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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

桜戦線

作者: シト

大変長くなってしまい、申し訳御座いません。是非とも、最後まで読んでいってください。

「今回出狂(しゅつきょう)した桜はどの型だ?」

鞭撓べんとう型です』

「鞭撓型か……厄介な。何本だ?」

『五本程です』

「多いな……なんでそんなに残ってる」

『それが昨日突然生えたとのことで』

「そうか……まぁ良い。分かった。あと数分で着くから待っておいてくれ」

『了解しました』


 濃い藍色の軍服の男は瓦屋根を跳び移りながら、耳元に当てていた手を下ろし、腰の刀に手を伸ばし、それを一気に引き抜いた。

 走る彼の背中にはマントのようなものが付いており、いかにも位が高そうな様子である。

 彼の顔を見れば、軍人にしては少々色白過ぎるきらいはあるが、人と比べればそれなりに整っているように見える顔立ちにはかなり合っていた。

 身長もやはり普通で、百七十程だろう。


 彼の目には既に目標が見えている。


 幾つか家は倒壊しているようだった。

 そこだけ煙が上がり、後ろの山が霞んで見えた。

 時折、バンっと爆発音の様な音と共に地面が揺れているのが感じられた。


 彼と同じ様な、しかし彼の藍色よりも色を薄めた軍服姿の男女が宙を舞っているのが確認され、彼は苦虫を噛み潰したような顔をして、舌打ちをした。


「これはまた訓練が必要だな」


 彼はそう呟き、更に速度を上げた。

 おおよそ人が走っただけでは出ることのない速度だった。彼が通り過ぎた所には風が起こり、青々とした木々を揺らした。


 季節は春。

 新芽の芽吹く頃。


 日の国では災害が起こる。


 日の国ではそれは桜災と呼ばれるものだ。

 名前の通り、それは桜が引き起こす。


 植物である筈の桜が、意思を持ったかのように暴れ出すのだ。

 日の国では毎年十数万人が被害に遭い、数万人がそれで死亡する。


 軍服姿の彼はその桜災に対応するためだけに設立された軍、桜滅隊の人間であった。

 桜滅隊の者は皆、出狂――桜が狂い、暴れ出すこと――した桜から採取された血を自らの身体に注射して、特殊な能力と常人離れした肉体を手に入れる。

 その桜そのものの力を桜化力という。


 それにより、彼等は桜に対応することが出来る様になった。


 だから、彼が屋根の上を走り、車もかくやという速度で動いていても何らおかしな点は無いのである。


 彼――染井そめいたまきは、そうして現場に着いた。

 そこには五本の出狂した桜があった。


 それらは全て鞭のように枝を撓らせて桜滅隊の隊員を薙ぎ払っていた。故に、鞭撓型なのだ。


 一本の桜が環に枝を撓らせて攻撃を図った。

