解放
にゅう
俺の名はユリシーズ。ネズミー平原の戦いで勝利したサフィーラ旅団は、各地の町や村を解放しながら、バーチ王国の王都だったニズイデに向かって進軍した。
途中の町や村にいた敵兵は、味方のネズミー平原での敗北を聞いて逃げ出していて、無傷で獣人達を奴隷から解放することができた。
そして遂にニズイデへと到着した。
ここには元からいた敵兵に加えて、途中の町や村から逃げ出した兵士、ネズミー平原の戦いの敗残兵も集まりそれなりの戦力がいたはずだが、我々が到着した時には敵は撤退した後だった。
我々に加え、内側から奴隷達に反乱されれば勝ち目はないと判断して撤退したようだ。
駐留軍の総司令官だった聖騎士イーサラマが戦死したのも大きかったのだろう。
「私はサフィーラ教大司教ユリシーズ。女神サフィーラ様の命により仲間達と共に君達を奴隷から解放しに来た。アデリア教国軍はもういない。君達は自由だ!」
俺がニズイデの城壁の上から町に向かってそう宣言すると、町の至る所から歓声が上がった。
「やった、やったぞ!」
「まさか救われる日が来るとは・・・」
「バンザーイ! バンザーイ!」
「自由だーーー!」
こうして我々はニズイデも無傷で解放することができた。
ニズイデ解放の翌日、ニズイデの外にあるサフィーラ旅団の駐屯地で揉め事が起きた。
「エメルス、何事だ?」
「ユリシーズ様! 実はデルバリガ王子達が武器をよこせと押し寄せてきたのです」
「王子だと?」
確かに数十人の獣人を引き連れた虎獣人がクザーと言い争っている。
「何度も言わせるな! これはサフィーラ旅団の武器だ! 旅団に入らない者には渡せない!」
「奴隷から解放してくれた事には感謝するが、神の言いなりになる気はないぜ。武器だけよこしな!」
父親よりはマシだが、随分とでかい態度だ。
「やけに威張っているな。実力主義のバーチ王国では、王の子でも権力はないのではなかったのか?」
「彼は実力があるのです。デルバリガ王子はクザーと共に次代の獣王候補でした」
「なるほど、そういう事か」
だとすれば、彼の考えに従う者もいるだろう。ただ追い返すだけでは駄目だな。
「二人とも、そこまでだ」
「ユリシーズ様!」
「お前が親父を倒した新たな王か」
どう見ても王に対する態度ではない。
「君達は武器を得て何をするつもりだ?」
「町で人を集め、逃げて行った人間どもを追いかけて、今まで奴隷としてこき使ってくれた礼をするのさ」
つまり殺すということか。
そこまでは別に構わないが、問題はその後だ。
「その後はどうする?」
「隣の人間領に行って、人間を殺して回るのさ。今までの復讐だ!」
「それは困る。隣のカサーオ領は我がサフィーラ神国の一部になるように説得中だ」
「人間を仲間に引き入れる気なのか? やはり貴様らとは相容れないな」
彼らはアデリア教国やアデリア教会ではなく、人間そのものを憎んでいる。説得してサフィーラ旅団に入れることは不可能だろう。
「今すぐ武器を渡さないなら、町で人を集めてから奪いにくるぜ。それでもいいのか?」
「力ずくで俺達に勝てると思っているのか?」
「神なんかに頼る軟弱者達に負ける気がしないな」
「何だと!」
またデルバリガとクザーが言い争いを始める。
このままではデルバリガ率いる獣人とサフィーラ旅団の争いになってしまう。それだけは避けなければならない。
「分かった、武器を渡そう。ただし、条件がある」
「何だ?」
「君が連れて行くのは、君の行動に賛同した者だけだ。それ以外の者を無理やり連れて行くのはやめてもらおう。この条件を飲むなら、武器だけではなく、食糧を乗せた馬車も渡そう」
デルバリガも獣人同士の争いは不本意なはずだ。この条件なら了承するだろう。
「・・・フン、いいだろう。その条件、飲んでやる。じゃあ俺達は町に戻るから、明日までに武器と食糧を用意しておけよ」
「悪いが君達は明日までここにいてもらう。君が勧誘すれば、行きたくない者も逆らえないからな。勧誘は彼にやってもらおう」
俺はデルバリガの仲間の中で一番弱そうな鼠獣人の少年を指差した。
「呼びかけは私が解放宣言同様、町中の人々に聞こえるようにやる。それでいいな?」
「チッ、分かったよ、それでいい。キッミール、なるべく大勢集めてこいよ!」
「は、はい!」
デルバリガは不満顔ながらもこちらの提案を受け入れた。
