女神サフィーラ
私の名はサフィーラ、エルネストと名付けられた世界を創造した神々の一柱。
しかしその世界での信仰獲得競争に敗れ、私は天界で引きこもっていた。
同じ立場の神々は次の世界を創造する為に話し合っていたが、私は自分を信仰してくれていたマグナス王国の最後を思い出すとその話し合いに参加する気にはなれなかった。
「えっ、何?」
その日も何をするでもなく天界の片隅で佇んでいると、いきなり自分の体が光出した。そして次の瞬間、目の前の光景が森の中へと変化した。
自分がエルネストへ召喚されたという事はすぐに気付いた。信仰を失い神力も殆ど無い状態とはいえ、神が地上人に召喚されるとは情けない話だ。
「初めまして女神サフィーラ様。私はサフィーラ教大司教ユリシーズと申します。以後、お見知りおきを」
私を召喚したであろう人物は、こちらに深々と頭を下げた後に笑顔を見せる。
ユリシーズと名乗った男は人間でいえば年齢は二十代後半ぐらいに見えるが、彼は人間より遥かに長寿なエルフという種族なので、恐らくは何百年と生きているのだろう。
彼が初めましてと言う通り、私も彼に見覚えはない。
しかし今地上に私の信者はいないはずなのに、自ら大司教を名乗るなんて何だか胡散臭い。笑顔もどう見ても作り笑いで胡散臭い。
「何が目的で私を召喚したの?」
「それはもちろん、サフィーラ様と共にサフィーラ教をこの世に広め、人々を救う為です」
「冗談じゃないわ・・・」
思わず溜息が出てしまった。
「あなたもサフィーラ教大司教を名乗っているなら、私を信仰していたマグナス王国がどうなったか知っているわよね?」
「もちろんです。マグナス王国と友好関係にあったアデリア教国の聖女が『女神サフィーラは邪神である』という天啓を授かり、邪神と邪教徒討伐の為にアデリア教国がマグナス王国に戦争を仕掛け、サフィーラ様は聖女に殺され、マグナス王国は滅ぼされました」
殺されたといっても神は消滅する訳ではない。魂は天界に帰り、そこで復活する。
「その通りよ。私なんかを信仰したばかりにマグナス王国は滅ぼされたのよ」
当時の悲しみを思い出し、私は気持ちは沈んでいく。
「私はマグナス王国を救うどころか滅ぶ原因になった。そんな私に再び信仰を集める資格なんてないわ。人々を救うどころかまた悲劇を繰り返すだけよ」
「もう神としての役目を果たす気はないと?」
「その気もないし、そんな力もないわ。あなたもアデリア教国に殺されたくなかったら、サフィーラ教大司教なんて名乗らない方がいいわよ」
「残念ながら、そうはいかないのですよ。このマングー大森林にあなたに救っていただきたい人々がいるのです」
「え?」
マングー大森林は普通の動物より遥かに狂暴な魔獣と呼ばれる生き物が多数生息し、人々が魔境と呼んで近付かない森である。
「何でこんな所に人がいるの?」
「少し長くなりますが、順を追ってお話ししましょう。聞いていただけますか?」
ユリシーズはそう言うと、また胡散臭い作り笑いを浮かべた。
この男はどこか信用できない感じがするけど、私はこの森に人がいる理由の方が気になり、話を聞くことにした。
「今から六年前、アデリア教国はサフィーラ様を邪神と認定し、マグナス王国に攻め込みました。そして聖女がサフィーラ様を殺し、その後マグナス王国を蹂躙して約一年でマグナス王国を滅ぼしました」
大国であるアデリア教国に小国であるマグナス王国がまともに戦っても勝ち目はなかった。
当時の私はマグナス王国民五十万人から信仰されていて今とは比べものにならない神力を持っていたけど、それでも女神アデリアの加護の力を持つ聖女に倒されてしまい、マグナス王国の人々を守る事が出来なかった。
「この勝利でアデリア教国内で戦争に反対していた穏健派は発言力を失い、止める者のいなくなったアデリア教国はダークエルフのギラバイ王国、獣人のバーチ王国を次々滅ぼし、このエルネストを統一しました」
ギラバイ王国とバーチ王国は同盟関係だったが、どちらも小国で二国でもアデリア教国に勝てるような国ではなかった。
それでもこの短期間で二国とも滅ぼされた事は驚きだった。
「エルネストを統一したアデリア教国はやりたい放題でしてね。捕らえたダークエルフと獣人は奴隷にし、逃げた者達も奴隷狩り部隊で次々と捕らえているのですよ」
「何ですって!」
驚きのあまり久々に大きな声が出た。
「アデリア教の教えでも種族による差別も人を奴隷にすることも禁止していたはずよ。戦勝国だからってやって良い事ではないわ」
「アデリア教国上層部が戦後の労働力不足を理由に奴隷を認めたのですよ。エルネストが統一された今、彼らに逆らえる者はいません」
「そんな・・・」
私の姉、女神アデリアがこのエルネストを去って久しい。
だが女神アデリアの加護の力を持つ聖女がいるというのに、こんなことが許されているとは狂っているとしか思えない。
「今この森にいるのは、そんな奴隷狩り部隊から逃れてきたダークエルフと獣人達です」
「逃げるにしても、何でこんな危険な森に?」
「奴隷狩り部隊から逃げながら食料を手に入れることは困難です。彼らは人の手が入っていないこの森なら、果実や木の実など食べ物が豊富だと思ったのでしょう。奴隷狩り部隊からも隠れれて一石二鳥というわけです」
「でも魔獣に襲われるかもしれないじゃない?」
「腹ペコのまま奴隷狩り部隊と戦うよりはマシという判断でしょう。このまま食料が手に入らなければ餓死者も出るでしょうし、間違った判断ではないかと」
「そこまで追い詰められているのね・・・」
話を聞いているだけでも胸が締め付けられ、彼らを救いたいという気持ちが溢れてくる。
「では、サフィーラ教大司教として女神サフィーラ様にお尋ねします。この森にいる人々に救いの手を差し伸べますか? それとも、救っても未来で悲劇に会うだけなので見捨てますか?」
意地悪な言い方だ。あんな話を聞いて神として見捨てれる訳がない。
「力のない今の私では食料集めを手伝うくらいしか出来ないけど、見捨てたりしないわ」
「一言『救う』とおっしゃってくだされば、このユリシーズ、全力でサフィーラ様を手伝わせていただきます」
「そう・・・では、彼らを救うわ。手伝いなさい、ユリシーズ」
「御心のままに」
そう言って彼は満足そうに頭を下げた。
結局、ユリシーズの思惑通りになってしまった感はある。
でも、やると決めた以上は全力を尽くす。
何故なら私は神なのだから。