 しかし、それは環の身体に届くことなく、先が輪切りにされ人間程の太さの枝は地面に落ちた。


 環はその一本に狙いを定め、一気に距離を詰めた。

 桜は急いだように枝を振り回し、必死に近付けぬようにするが、それらは全て刀によって斬り落とされていく。


 環は跳び上がり、その幹にてっぺんから刀を振り下ろした。それは桜を一刀両断にして、桜は地響きを起こしながら真っ二つに分かれて倒れ、動きを止めた。


 しかし、着地した環の足に別の桜の枝が迫った。

 環はこれも視界に入れており、その場に足を曲げて跳びつつ、その枝を斬った。

 更に環は懐から、銃身が木造の片手で持つには少々を長めの銃を取り出し、枝を伸ばした桜の幹に一発撃ち込んだ。


 一瞬、桜の動きが止まる。


「今だ! 攻撃しろ!」


 環の動きに見惚れるかのように動きを止めていた他の隊員が、その声で我に返るように動き出し、その桜に攻撃をして斬り倒した。

 環はふぅーと呆れた雰囲気で溜息を吐きながらそれを眺めていた。


 この隊員達が攻めあぐねていた理由は、五本も桜がいたせいだったのか、その後すぐに残りの三本は倒され、動かなくなった。


 その後一時間もしないうちに、真っ白な軍服を着た隊員達が現れた。彼等は倒れた桜を持って、さっさと立ち去って行った。

 環はそれを見送ると、撤退する様に指示を出し、自分も同じ様に基地に戻った。


 基地は煉瓦造りで、他の一般人の住む木造の住居よりも遥かに頑丈に出来ている。


 その基地の立派に出来た正門を跳び越え、彼等は基地に入った。砂の運動場では、同じ様な軍服の者達が刀等を振り回したり、銃で的を狙ったりしていた。


 環はそれを横目に、木製のドアを開けて、基地の中に入った。


 ここの基地長に報告をする為である。


 中に入れば、渕が金で彩られた真っ赤な絨毯が板張りの床を覆い、真正面には階段があった。明り取りの窓からは日光が射し込んでいた。


 環はその階段を昇り、一番上の階である三階を目指した。すると、上から足音がした。ドタドタしたもので、この静謐かつ豪奢な建物には到底似合わない物音であった。

 環にとっては、かなり記憶に覚えがある物音で、思わず顔を顰めながらもそのまま階段を昇った。


 上からは想定通りの顔が降りてきた為に、眉の皺は環の顔に深い溝を作った。

 通りがかった深い緑の軍服に身を包んだ男は、元気の良い声で、環に話し掛けた。


「よう! 染井第三分隊長!」

「その呼び名は止めろ。そして声量を下げろ馬鹿。仮にも第五分隊長だろ」


 環はそのやけに耳につく大きな声に、思わず耳を押さえながら相手を睨んだ。

 彼の名前は新珠あらたま大気たいき。環の同期であり、環と同じ出世頭である為、優秀ではあるのだが元気過ぎるのが玉に瑕である。


 そんな彼の容姿はというと、いかにも元気の良さそうな大きな目と大きな口。それに人好きのする笑顔が常に張り付いており、それが剥がれなくなっているのだろうと環は勝手に解釈していた。

