第5話 魔槍 ガイ・ボルグを叩き売る少女!
「キャー! 『轟雷の群狼』の凱旋よーっ!」
オルメディアの西門をくぐり抜けたオレたちを待っていたのは、あふれんばかりの大歓声だった。
「ミルゼイ様は、いつも凛として美しいわっ!」
「ランスタット様っ! 好きっ、抱いて!」
「ミレアム様っ! 僕を存分に罵ってくださいっ!」
「押忍っ、ディルドランの兄貴っ! 魔物の野郎の討伐、ご苦労様っす!」
「ディースちゃんカワイイヤッター!」
オースタラリア大陸での討伐クエストを達成し、約三か月ぶりのオルメディアへの帰還。
冒険者ギルドが直々に、超一流のオレ達を指名した討伐クエストだけあって、討伐対象の地を這う竜種「コモドールドラゴン」の危険度は相当なものだった。他の冒険者達ではとても太刀打ちできなかったことだろう。正直、オレ達も相当疲弊した。
しかし、オレ達を信じて待ってくれたファン達の声援が、心身に溜まった疲労を一気に消し飛ばしてくれる。
「ふふふ、ファンの声援がまぶしいな。彼らの応援があるからこそ、私は生を実感できるのだ……」
オレの隣で、轟雷の群狼のリーダーである「雷光のミルゼイ」が、男性ファンに大きく手を振ってこたえている。その後、女性ファンに向かって投げキッスを飛ばしてから、奴は胸元から手帳を出し、さらさらと何かを書きつけた。
こいつは、「闇夜に轟く雷鳴の旋律」という、何かを拗らせてしまったかのような題名の小説を書いており、事あるごとに手帳を取り出しては、ペンを走らせている。
轟雷の群狼が冒険者の中でも抜群の知名度を誇るのは、オレ達の活動を基に作られたこの小説のお陰ではあるのだが……そのタイトルは今からでもどうにかならないものだろうか。
「ガハハハハ! 舎弟共も元気にしとるのう。こうもギャラリーがそろっておると、一曲ブチかましたくなってきたわい」
豪快に笑い声をあげる大男は、クランの盾役を一手に担う「要塞のディルドラン」である。デカく、そしてとにかく豪快なキャラクターが、特に不良系男子のハートを鷲掴みにしている。しかし、ファンのことを舎弟というのは、キャラとしてもあまりに濃すぎると思うのだが。
「こんなところで歌うのはよし子ちゃんよ。あなたの音痴で、全世界が涙するわよ?」
ディルドランを肘でつつきながらクールぶっているのは、回復術士のミレアムである。
目元涼し気で、清涼感さえ漂わせる美貌から、ファンからは「白銀のミレアム」と呼ばれている……のだが、その言動の独特さによって、どことなく残念さが漂っている。ファンの一人曰く、美しさと残念さが同居したところに何とも言えない魅力があるのだそうだが、オレにはその感覚が良く分からん。
「……あの、その……なんでもありません」
ものすごく引っ込み思案な少女が、轟雷の群狼の最年少であり、風魔法師の「豪風のシルフィ」である。彼女が「ごめんなさーい!」と叫んでから放つ超広範囲殲滅殺戮暴風魔法は、ごめんではすまない情け容赦のないダメージを魔物達に与える。普段はこのようにおどおどしているが、魔物に止めを刺した数は、メンバーの中でもトップクラスである。
「ま、今回も無事に帰れたのは、オレ様の槍のお陰だな!」
そしてこのオレ様、人呼んで「魔槍」のランスタット。
轟雷の群狼の一番槍であり、押しも押されぬ轟雷の群狼のアタッカーだ。オレの操る槍は、狙った獲物を絶対に逃がさない。
ナルシストのミルゼイ。
がさつなディルドラン。
残念美人のミレアム。
引っ込み思案のシルフィ。
そして、魔槍のランスタット。
オレ達は、オルメディアでは知らぬ者がいない超人気冒険者クラン「轟雷の群狼」のメンバーだ。
五年前に、とある街の宿で偶然出会い、雷鳴と共に出現した魔物の群れを、共に退けたのがはじまりだった。
魔物達の屍を前に、ミルゼイの「私たちが力を合わせれば、冒険者の頂点を目指せるのではないか?」の言葉に意気投合。轟雷の群狼を結成することとなった。
それからは、五人で勲功をあげ続ける日々。そのうち、世に轟雷の群狼の名が浸透しはじめ、冒険者ギルドの中では知らぬものが無い、数多くのファンがつくほどの超人気クランにまで上り詰めたのだった。
オレが、仲間達とこれまでに歩んだ道のりに思いを馳せている時だった。
「ムフーフーフーン」
ファンの声援の間から、脳天気な鼻歌が聞こえてきたので、なんとなく、そちらの方へ顔を向けると……。
「うおっ!」
それを見た瞬間、オレの身体の中を稲妻が走りぬけた。
