救済
クザー達の案内でダークエルフと獣人達が集まっている川沿いの場所に到着した。
両種族合わせて数百人はいる。思っていたよりも多い。
「ロクビ、戻ったぞ」
「お帰り、クザー。って、クザー! 右目が治ってる! それにその二人は誰!?」
「こちらは女神サフィーラ様と大司教ユリシーズ様だ。この目はサフィーラ様に治してもらった」
「め、女神?」
「ロクビ、病人と過去の怪我が治っていない者を集めてくれ。女神サフィーラ様が治療して下さる」
「本当に!? 分かった、みんなに声をかけてくる!」
ロクビという名の猫獣人の娘は、凄い速さで人込みに消えていった。
「お前達はフーグ様とギャンシー殿を捜して、今回の顛末を説明してくれ」
「了解した」
五人組のうち四人がその場を去り、私とユリシーズ、クザーがその場に残された。
その私達を人々が遠巻きに囲みながら見ていた。
誰も彼もが虚ろな目をしており、食糧不足から痩せている人が多く、健康状態も良くなさそうだ。
こんな状態では病気にかかりやすくなるし、蔓延しているのも当然だ。
「クザー、連れてきたよ」
ロクビが数十人の病人と怪我人を連れて戻ってきた。
他人に支えがなければ歩けない病人、病気の子供を抱いた母親、片腕のない男など、一目で病人や怪我人と分かる人達ばかりだ。
「我が名はサフィーラ教大司教ユリシーズ、こちらは我が女神サフィーラ様である! 慈悲深きサフィーラ様は、君達の救済の為にこの地を訪れて下さった! この幸運に感謝し、サフィーラ様を崇めるがよい!」
ユリシーズは彼らにそう言うと、彼らに聞こえないように小声で私に話しかけた。
「ここにいる全員を一斉に治します。それっぽいポーズをお願いします」
全員を一斉に? しかもいきなりポーズとか無茶振りすぎる!
しかし迷っている時間はない。取りあえず手を上げて、掌を光らすことにする。
「この者達に神の祝福を与える!」
全力で掌を光らせてそれっぽく演出する。すると、
「体が軽い? 治ったぞ!」
「お母さん、気分が良くなったよ」
「ああクレイ、良かった・・・」
「腕が生えてきた!」
歓喜の声が辺りを埋め尽くした。
病気の治療と体の再生、しかもこの人数を一斉に治すなんて、かなりなんてレベルじゃない。ユリシーズは超一流の魔法使いだ。
「おお、神よ・・・」
「ありがとうございます!」
ユリシーズの思惑通り、彼らは私が起こした奇跡だと信じて私を崇めている。
だが、ユリシーズは更に私に小声で指示を出してきた。
「もう一度、今のをお願いします」
まだ何かあるのか疑問だったが、彼らが私に注目している中でユリシーズに聞くわけにもいかず、取りあえず指示通りやることにする。
「この者達に更なる神の祝福を与える!」
また全力で掌を光らせると、今度は空中に穴が出現した。
「な、何だ?」
人々はそれが何なのか分からない様子だったが、私にはそれが次元収納魔法の取り出し口だと分かった。
そしてその穴から次々と食べ物が飛び出してきた。
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーー!」
今度はそこにいた数百人から歓喜の声が上がり、森の中に響き渡った。
「食い物だぁーーーー!」
「奇跡だ、奇跡が起きた!」
「サフィーラ様バンザーーーイ!」
その喜びようから彼らがどれだけ飢えていたか分かる。
人々は次々と食べ物を手に取り、口へと運んでいった。
混乱を避ける為、私とユリシーズは少し離れて人々の様子を窺うことにした。
彼らから虚ろな目は消え、皆が笑顔で食べ物を食べていた。
その笑顔を見るとこちらも心が温かくなる。
私は彼らの救済が取りあえず成功したことに安堵した。
「でもこれ、私いらなくない?」
私は掌を光らせただけで、あとは何もしていない。全てユリシーズの力だ。
「何をおっしゃいますか。神であるサフィーラ様だからこそ彼らに受け入れられたのです。私一人で来ても彼らに怪しまれるだけだったでしょう。エルフとダークエルフは過去の因縁から仲は良くないですからね」
「そうかしら?」
あれだけの力を見せつければ、彼らもユリシーズを受け入れたと思う。私は人間のガキ扱いされたし、受け入れの役に立ったとは思えない。
「そもそも、私一人なら彼らを救う気がなかったので、受け入れられる以前の問題ですが」
「え?」
「我が神が見捨てるような者を私が救う理由はありません。サフィーラ様が見捨てないと言われたので、全力で救うお手伝いをしたまでです」
確かに神である私が見捨てたら、大司教を名乗るユリシーズも同じ判断をするのが自然だ。
もしあの時、どうせマグナス王国の人々のようになるからと彼らに関わろうとしなかったら、彼らが笑顔を取り戻すこともなかった。そう考えるとゾッとする。
「ですから彼らが救済されたのは、サフィーラ様が救うと判断なされたからです。サフィーラ様が彼らを救ったのですよ」
私がほぼ何もしていないという事実はあるが、私はユリシーズの言葉を受け入れた。
結果良ければ全て良し!という事にしておこう。
少し時間が過ぎた後、二人の人物がこちらに近付いてきた。狼獣人の老人とダークエルフの青年だ。
「初めまして、サフィーラ様、ユリシーズ様。私は獣人代表のフーグと申します」
「ダークエルフ代表のギャンシーです。以後、お見知りおきを」
二人は深々と頭を下げた。
「バーチ王国の先王とギラバイ王国の第二王子ですね?」
「おお、ユリシーズ様は我らの事をお知りだったか」
「それで、ご用件は?」
二人は顔を見合わせた後に話し始めた。
「まずは我々を救っていただいたお礼を。ありがとうございました」
「そしてお願いがございます。我々をサフィーラ教の教徒にしていただきたいのです」
神として本来は喜ぶべき言葉だが、マグナス王国のことが頭を過り喜べなかった。
「慈悲深きサフィーラ様は救いを求める者を拒みはしない。しかしサフィーラ様はアデリア教国に邪神と認定され、アデリア教国と対立している。サフィーラ様は君達がマグナス王国民のようになることを望んでいない」
「我々は既にアデリア教国に追われる身です。最後がどうなろうと、サフィーラ教の教徒になったことを後悔しません。どうか我らに一時でも安寧をお与え下さい」
ユリシーズがこちらを向いて私の言葉を待つ。決断は私がしなければならない。
「分かりました。あなた達を教徒として迎え入れましょう」
「おお、ありがとうございます!」
その言葉を聞いてユリシーズも満足そうに微笑む。
「では、今日から我々はサフィーラ教団と名乗ることとする!」
「ははっ! では早速皆に伝えてきます!」
二人は頭を下げ、仲間の下に帰っていった。
「さて、これからが大変ですね」
「そうね。でもあなたも全力で手伝ってくれるのでしょう?」
「もちろんです、我が神よ」
最初は胡散臭いと思っていたユリシーズが、今では誰よりも頼もしく見えていた。