 髪はあちこちに跳ねており、それでいて不潔な雰囲気が感じられないところが環には不思議であった。


 大気はつれない環の反応が不満だったのか、唇を尖らせてブーブーと抗議した。


「別にいいだろ! っていうか、俺達本当はそんな風に呼ばないといけないんだぞ!」

「知るか。お前を分隊長とは呼びたくないんだ。あとお前に呼ばれるのは気持ち悪い」

「そうかよ! じゃあ呼ぶ!」

「なんでだ!」

「お前が気持ち悪がってるのを見るのは面白いからな!」


 環は大気の最後にガッツポーズをしながら言った一言に、表情を消して無言で立ち去ろうとする。

 大気は急いで環の肩を掴んで止めた。環は大気の方をゆっくりと振り向いた。


「おい!」

「なんだよ……」

「悪かったって! 分かった分かった! 呼ばないから! 染井か環って呼ぶから!」

「俺は別にどっちでもいい。ていうか、分隊長呼びで構わん」

「はぁ? お前本当に何なんだよ」

「今更だろ」


 環の返答に、大気は眉尻を上げて意味不明とでも言いたげな表情だった。環は肩を竦めて笑うと、大気の手をはたき落としてさっさと歩いて行った。

 そのやけに落ち着き切った、諦め切った表情に大気は何も言うことが出来ず、そのまま環の後ろ姿を見送った。


 寝癖の様な跳び方の髪――信じられないが本当に固まっている――をグシャっと手で握り締めて、大気は唸った。


「う〜…………! 上手くいかねぇもんだな」


 大気はその場に座り込んで、明り取りの窓を見つめた。



 一方の環は、既に三階まで上がり切り、基地長室の眼の前まで来ていた。

 重厚感のある黒茶の扉をゆっくりと三回ノックする。


 中からは低く落ち着いた声で「入れ」と返答があった。環はそれを聞き、「失礼します」と言い、部屋に入った。


 部屋の中には応接室のような向かい合ったソファと間に机があり、更にその奥に大きなデスクがあった。

 そのデスクには、立派な白髭を顎にたくわえた男がいた。そこだけを切り取れば老人なのだが、肉体の屈強さを見れば、その印象はあっという間に覆る。


 ただ椅子に座り、こちらを見る眼差しだけでこちらを威圧する、そんな風貌だった。

 目は鷹のように鋭く、身体からは未だ衰えない強さを感じられた。


 それがこの東都支部基地長、泰山たいざん兜麒とうきであった。


 環はドアのすぐ前で敬礼し、兜麒に報告をする。


「染井第三分隊長です。今回の桜災についての報告をしに参りました」

「続けろ」


 兜麒は少しも動くことなく、低い声で環に促した。

 環はそれに従った。


「はい。鞭撓型の桜五本、討伐しました。分隊としての怪我人は全て軽傷です」

「そうか。分かった。戻れ」

「はい」


 環の報告に、兜麒はただ頷いて返した。基地長からの命令に、環は頭を下げ、部屋を辞した。


 扉を閉めると、環は深く息を吐いた。


(相変わらず、この瞬間はとても緊張するな……)


 戦っている時には少しも見せなかった額の汗を、環は手袋で覆われた手で拭った。

 環は暫く、心臓の辺りを押さえて鼓動を静まらせた。


 速くなった鼓動が戻ると、環はまた動き出し階段を降りた。今度は自室に向かって報告書を纏めて、書類を整理しなければならなかった。

 一階に下りると、何やら隊員達が二人程で話していた。


「お前のところはどうだ? 第三分隊長って染井さんだろ? あの人なんか怖くてさ……」

「俺はあの人がよくわからない。普通分隊長が出なくていい出動命令でも、あの人出てきて俺達と一緒にやるんだよ。時々俺達なんかよりも早く死ぬんじゃないかって思っちまう」

「あの人、実務訓練で同期が死んでも全く悲しまなかったってよ。冷たいんだな」


 二人はどうやら愚痴を話しているようで、環も別にそんな内容で咎めはしない。少し中傷めいていても、偶にはガスを抜かねば爆発してしまうと思っているからだ。


 だから、環はもう少しで二人の姿が見えそうになる所で足音を大きくした。二人はそれを聞いて慌てて話を逸らした。

 環と目が合った時には、驚愕と焦りで目を見開いているのを視界の端で確認したが、別に何も言わなかった。


(俺が死んだところで、誰か他の人が入るだけだ。俺はただの替えの効く歯車だ。組織が正常に働きさえすれば、俺はどうでも良い)