「クザー、ここを頼むぞ。私はニズイデに行く」
「ははっ! お任せ下さい!」
クザーにデルバリガ達の見張りを任せて、俺はキッミールと呼ばれた鼠獣人を連れてニズイデに向かった。
ニズイデに着くと、俺は早速声に魔力を乗せて話し始めた。
「私はサフィーラ教大司教ユリシーズ。自由になった君達には三つの選択肢がある。一つ目はこの町に残り、この地を再建させること。二つ目は人間への復讐のために、デルバリガ王子の指揮の下で人間と戦うこと。三つ目は女神サフィーラ様の直属軍であるサフィーラ旅団に入り、世界中に連れて行かれた同士達を奴隷から解放するためにアデリア教国と戦うことだ。先に言っておくが、サフィーラ旅団は女神サフィーラ様に従う者ならば人間でも味方として共に戦うことになる。それを受け入れられない者はサフィーラ旅団に入ることができない」
俺の近くで聞いていた者の一部が顔をしかめる。彼らには人間と共闘などあり得ないことなのだろう。
「デルバリガ王子に従う者は、明日の朝、東門を出た所に集合したまえ。サフィーラ旅団に入団希望の者は、南門を出た先にあるサフィーラ旅団の駐屯地に明日中に来てくれ。ちなみにサフィーラ旅団は給料が出る。戦いで活躍すれば報奨金も出るぞ」
サフィーラ旅団への志願兵は多い方が良いので、一応アピールしておく。
「後は好きに勧誘したまえ」
「え? あ、はい、分かりました」
キッミールにそう言い残すと、俺はその場を立ち去った。
次の日の朝、俺とエメルスとデルバリガは東門の上から外を見ていた。
そこには二千人程の獣人が集まっていた。
約束通り、武器と食糧を乗せた馬車は既に置いてある。
「チッ、これだけか。このニズイデすら恨みを晴らそうとしない軟弱者ばかりとはな」
デルバリガは集まった人数に不服そうだが、人間に恨みがあったとしても、平和を取り戻したこの地で暮らすことを選ぶ人の方が多いのは当然だろう。
「食糧はあれだけか?」
「この人数なら二月は持つだろう。後は人間から奪うのだな」
「そうするぜ。じゃあな!」
デルバリガが門の上から飛び降り、仲間の下へ向かった。
デルバリガが仲間と合流するのを待って、俺は彼らに話し始めた。
「諸君、私はググルゲを倒して王となったユリシーズだ。君達の人間を恨む気持ちはよく分かった。ならば私は王として、君達にバーチ王国を滅ぼした元凶の人間達に復讐する機会を与えようではないか」
私が指を鳴らすと、彼らの足元に巨大な転送魔法陣が浮かび上がる。
「おい、これは何だ!」
「健闘を祈る」
デルバリガの叫びを無視して、魔法陣を発動させる。
すると、二千人程の獣人達は全て消え去った。
「こんな人数を一人で転送させるなんて・・・」
「予め転送先にも魔法陣を築いておけば、そう難しいことではない」
驚くエメルスにそう説明してやる。
「彼らをどこに送ったのですか?」
「聖都デイオンの近くの森だ」
「聖都!? そんな所に予め魔法陣を!?」
「ああ。隠蔽は上手くいっていたが、流石にこれで見つかるだろう」
だが、使い捨てた価値はある。二千人の兵士を聖都のあるトヨキウト領に送り込めたのだ。
「トヨキウト領は進入しようとする者に対する防備は固いが、聖都以外の町や村の防備は普通だし、領内は森や渓谷など隠れれる場所も多い。デルバリガが聖都を攻めるなんて無謀なことをしない限り、当分の間は暴れ回れるだろう。敵はそれに対処する間、こちらに軍を送ってくる余裕はないはずだ」
「そうですね・・・」
「彼らを捨て駒のように扱ったのが不服か? しかし彼らがカサーオ領で暴れれば、人間を味方に引き入れるのが不可能になる」
「分かっています。そうなればギラバイ王国の解放が遅れるだけです。人間相手に復讐するという彼らの願いを叶えたのですから、不服はありません」
多少の同情心はあるようだが、どうやら本心のようだ。
エメルスもやっかいな奴らのせいでギラバイ王国の解放が遅れるというのは許せないらしい。
朝食がまだだったので何か食べようとエメルスと二人ニズイデの町中を歩いていると、見覚えのある人物と出会った。
「キッミール?」
「あっ、ユリシーズ様、エメルス様、おはようございます!」
「君はデルバリガ達と共に行かなかったのか?」
「ハハッ! どうせ戦うなら給料が出る所の方がいいと思いまして」
案外、こういう奴が長生きするのかも知れない。