大司教ユリシーズ
俺の名はユリシーズ。とある理由から女神サフィーラの信仰集めをすることになった。
先ずは天界から女神サフィーラを召喚しなければならなかったが、いくら力を失ったとはいえ神であり、召喚する準備だけで五年ほどかかってしまった。
「えっ、何?」
ようやく召喚した神は最初は戸惑っていたが、すぐに自分がエルネストに召喚されたと理解したようだ。
「初めまして女神サフィーラ様。私はサフィーラ教大司教ユリシーズと申します。以後、お見知りおきを」
深々と頭を下げた後に最高の笑顔を向けたが、相手はかなりこちらを警戒している。まあ、突然召喚されたのだから無理もないか。
サフィーラの見た目は人間でいえば年齢は十代後半ぐらい、顔は女神というだけあって悪くないが、貧相な身体をしており、とても女神には見えなかった。
「何が目的で私を召喚したの?」
「それはもちろん、サフィーラ様と共にサフィーラ教をこの世に広め、人々を救う為です」
「冗談じゃないわ・・・」
サフィーラはかつて自分を信仰していたマグナス王国が滅ぼされたことでやる気を失っていた。
しかしこれは想定の範囲内だ。
だから俺はこのマングー大森林にいる哀れな人々の話をサフィーラに話した。
サフィーラが彼女の言うような慈悲深い女神なら、この話を無視できる訳がない。
予想通りサフィーラは食いついてきた。最初の無気力なやる気のなさは消え、神にふさわしい顔つきになった。
「では、サフィーラ教大司教として女神サフィーラ様にお尋ねします。この森にいる人々に救いの手を差し伸べますか? それとも、救っても未来で悲劇に会うだけなので見捨てますか?」
「力のない今の私では食料集めを手伝うくらいしか出来ないけど、見捨てたりしないわ」
「一言『救う』とおっしゃってくだされば、このユリシーズ、全力でサフィーラ様を手伝わせていただきます」
「そう・・・では、彼らを救うわ。手伝いなさい、ユリシーズ」
「御心のままに」
こうなれば後は簡単だっだ。
ダークエルフと獣人達の病気と怪我を治し、食べ物を与えたら、向こうから教徒にしてくれと頼まれた。
国という拠り所を失い、逃亡生活で心身ともに疲弊していたとはいえチョロいものだ。
まあ、そこに付け込むためにサフィーラをこの森で召喚することにしたのだが。
これで先ずは数百人の信仰を得たことになる。
先は長いが、幸先良いスタートと言えるだろう。
「大変だ!」
サフィーラ教団設立の宣言でもしようかと考えていたら、突然ダークエルフの男が飛び込んできた。
「ドムール、何かあったのか?」
「魔獣がこっちに押し寄せて来てる! 凄い大群だ!」
「何だって!」
先程まで腹一杯食べて明るい雰囲気だった場所が、一瞬で騒然となった。
「今はエメルス達が応戦しているが、突破されるのは時間の問題だ!」
「エメルス達の救援に向かうぞ! 戦える者はついてこい!」
ギャンシーが走り出すと、ダークエルフ、獣人関係なく戦士達がそれに続いた。
「サフィーラ様、我々も行きましょう」
「え? ええ」
サフィーラは自分が行っても役に立てないとでも考えていそうな顔だったが、俺からすればこれは彼らの信仰心を上げるチャンスなので、行く以外の選択肢はなかった。
「グオォォォォォォォォォォォォ!」
現場に近付くにつれ、魔獣達の雄叫びが耳障りなぐらい響いてきた。
「エメルス、無事か!?」
「ギャンシー! クザーも来てくれたのね!」
「クソッ、何だこの数は!」
魔獣に応戦していた者達とはすぐに合流できたが、大量の犬型魔獣が津波のように押し寄せてきていて予断を許さない状況だった。
エメルスというダークエルフを中心に防御障壁を張りつつ攻撃魔法で魔獣の数を減らそうとしていたようだが、魔獣の数と勢いの前に防御障壁は破られる寸前だった。
「ここを突破させるわけにはいかない! 行くぞ!」
「待てっ!」
俺は彼らを止めた。折角得た教徒をこんなことで減らすわけにはいかない。
「ここはサフィーラ様にお任せするのだ」
「え?」
戸惑うサフィーラの背中を押しながら前へと進む。それと同時に魔法で衝撃波を放ち魔獣達を吹き飛ばす。
「ギャイン!」
魔獣達は無様に地面を転がっていく。我々はそれを追うように更に前へと進む。
「グルルゥゥゥゥゥゥゥゥ・・・」
立ち上がった魔獣達はこちらを睨みながら唸り声を上げるが、そんな態度もここまでだ。
次の瞬間、全ての魔獣がこちらに腹を見せるように仰向けになり、服従のポーズをとった。
「えっ?」
「何だと!」
後ろから驚きの声が聞こえる。俺は彼らの方に振り返って声を上げた。
「偉大なる女神サフィーラ様の前に魔獣達は服従の意を示した! サフィーラ教の教徒たる諸君らにもう危害を加えることはない! 君達の安全はサフィーラ様によって保障されたのだ!」
「うおぉぉぉぉぉーーーーーー!」
「流石サフィーラ様だぜ!」
「サフィーラ様バンザーーーイ!」
援軍に来た者達から歓声が上がり、最初からこの場にいた者達は訳が分からず呆然としていた。
そしてサフィーラは驚きのあまり固まっていた。