 二人を横目で見送りながら、環はそう思った。


 外で車が動いていた。

 環は車の中を想像する。


 色々な部品が噛み合い、それがあれ程の大きさの物体を動かす。

 そして、壊れた部品は取り替えられる。


 ただそれだけの話なのだ。



 ――――一ヶ月後。桜ももうすぐに花が全て散ってしまい、出狂も起こらなくなる時期のことだ。


 東都中心部、最も人口の多い所で桜災が起こった。


 通常、人が住む所では桜が生えているのを見かけたら即伐採という決まりになっており、実際に法律でそれを怠ると罰金を課せられる。

 しかし、近年では一日放っておいただけで急成長し、そのまま出狂してしまうという案件が増えており、必然的に被害者、被害総額共に膨れ上がっている。


 また、桜滅隊の出動件数も増えており、常に桜滅隊は人手不足が付き纏っていた。


 それ故だろうか。


 派遣された第七分隊が全滅したとの報告が入ったのは、桜災発生から僅か一時間の時だった。


 基地長である兜麒は、今回の桜災を殊桜ことざくらによるものと判断、全分隊の出動が発令された。


 殊桜とは、発生するのが稀であるが、普通の桜災とは一線を画す強さを誇る、特に何らかの特殊能力を持った桜災のことだ。


 兜麒の判断は妥当であった。


 第一分隊、約八十名。

 第二分隊、約六十名。

 第三分隊、約四十名。

 第四分隊、約七十名。

 第五分隊、約五十名。

 第六分隊、約六十名。


 総勢、約三百六十名が出動した。


 分隊長達の話し合いの結果、第一から第三分隊が討伐、第四から第六が救助に当たる事となった。


 出動の直前、大気は環に近寄って、話し掛けてきた。流石の大気であっても、緊張のせいか、少々顔が白かった。


「よう環。今回は本当にヤバいな」

「そうかもしれないな。まさか第七の思川おもいがわ隊長が亡くなるとは……」

「あの人、個人戦闘力ではこっちで一桁に入るもんな」


 そんな大気の顔を見て、環は同意しながら亡くなった仲間の分隊長について考えた。


 第七分隊長であった思川おもいがわ霧払きりはらは、直刀の使い手であった。尚且つ、彼の桜化力は土壇場に於いて非常に強力となる防御のものだった。

 その霧払が殺られたとなると、今から出動する環達の間に緊張が走るのも無理はない。


 大気はどうやら手が震えているようで、右手を左手で包みこんでいた。

 大気のこの反応もまた、至極当然なことだった。


 環と大気が分隊長になってからの三ヶ月、この規模の桜災が起こることはなく、時々出狂する桜に対応していた程度であった。

 それが急に対殊桜戦に駆り出されるのだ。動揺や緊張の無い方が異常なのだ。


 環はそんな様子の大気を見つめるが、腕時計に目を落とし、出動の時間であることに気が付いた。


「おい」

「分かってる。出動までには落ち着かせるから……」

「そうか」


 環が大気を見ると、大気がそれを遮り環を笑って見返した。環はその反応に表情を変えることなく身を翻した。


 大気はその後ろ姿に、声を投げ掛ける。


「おい! 死ぬなよ!」


 環はその声に、大気の方を振り向いたが、唇だけに笑みを浮かべてさっさと手を振って行ってしまった。

 大気は目元を両手で覆い、空を仰いだ。


「あ〜! もう!」


 気合を入れるように空に叫ぶと、大気は頬をはたいて息を吐いた。

 その目に揺らぎはなく、やる気に満ちていた。



 桜災発生から三時間。

 第七分隊全滅の報せから二時間。


 東都支部基地、全分隊が出動。

 また、今回の桜災は殊桜であると正式に決定された。


 環が長である、第三分隊は今回、戦闘が役割である。


 その事は既に分隊全体に伝えているが、半ば人数が少なめである第三分隊の皆は少し不安が残っていた。


 現場では対応している桜滅隊の隊員の姿は無く、本当に第七分隊が全滅したということが俄に現実味を帯びてきた。


 殊桜とされた桜はたったの一本であった。

 しかし、それは種をばら撒き、分身のようなものを大量に創り出していた。

 恐らく民家であったものはもうがらくたであり、瓦礫の山となって樹の根の地面となっていた。


 殊桜は高さが十メートルにも及び、明らかに放っておけばこれ以上の被害が出ることは確定事項であった。


 環は自らの部下の方を向き、指示を飛ばす。


「俺達は周りの分身を潰していく! 第一と第二の高火力を叩き込む為の道を開けろ!」

「「「はい!!」」」


 環の淡々とした声に、隊員は覚悟を決めて頷いた。

 

