罠
俺の名はユリシーズ。アデリア教国との初の戦闘は、俺の作戦通りに事が運び、死傷者ゼロで切り抜けることができた。
まあ、これからアデリア教国との対立は激化するし、この程度の戦闘で被害を出していては話しにならないが。
戦勝祝いとして宴が開かれている中、サフィーラが話しかけてきた。
「そういえば、東の森に罠を作るという話はどうなったの? 今回は何も発動していなかったように見えたけど?」
「申し訳ございません。敵が来るのが早すぎて、完成が間に合いませんでした」
「そうなの? まあ被害ゼロだったし別にいいけど」
「次までには完成させておきます」
「・・・次もあるのよね・・・」
サフィーラの表情が沈む。
「当然です。アデリア教国が我々をこのまま放っておくはずがありません」
「わざわざ敵に私の復活を言う必要あった? アデリア教国から更に警戒されるだけじゃないの?」
「どうせすぐにバレます。それに警戒するということは慎重になるということです。敵が慎重になる分、こちらは時間が稼げます」
「時間があればこの状況が良くなるの?」
「当然です。罠も完成しますし、新たな魔獣を服従させて戦力を増やすこともできます。外に仲間を探しに行った者達が、仲間を連れて戻ってくることも期待できます」
「そうかもしれないけど・・・私がここにいると知られれば、聖女がここに来るかもしれないわ」
「そうなれば聖女とも戦うだけです」
「・・・聖女と戦って勝てるの?」
サフィーラが不安そうな顔で聞いてくる。かつて聖女に殺されたサフィーラからすれば当然心配だろう。
「どんな状況でも勝てるように準備をします。ご安心下さい」
サフィーラの不安を取り除こうと最高の笑顔を向けたが、サフィーラは少し引いている。
今までもこの笑顔を見せると、何故かいつもこんな反応だ。
どうやらこの最高の笑顔はサフィーラには不評らしい。
夜、皆が寝静まった後にエメルスが俺を訪ねてきた。こちらも話があったので丁度いい。
「お聞きしたいことがあります。東の森に仕掛けた罠はどういったものだったのですか?」
「サフィーラ様には完成が間に合わなかったと報告した。しかし貴様はそうではないと思うのか?」
「はい。確かに敵はここまで問題なく来たようですが、敵が敗走した時、ユリシーズ様は魔獣達に森の中までは追撃させなかった。つまり森の中では何らかの罠の効果が発動していたのではないですか?」
「ほう、鋭いな」
教団の中でどれだけの者がこれに気付いただろうか。魔法の才能だけでなく観察眼もあるとは、エメルスはやはり優秀な女のようだ。
「実はあの時、東の森を通った者に二つの呪いがかかる罠が発動していた」
「呪いですか!?」
エメルスがやけに大袈裟に驚いた。
「どうした?」
「いえ、エルフが呪いを使ったというのを聞いたことがなかったので・・・すいません、続けて下さい」
エメルスの態度が少し気になったが、構わず話を続けることにした。
「一つは左手に黒い痣ができる呪いで、これは人に伝染する。もう一つは身体が徐々に衰弱して死に至る呪いだ。この二つを合わせるとどうなると思う?」
「数十年前に流行った黒光病と似た症状になりますね。黒光病は普通の治癒魔法では治せず、専用の治癒魔法が開発されるまで人間の国で猛威を振るったと聞きました」
「そうだ。そしてこれは病気ではなく呪いなので、その専用の治癒魔法でも治せない。この呪いをグリフィン騎士団はアデリア教国の聖都デイオンに持ち込むことになる」
「聖都デイオンに?」
「実は奴らと戦っている間に、新たに服従させた鳥型魔獣達に森の外に留めてあった奴らの馬達を襲わせた。馬を失った奴らは、転送魔法で聖都デイオンに戻りサフィーラ様の復活を報告する者と、転送魔法が使えないので仕方なく徒歩で近くの町を目指す者に分かれるはずだ」
「つまり奴らは聖都と近くの町に黒い痣の呪いをばら撒くのですね。しかし何故、衰弱死する呪いも伝染するようにしなかったのですか?」
「無茶を言うな。いくら私でも伝染して人を死に至らせるほど強力な呪いは簡単には作れない。それに人間達にそう簡単に死んでもらっては困るのだよ」
エメルスが俺を見てビクッと身体を震わす。恐らく俺は恐ろしく悪い顔で笑っているのだろう。
「エメルス、人は生きているから不満を持ち、文句や怒りを口にするのだよ。死者は何も語らない。アデリア教国の神官達では、これが病気ではなく呪いだと気付くのにも時間がかかるだろう。その間、人々は病気を治せない神官達に文句を言い怒りをぶつけ続ける。アデリア教への信仰心もなくなっていくだろう。そんな人々をいずれはサフィーラ教の教徒にするのだ」
「ユリシーズ様はいつかこの森を出るおつもりなのですか?」
「当然だ。こんな森でサフィーラ様の信仰を集めるのは限界があるからな。私はこれからもアデリア教の信用を徹底的に貶め、いずれはアデリア教の信仰を全て奪ってやるつもりだ」
そう、それが彼女の願いなのだから。
「もしかしてユリシーズ様がグリフィン騎士団の動向に詳しかったのは、鳥型魔獣を使って偵察していたからですか?」
「魔獣では目立ちすぎる。偵察に使っていたのはただの鳥だ。視覚と聴覚を私と共有した鳥を操り、グリフィン騎士団の動きを探っていたのだ」
「そんなことも出来るのですね・・・」
「その応用でこんな物も作れる」
俺は次元収納魔法の中から手鏡を取り出した。もちろん普通の手鏡でない。
「これは?」
「その握りの部分を持ってみろ」
エメルスが手鏡を持つと、鏡にエメルスの顔ではなく街の風景が映った。
「これは!? 街の風景に音も聞こえてきました!」
「さすが聖都、夜だというのに騒がしいな」
「これは聖都デイオンなのですか?」
「そうだ。以前聖都にばら撒いたネズミの視覚と聴覚の情報を、この手鏡で受け取ることができる。それに魔力を込めればネズミを思い通りに動かすことができるぞ。やってみろ」
「は、はい」
エメルスが魔力を込めると、鏡の中の景色が動いた。
「すごい、こんな物まで作れるなんて・・・」
「エメルスにはこれを使って聖都の情報収集をしてもらう。そのネズミが死ねば次のネズミに切り替わるので、危険なところに潜り込ませてもいいぞ」
「分かりました。お任せ下さい」
エメルスは素直に引き受けた。以前、俺に協力すると言った言葉に嘘はないようだ。
さて、今回の策はどれだけの効果を生むか、結果が楽しみだ。