戦闘
「敵が森の外に到着した。数はおよそ二千。明日の日の出と共に森に入り、こちらに向かって来るだろう」
「二千・・・」
敵の襲来は数日前に知らされていたが、二千という数は皆の予想を上回っていた。
教団の主要メンバー達が動揺する中、ユリシーズは話しを続けた。
「こちらがそれなりの数がいると予想して、周辺の奴隷狩り部隊を集結させたようだ。元々この周辺にいた奴隷狩り部隊はグリフィン騎士団を数部隊に分けていただけなので、元の姿に戻っただけだ」
「グリフィン騎士団・・・戦ったことがあります。魔術師も百人以上いる手強い相手でした」
「しかしこの森では馬は使えん。戦力的にはあの時より劣るのではないか?」
「いや、奴らは馬を降りても強かった。そもそも相手の方が数が上なのだ。油断するべきではない」
どうやら敵は数が多い上に強敵のようだ。
「しかし偵察も出していないのに、何故そこまで敵のことが分かるのですか?」
「神はすべてをお見通しだ」
「なるほど・・・」
その一言で皆が納得する。便利な言葉だ。
私自身はもう『ユリシーズだから』で納得するようにしている。
「クザー、弓と矢は必要数完成したか?」
「はい、ユリシーズ様。言われた通り最優先で作ったので、数は完成しています。しかし木の槍や棍棒も作った方が良かったのではありませんか?」
「必要ない。私の作戦では一切接近戦をする必要がないからな」
「えっ!?」
「では、今から作戦を説明する」
数刻後、サフィーラ教団とグリフィン騎士団は川を挟んで対峙した。
お互い森の中に身を隠し、まだ河原に進出しようとはしなかった。
「ダークエルフに獣人共、聞こえるか! 俺はグリフィン騎士団団長のズムトボだ! 大人しく武器を捨てて投降しろ! そうすれば命だけは助けてやる!」
「ふざけるな! 貴様らの奴隷になるぐらいなら、戦って死んだ方がマシだ!」
ギャンシーが叫ぶ。ギラバイ王国の第二王子だった彼からすると、人間の奴隷になることは死ぬより辛い屈辱のようだ。
「落ち着け、ギャンシー」
ユリシーズはギャンシーを制すると、一人河原へと進み出た。
「我が名はサフィーラ教大司教ユリシーズ! ここにいる者達は再びこの地に降臨された女神サフィーラ様の教徒であり、貴様らが好き勝手にしてよい存在ではない! 神の怒りに触れたくなければ、今すぐここを立ち去れ!」
「邪神サフィーラだと!?」
「何でヤツらの中に人間のガキがいるのかと思っていたが、あれが邪神サフィーラなのか?」
「まさか、本物の邪神なのか?」
「いや、ただの人間のガキにしか見えんぞ」
耳を澄ませば敵兵の声が聞こえてくる。
そしてまた人間のガキ扱いされている。失礼極まりない。
「フハハハハハハ! そんな脅しが俺達に通用すると思ったのか! 何でこんな所にエルフと人間のガキがいるのかは知らんが、まとめてブッ殺してやる!」
「愚か者め! ならば神の裁きを受けるがいい!」
「突撃ぃ!」
「攻撃開始!」
ユリシーズとズムトボがほぼ同時に合図を出す。
すると敵は騎士達が森から飛び出して一気にこちらに迫ってきた。
それに対してこちらは森の中に隠れていた犬型魔獣達が飛び出して騎士達に襲いかかった。
「魔獣だと!?」
「怯むな! かかれっ!」
騎士達は果敢に魔獣達に攻撃を仕掛けるが、すぐに異変に気付くことになる。
「何だこの魔獣、どうして倒れない!?」
「傷が再生している?」
ユリシーズが魔獣達に回復魔法をかけ続けているお陰で、魔獣達は傷つけられても一瞬で傷が塞がった。
これを防ぐためには魔獣を一撃で即死させるしかない。
しかし騎士達がいくら優れた技量と力を持っていたとしても、普通の犬より遥かに大きく頑丈な犬型魔獣を一撃で即死させるのは困難だった。
「クソッ、魔術師達の援護が少ないぞ! どうなっているんだ!」
味方はダークエルフ達が魔法障壁による防御に徹し、獣人達がその魔法障壁の後ろから放物線を描くように矢を放ち、敵の魔術師達を攻撃していた。
敵の魔術師達は当然その矢を防がなければならず、その分前線への援護は疎かになっていた。
「こんなのどうすれば・・・ぐわっ!」
「ぎゃぁぁぁぁぁぁ!」
戦いはすぐに一方的になった。死なない魔獣達によって敵の騎士達が次々と倒れていった。
「馬鹿な、何故あの魔獣達は死なない・・・これが邪神の力なのか・・・」
ズムトボと目が合った。ここからでも分かるぐらい動揺している。
「くっ、退却だ! 退却しろ! 退け、退けぇーーー!」
「退却だーーー!」
「に、逃げろぉーーー!」
遂に敵が逃げ出した。魔獣達に追撃されボロボロになりながらも、敵は森の中へと消えていった。
「我々の勝利だ! この勝利を我らの女神サフィーラ様に捧げる!」
ユリシーズがこちらを向いて手を広げながら叫んだ。
「うおぉぉぉぉぉーーーーーー!」
「やった、やったぞーーー!」
「アデリア教国のヤツらめ、ざまぁみろ!」
「サフィーラ様バンザーーーイ!」
森の中に響き渡る歓喜の声は、暫く止むことはなかった。
こうしてサフィーラ教団とアデリア教国グリフィン騎士団の戦いは、こちらの被害ゼロという圧勝で終わった。
私はまた何もしていないけど、今は被害が出なかったことを素直に喜んでおこう。