「第三分隊、出撃!」


 環のこの掛け声を合図に、第三分隊は高めの山から一気に駆け下りた。

 被害の全容は未だよく分かってはいないが、取り敢えずの状態だけの把握は出来た。

 環は淡々と目の前の小さめの桜を斬り捨てる。


 それぞれも刀を振り回して、応戦している。

 背後からは何らかの声と足音が聞こえてきたところから、第二分隊が出撃したのだと推測出来た。


 環は作戦を円滑に進ませる為に、自らの桜化力を解放して、異能を発動させた。


「“円環斬捨えんかんざんしゃ”」


 環は刀を鞘に戻し、居合の構えをとった。即座に桜達はその防御の姿勢も取らず攻撃もしてこない()を狙って殺到した。

 しかし、その桜は全て細切れとなって風に流れていった。


 周りはポカンと口を開けた者達が動きを止めていたが、そんな隊員に環は再び指示を出す。


「進め! 道を作るんだ!」


 我に返った様に隊員は怪獣のようにそびえ立つ殊桜の方向へ足を進めた。

 環はそれを先導する。


 殊桜の方へ進めば進む程、雑魚であった桜は強くなっていく。自らを守るように布陣させているのだろう。

 やけに知能が高めな様子だ。


 環は段々と苦戦し始めているのを肌で感じた。


(この分隊にはまだ殊桜任務は早かったな……)


