邂逅
「それでは、この森にいる人々の所に向かいましょう。案内はお任せ下さい」
「ええ、よろしく」
「それと、彼らと出会った時の交渉も私にお任せ下さい」
「分かったわ」
大司教を名乗る彼を差し置いてベラベラと話すのは神らしくない。
全力で手伝うと言ったユリシーズの手腕に任せてみよう。
しばらくの間、森の中を北に歩くと、獣人の五人組を発見した。
三人は剣を持ち武装しており、他の二人は大きな袋を抱えていた。食べられる物を探しているようだ。
「どうも、こんにちは」
相手が気付く前に、ユリシーズがまるで知り合いに接するように笑顔で話しかけた。
「誰だ、貴様ら!」
相手は剣を構えて警戒する。こんな森に怪しい二人組いたら当然そうなるだろう。
「奴隷狩り部隊の連中には見えないが・・・」
「油断するな! こんな森にいるエルフと人間のガキが只者な訳はない!」
ガキとは失礼な。私はあなた達より遥かに長く生きてるし、身長だって平均的な人間女性ぐらいはある。
「私はサフィーラ教大司教ユリシーズ、こちらは我が女神サフィーラ様です」
「そのガキが女神だと?」
「しかもサフィーラって、アデリア教国に殺された邪神じゃないか!」
益々警戒を強める彼らを見て、ユリシーズは「フッ」と鼻で笑った。
「あなた方もサフィーラ様を邪神扱いするのですか? 自分達の国を滅ぼしたアデリア教国の言う事を信じるなんて、おめでたい頭をしてますねぇ」
「何だと!」
「サフィーラ様は邪神などではありません! アデリア教国の策略により殺されながらも、今のアデリア教国の横暴を憂い、人々の救済の為に再びこの地上に降臨された慈愛の女神なのです!」
天界で引きこもっていた私を無理やり召喚しときながら、よくもまあそんな嘘を平気で言えるなぁと呆れる。
しかし今は彼らを救う為にも、彼らに受け入れてもらわなければならない。
私はユリシーズの言葉を否定しなかった。
「では、俺達も救ってくれるというのか?」
「救いを求める者をサフィーラ様はお見捨てになりません」
獣人達はこちらを警戒しながら小声で相談し始めた。
そして話がまとまったのか、右目に眼帯をした犬獣人の男が一歩前に出た。どうやらこの男がこの五人組のリーダーらしい。
「悪いが、アンタ達の事が信用出来ない。俺達が逃げ込んだ森に偶然救いの神がいたなんて出来過ぎている。アンタら、奴隷狩り部隊に雇われて俺達を探しに来た傭兵なんだろ? その方が自然だ」
剣を持つ三人だけでなく、他の二人もナイフを取り出して戦闘態勢を取った。
「仲間の場所を知られる訳にはいかない。ここで死んでもらう!」
「愚か者め! 神の力を思い知れ!」
「ぐわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
突然、こちらに迫ろうとしていた眼帯の男が、眼帯を押さえて苦しみだした。
「どうしたクザー!?」
「目がぁぁぁぁぁぁぁ! 目がぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーー!」
「貴様ぁ、クザーに何したっ!」
他の四人がこちらに斬りかかってきたが、その攻撃は私とユリシーズに当たることなく弾き返された。
「何っ!」
「クソッ、魔法障壁か!」
ユリシーズはクザーと呼ばれた男に魔法で攻撃しながら防御障壁を展開していた。
二つの魔法を同時に無詠唱で使うなんて、ユリシーズはかなり腕の立つ魔法の使い手だ。
「目がぁぁぁぁぁぁぁ! 目がぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーー!」
「しっかりしろクザー!」
「目がぁぁぁぁぁぁぁ! 目がぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーー見えるッ!」
「え?」
「は?」
「何?」
思わず声を出してしまった。
クザーの右目からは眼帯が外れ、そこには正常な右目が存在していた。
「馬鹿な、矢が刺さった時に眼球ごと捨てたのに・・・」
「欠損部位の再生など、女神サフィーラ様の力を持ってすれば簡単な事だ」
ユリシーズが得意げに答える。今の私では擦り傷も治せないけど。
「神の力、思い知ったかね?」
「ああ、疑って悪かった・・・」
クザーも他の四人も呆然とその場に立ち尽くしていた。
「もしかして、病気も治せるのか?」
「我が女神サフィーラ様に不可能はない」
神だからって不可能はないは言い過ぎだ。特に今の私は不可能だらけだし。
「頼む、仲間を助けてくれ! ダークエルフ達の魔法でも治せない病気が蔓延しているんだ!」
頼み込むクザーを見て、ユリシーズは悪い顔でニヤリと笑った。
「それが神にものを頼む態度かね?」
「くっ・・・」
クザーは跪いて頭を下げた。
「女神サフィーラ様、大司教ユリシーズ様、先程までの御無礼をお許し下さい。俺はどんな罰でも受けます。ですが、罪なき仲間達が飢えと病気に苦しんでいるのです。どうか彼らをお救い下さい」
他の四人もクザーに倣って頭を下げた。
「お願いします、サフィーラ様!」
「お願いします!」
その光景を満足そうに眺めてからユリシーズはこちらを向いた。
「如何なさいますか、サフィーラ様?」
「罰は必要ありません。彼らの仲間を救います」
ようやく訪れた出番を、神の威厳が崩れないように無難にこなした。
「ありがとうございます!」
「サフィーラ様の寛大なお心に感謝するがよい。では、仲間の所まで案内したまえ」
「はっ、こちらです!」
五人の先導に従い、私達は再び北へ向かって歩き出した。
「上手くいきましたね」
前の五人に聞こえないように小声でユリシーズが話しかけてきた。
「上手く? かなり強引な気がしたけど?」
「力を見せつけ、立場を分からせる為に最適な行動を取ったまでです。まあ、今後もお任せ下さい」
不安はあるが、神力がほぼ無い私は、力に関しては彼に頼るしかない。
「ええ、任せたわよ」
私はそう答えるしかなかった。