元からいなかったかのように平和になった。
常日頃から起きていた戦争、内乱によって失われていた命。しかし今、戦争や内乱は起きることはなく、命を落とすこともはるかに少なくなった。
そしてこの俺、ヨナングリーフはこの世界の全てを手に入れた。
今の俺はこの覇王城と呼ばれる大きな大きな城に住み、常日頃から俺を慕ってくれる仲間も多数いる。
何かが欲しいと言えばすぐに獲得でき、この強大な力によって何者でも倒すことができる。
それが覇王ヨナン・グリーフだ。
「早く着替えてください!時間がありません!」
「………ファブル。すまない。男のお前とて俺のいざという時のための勝負下着を見せるわけにはいかない。少しの間だけ部屋を出てくれないか?」
「は?まあいいですけど…いつもの下着じゃないんですか?」
「ああ違う。俺のとっておきだ」
ファブルが出て行き、しっかりとドアが閉まったのを確認する。
すまないファブル。本当は下着なんざどうでもいい。この部屋からお前を出す口実にすぎない。
……最高な人生だった。
それは金や名誉から言ってるんじゃない。お前たち仲間に出会えて良かった。
一人で魔王討伐をしていた時、どうしても他に戦力が欲しくて適当に才能のある者を育てたが、まさかここまで強く、立派になってくれるとは思わなかった。
”もうお前たちに俺は必要ないだろう”
……違うな。俺は何を言っている。。これも”口実”に過ぎない。
確かに俺は仲間は命よりも大切だと思っている。けれど、それと”転生”は違う。
俺は、俺はただ単純にこの世界がつまらなくなったから転生するんだ。
物凄く自己中心的な理由。されど、これが俺だ。
俺は世界の英雄でも伝説でもない。ただ強かっただけだ。
その強さの尾に英雄や伝説などがこびり付きこんな最高な生活を送れても面白くない。
だから俺は転生する。
禁忌魔法の一つである転生術。使おうとする者は幾度となくいたがその難しさにより今まで成功した事例はない。しかし俺の長年の研究の末、ようやく完成した。
床から急に現れた魔法陣。その魔法陣は出現するや否や紫色に光る。
「覇王様!どうなさいまし……」
ファブルは硬直する。普段はだらしなくめんどくさがり屋な覇王の目が鋭くなっているからだ。
「その目は…何かを決めた時の目ですね。そして魔法陣…なるほど。
”転生”、するんですね」
「…隠してたつもりなんだけどな」
さすがファブル。元国家隠密部隊団長と言ったところか。
「最近、、いや数年前から覇王様の様子がおかしく後をつけてたことをお許しください」
ファブルは膝をつき俺に謝る。そしてすぐに立ち上がり声色を一段落として言う。
「おそらく覇王様が転生したがっている理由はつまらないから。この一言に尽きるでしょう…そんなにここが嫌でしたか?」
「…はあ。そんな悲しい目をするなファブル。この地とお前たちは俺の何よりの宝物だ」
「ならなぜっ!」
「思い出したくなった」
「…思い出したくなった?」
「ああ。。必死に戦っていた時のことをな。。
今の俺は少し強くなりすぎた。だからもう一度一から始める」
「僕たちを置いていくと言うのですか!?覇王様!」
もうじき魔法が発動する。
「置いていく…まあそう言うことになるな。だが安心しろ。転生先はこの世界にしてある。何年後かの設定まではできなかったが、俺たちの仲だ。どうせ巡り会う」
「巡り会う?…確かに僕たちと覇王様は硬い絆で繋がっている!けど!そんな偶然あるはずがない!」
「ファブル!」
俺が強く名前を呼び、ファブルの開いている瞳孔がさらに大きくなる。
「心配しなくても必ず会える。
なぜかそう思うんだ」
魂が抜けてゆくのを感じる。初めて味わう死。
「じゃあなファブル。どうせあいつらは今頃俺の魂が抜けたことに気づいている。お前の口から伝えずともわかるはずだ。この後は大変だろうがなんとかしてくれ。
じゃあな。また会おう。ヨナン・グリーフではない誰かでな…あ、あと転生のことは広めないでくれ。次の人生で支障が出てしまったら困るからな」
覇王歴五年。
この日、歴史上で最も偉大な人物が死んだ。
魔王の支配によって荒れた地を修復し発展までさせた男。
魔王を倒し、世界を救った英雄。
その男の功績は数えきれないほど存在する。
この日、世界中の人々が悲しみを露わにした。
覇王歴五年、四月二十五日。覇王並びにヨナン・グリーフ死去。