 一撃ですぐに倒せなくなり、焦った雰囲気の隊員を見て、環はそう思った。

 後ろから第二分隊が追いついたようだった。


 黄褐色のマントを背に付けた、第二分隊隊長が環に話し掛けた。


「染井!」

墨染すみぞめさん……すみません。あともう少し近付けたかったですが、もう無理です」

「いや、この距離ならもう狙える。すまんな」

「いえ……」


 第二分隊長――墨染すみぞめ灼砲やきほは環を労う様に肩を叩いた。

 中年の男の腕は、丸太の如き太さで、その大きな身体は内側に秘められた大き過ぎる器を表していた。顎には先が尖る様に整えられた髭が生えていた。

 灼砲は後ろを振り返り、部下に指示を出した。


「砲形、用意!」


 数人の隊員と灼砲が一直線に並んだ。

 その手の狙い目は、十メートルの殊桜であった。この地点からは約三キロメートル程。

 灼砲の桜化力は放出系、特に大砲ほどの威力を誇るもので、第二分隊はそういった桜化力の人が多かった。


 数名の殊桜に向けられた手には、桜色の光が宿り、光球を創り出した。

 それは光の束となって、殊桜に襲い掛かった。


 それを中心に爆風が巻き起こり、皆顔を守りながらそれを見守った。


 光は殊桜の幹の真ん中近くに小さな穴を開けた。それは本来であれば桜が倒れ、動かなくなってもおかしくはない位置だった。

 しかし、依然殊桜は動きを止めなかった。


 寧ろ、種を吐き出すばら撒く速さは増しているようで、種が地面に落ちただけで噴煙が上がるようになった。


 その惨状を見て、灼砲の口からは思わずといった感じで言葉が洩れた。


「おいおい……嘘だろう?」

「墨染さん、咲耶さくやさんはもう出てきてますか?」

「あ、あぁ……うちの後ろに着いてるぞ」

「じゃあ早く出してください。俺が先導します」

「……そうするしかないな」


 環の提案に、灼砲は仕方なさそうに頷き、第二分隊の更に後ろへ向かった。

 咲耶さくや風映かざはとは、現第一分隊長であり、東都支部基地では最強とされる人である。


 尚且つ、彼女には更に特筆すべき点があった。

 それは、彼女が“桜将おうしょう”という点である。


 桜将とは、かつての殊桜から得られた血を自らに打ち込み、それが適応した者のことである。

 つまり、その殊桜の力を手に入れている者、ということだった。


 環が増えていく桜を見守っていると、後ろから風映が灼砲に連れられてやって来た。

 その長い髪を束ねもせずに、うねらせながらやって来た百八十程の背丈の女は非常に堂々としていた。

 環はその姿を認めると、頭を下げた。


「咲耶さん、すみません」

「いや、大丈夫だ。それで、結局のところ私とお前があそこまで突撃するしかないってことか?」

「恐らく……咲耶さんの内側から破壊する能力さえあれば」


 風映の確かめるような質問に、環は頷いて返した。

 風映はその返答に、顎に手を当てて考える。


「ふむ……。厳密には私の能力は内側破壊するものではないことは分かってるな?」

「はい。正しくは衝撃を操る能力です。俺の能力だって、一定範囲の敵を攻撃する訳ではなくて、円の範囲で何かをすることですから」

「なら良い。殊桜は本当のところ、どこを叩けば死ぬのか分からないからな……。幹の辺りを全破壊するしかないか」

「それしかないと思います」


 風映は環からの冷静な言葉に、笑顔で頷いた。風映が殊桜を眺めながら言った言葉に、環は同意して自らの刀を触った。

 風映は暫く考える。


「うん。やはりお前の考えは正しそうだ。私は後ろで桜化力を温存しながら環の先導に従い、殊桜の幹に一気に衝撃を内側に伝え、外側に向かわせる。染井の一定範囲は何も円に限ったものではないのだろう?」

「はい。やろうと思えば立体にも」

「ならば、行くしかないだろう」


 環からの答えに、風映は納得したように頷き、他の隊員の方を向いた。


「お前ら! 私に衝撃を与えろ! それをあそこまで持っていく!」


 風映はそう言った。

 隊員は何のことか分からなかったようだが、風映からの「早くしろ!」という檄で、急いで殴ったり蹴ったり、光球を飛ばしたりして衝撃を加えていた。


 不思議なことに、風映はノーダメージであっさりと立っていた。


 満足そうに頷きながら、風映は環の方へ戻ってきた。


「よし、これで衝撃は足りるだろう」

「なら、行きましょう」


 風映は拳を開いたり閉じたりして衝撃を確かめている。その動作を確認すると、環は身を翻して殊桜を見た。

 懐から銃を取り出し、右手に刀、左手に拳銃という体勢を整えた。


 風映は背中に掛けていた槍を取り出すと、手に持った。


 準備を完了させた二人は顔を見合わせると、頷き、同時に飛び出した。


 環は風映の少し前を走り、目の前の桜達を斬り伏せていく。横にずれている桜には、鉛の弾丸をくれてやっていた。


 偶に一気に上から振ってくる種には、空間的に桜化力を発動して風映を守った。


「“次元環護庭じげんかんごてい”」


 種は何かに当たった様に破裂して消えていった。

 環の桜化力である、“空環双可くうかんそうか”は、空間的に攻撃か防御を行うことが出来るものだ。使い方によっては非常に強力であり、だからこそ環は学校を卒業したったの数年で分隊長まで上り詰めた。


 風映は感心して環を見た。


「ほう、やるじゃないか。今度模擬戦でもやるかい?」

「そんなことを約束したら余計に死にそうなので止めておきます、」

「はっはっは! そうか! それもそうだな。帰ってからその話はしよう」

「そっちの方が余計に、ですよ」


 さも愉快といった様子で笑う風映に、環は呆れた様子で走り続けた。

 この二人だけで進むと、快調に距離を詰めることが出来た。


 もう既に殊桜は目の前である。


 殊桜はこちらに気が付いたのか、枝を鞭のように撓らせて二人を攻撃したが、まだ環が“次元環護庭”を発動していた為に、弾かれていた。


「こいつ、鞭撓型だったのか……」

「鞭撓型に加えて、周りには大量の桜ですか。これは第七も全滅しますね」

「そうかもしれないな……」


 二人が冷静に周りを見渡しながらそう会話していると、桜は枝を伸ばし二人を攻撃する。

 環は“次元環護庭”を解除し、枝を刀で払い、銃でその桜を撃って動きを止めさせた。


「それでは、よろしくお願いします」

「おう、任せておけ」


 環からの礼儀正しい言葉に、風映は笑って拳を環に向けて突いた。そんな気軽そうな様子に、環は肩を竦めて下の桜を刈っていった。

 風映は殊桜の幹を登りつつ、時々自らの幹を打ちながら攻撃してくる枝を掻い潜っていた。


 風映は適当な所に着くと、その場に止まり、手を当てた。片手で槍を樹の幹に突き刺し、それにぶら下がる体勢だ。


「“斂衝風封れんしょうふうふう・解”」


 風映は身体の中に溜めた衝撃を一気に解放した。それは確かに殊桜の幹に大きな穴を開けた。

 到底、出狂した桜の回復力では間に合わないレベルの穴が。


 三キロメートル離れた所にいた第一から第三分隊の皆々は、そこら中に蔓延る桜達を斬り捨てながら歓声を上げた。

 特に灼砲は大きくガッツポーズをしていた。


 東都中に散らばっている隊員からも歓声が上がり、東都はどよめきに包まれた。


 環も冷たく笑いながら、肩を下げていた。


 ――ほんの些細な違和感。


 それが環の脳内を走った時には、既に遅かった。


 殊桜の樹が倒れない。崩れない。

 つまり、まだ殊桜は生きている。


 そして、今まで思い込んでいた、殊桜は鞭撓型であるという偽の事実。


 本来ならば、ただ鞭撓型で分身をばら撒くだけでは第七分隊が全滅するはずがないのだ。

 火力では劣るものの、連帯する力では東都支部基地随一なのだ。


 要するに、この殊桜はただの鞭撓型ではない。


 最も幹に近い二人と背後の隊員達は偶然にも一直線上にあった。


 殊桜の幹から何やら真っ直ぐに枝が伸びて、どんどん集まってくる。花が大量に付いており、そこだけ桜色に染まり切って、目の毒であった。重なり過ぎて、その集まった枝は直径で二十メートルにも及びそうであった。

 そこに光が集まり始めた。


 そう。


 第二分隊の数人が出したような光球である。


 環は焦って、驚き動きを止めた風映の前に出る。


「“次元環護庭”」


 すぐさま守りの壁を展開して防御の体勢に入る。


「まさか……鞭撓型と火砲型の混合体なのか……!?」

「そのまさかのようですね……」


 目を丸くしたままで思わずといった様子で言葉を洩らした風映の声は震えていた。環はかなり焦っているようで、桜化力を最大限に壁を創ることに使った。

 そして、向こうの隊員へ声を繋げた。


「急いで退避しろ! 縦方向じゃない! 横方向だ!」

『は、はい!』


 環の怒号に、隊員は急ぎながら横方向に逃げた。


(今大事なのは、人を大量に減らさないことと、この桜将を亡くさないこと。その為なら、やってやる)


 環は自分の後ろをちらっと見て、気合を入れた。


 その瞬間、殊桜から物凄い物量の光の束が射出された。それは二人の姿を飲み込み、すっかり見えなくした。

 そして、光が背後の瓦礫や桜達を呑み込み、消し去っていく。


 光の中で環は、自ら創り出した壁がジリジリと剥がれていくのを感じた。


(あぁ……これは保たないな)


 環はそう諦めた。

 その瞬間、目標の達成に思考をシフトさせた。


 今の最優先事項――桜将をなんとか命あるかたちに保つこと。


 自分の背後を守らせている壁を横と上方向の壁に動かす。自分からの一定範囲しか守れない環は動けない。

 環は既に消沈してしまい、顔を伏せて環を申し訳無さそうに見つめる風映の腕を掴んだ。


 驚き目を丸くする風映をこの光の束の外へと無理矢理投げた。風映は驚愕のあまり、抵抗すら出来ず、スルッと投げ飛ばされた。

 本当にギリギリだったようで、なんとか最大限まで横方向に伸ばした壁はすぐに消えてしまった。その為に、風映がしっかり無事生きているかどうか確認できなかったが、環にとってはそれで十分だった。


(ふぅ。歯車にしてはよくやった。多大な犠牲を防いだ。桜将を守り残した。俺のあとに入る人は俺なんかよりもよくやるだろう。怖がられたりしないだろうな)


 環は光に呑み込まれながらそう思った。

 徐々に耐え切れなくなっている。

 壁が剥がされ、軍服のマントはすっかりボロボロだ。

 環は死の覚悟等、端から必要としていない。そもそも自分は代替品で、その後にはすぐに補充される。


 だから、同期が訓練で死んでしまっても、また別の誰かが代わりに入ると分かっていたから、悲しくなかった。


 自分だって、死んでも変わらない。


 壁がジリジリと剥がされる。遂にもう上半身を隠す程度のもので全身を守っていた。

 環は自ら守ることを放棄した。


 その瞬間、何故か光が途絶えた。というよりも、光が上方向に逸れたのだった。

 環は口をポカンと開けて、ぼうっと突っ立った。


 そちらを見れば、ハンマーを肩に担いだ同期――大気の姿があった。何やら得意げにこちらを見ている。


「は?」


 思わず口から飛び出たのは疑問の声だった。

 大気はつかつかと環に近寄る。


「お ま え は ア ホ か!」


 わざわざ一音ごとに区切って叫び、大気は環の頭を引っ叩いた。環はさも不思議そうに大気を眺める。


「なんでお前も一緒に逃げなかった!」

「俺の能力じゃ、場所を離れられない。妥当な判断だろ」

「い〜や! 違うね! お前も逃げようと思えば逃げれたんだ! ていうか、お前ごと逃げても別に何も変わらないだろ!」

「後ろの奴らの……」

「後ろは全員退避したの、お前が確認しない訳ないだろ!」

「建物……」

「とっくに壊れきった瓦礫を守ってどうする!」


 環の言い訳に近い弁解を、大気は全て正論で叩き潰した。

 環は呆気にとられて、最早何も話す気力が出てこなかった。


 そんな折、二人の肩に重みが加わった。


「お前ら! よくやった!」


 半分泣き顔になってしまった風映だった。その表情に、思わず二人はギョッとする。

 今まで泣き言など少しも言わなかった人が、泣きそうになっているのは本当に衝撃だったからだ。


「染井!」

「は、はい」

「お前のお陰で助かったのは否定しないが、自己犠牲は褒められたものではない。そんなものを考える前に何か別の案を考えろ! その為の、生存本能の為の脳だぞ!」


 風映から叱責を環は受けた。思わず正座をしてしまいそうな雰囲気である。

 三人は思い切り忘れていたが、未だ殊桜は少し動いていた。枝が地面を打つ音で、三人は我に返った。


 しかし、それは最後の一足掻きとでも言うべきもので、その後すぐに殊桜は自身の重さに耐えきれず自壊した。三人はそれに巻き込まれないように急いで下がる。


 環はがらくたの山の頂上でそれを眺めた。ぼんやりと。何もする気力が湧かなかった。


 そもそも、あの守る為に使った桜化力で、体内の桜化力はすっからかんとなり、倦怠感が先程から身体を支配している。

 すっかり座り込んでいた。


 そんな時、大気が環に話しかける。


「なぁ、お前自分は死んでも良いと思ってるだろ」

「…………それがどうした」

「俺が死んでも良いって思ってないから死んだらダメだ」

「なんだよその理由」

「俺の為に生きとけ」

「…………これから暫く死にそうになるなんてこともないから、死ぬことはないだろ」


 環は大気の自己中心的な発言に辟易した態度を見せながら言い返した。

 更にそれに付け加える様に風映が言葉を発した。


「おう。私の為にも死ぬなよ?」

「なんで咲耶さんまでそんなことを……」

「そりゃ私の男の好みは私を命懸けで守ってくれる男だからな!」

「勘弁してください……」


 環は喉から絞り出す様に降参の意を示した。両手を上に上げている。


 三人の顔には――意味は違うようだが――笑みが浮かんでいた。

 気に入った方はどうぞ、ブックマーク等よろしくお願いします。長編化はバリバリに考えてますが、それを実行するのは相当あとになりそうです。

 連載にするとしたら、前半の桜の話で一話。殊桜の話までで数話挟むって感じですかね。

 結構気に入ってますけど、誰かが思いついてそうな内容なので、似た内容知ってるって場合は教えてください。消去を考えます。

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