オレの視線の先には、赤ずきんを被った少女が、鼻歌交じりに歩いていた――幼気な少女には不釣り合いな、古い漆黒の槍を背に担いで。
……なんなんだ、あの槍が放つ極上のオーラは。
あの槍の放つ圧があまりにも強すぎて、槍の周囲の空間が歪んで見える。
並大抵の槍が放つものではないが……。
「どうしたんだランスタット。ぼおっとした顔をしてどうした。まさか、私の美貌に何かついているのか?」
ハッと気が付いて振り向くと、ミルゼイがオレの顔をじっと見つめていた。
いや、そもそも誰もお前の顔なんて見てねえんだよと言う前に、
「あの、その……ランスタット君は、別にミルゼイ君の顔を見ていなかったと思うけど……」
ディースがしずしずとそう言い、続けてミレアムが、
「ミルゼイのナルシストっぷりは留まるところを知らないわねえ。鏡を見つめながら『私は美しい、私は美しい』ってぶつぶつ呟くような男は、やっぱり見えている世界が違うわ」
「美しきものに対し、素直に美しいと賛美することの何が悪いというのだ、ミレアムよ。お前もそこそこに美しいのだから、私を見習ってもっと自尊心というものを身につけた方が良いぞ。その方が、もっと人生を豊かに過ごせる。それにディース。確かにランスタットは、私の顔を見つめてはいなかった、それは私も認めよう。しかし、君は気が付かなかっただろうが、彼は私の甘いマスクを頭の中で想像したがために、思わずぼうっとしてしまったのだよ。これはもう、私の顔を常に見つめていると言っても過言ではない……そうだよな、ランスタット?」
ナルシストが気持ち悪く煮詰まったようなミルゼイの発言に対し、なんて返してやれば良いものかとオレが悩んでいるとき、ディルドランの豪快な笑い声が割り込んだ。
「ガハハハッ! あれだけの長旅じゃあ。ランスタットもさぞかし疲れとるんじゃろう。久しぶりのオルメディアじゃあ、今日のところは一旦、これで解散とせんか?」
ディルドランの割り切りは、こういう時に助かる。ミルゼイも、フッ……と気障ったらしい笑みを浮かべた。
「そうだな。私も『闇夜に轟く雷鳴の旋律』9巻の刊行のために、今回の活躍を書き留めておきたい。よし、本日はこれにて解散だ」
☆ ☆ ☆ ☆
メンバーと別れた後、オレはすぐさまあの槍の後を追った。
一瞬だけ目にしたあの古びた槍が、どうしても……どうしても気になったからだ。
ミルゼイに声を掛けられたせいで、槍の姿を完全に見失ってしまったのだが……何も問題はない。
遠くから嗅いだあの槍の臭いは、しっかりと、この鼻が記憶している。
鼻をクンカクンカと鳴らしながら、かすかに残る匂いを辿りながら歩くこと、数分。
オレは、オルメディアで最も活気のある通り、「商人の川」へと辿り着いた。
冒険と商売の街オルメディアの「商売の顔」とも言うべきこの通りは、今日も行商人達と客達で賑わいを見せている。
あの槍を担いだ少女は、このあたりのどこかにいるはずだ。あちこちにきょろきょろと視線を飛ばしながら、人通りの中を進んでいくと、
「誰もがうらやむご立派な品が、たったの1000ディール! 天までそそり立つ超特価でご奉仕やで!」
やたら元気な女の子の声が聞こえてきた。
そちらに顔を向けると、先ほどの目にしたあの赤ずきんの少女が、行商人達の間に陣取って売り声を上げていた。
……漆黒の槍を右手に握りしめて。
「こんなにも立派なモン、なかなかお目に掛れへんで! それがたったの1000ディールや! ほれほれ、買ったかった!」
あの尋常ではない槍を、1000ディールぽっちで売ろうというのか……バカなことを。その槍の価値を知れば、1000ディールの値付けにしたのを後悔することだろう。
そして、槍の真の価値を知らぬ者は、どうやら少女だけではないようだ。
周りの客や商人たちは、誰も少女に目もくれない。彼女が一生懸命、客を引こうとしているにも関わらず、全く眼中にない様子である。
もしや、あまりに値段が安すぎるせいで、粗悪な品では無いのか、ワケ有りの品では無いのかと疑っているのか?
だが、このオレは違うぞ。
あの槍は、他に類を見ない伝説級の槍であると、この場にいる人間の中でオレだけが、その真の価値を見抜いているのだ。
なぜならば、このオレは槍術のスペシャリストである「魔槍」のランスタット。
誰よりも槍を知り、槍を愛してきたという、確固たる自負がある。
オレは幼少のころから、誰よりも長く槍の稽古に励み、数多の修羅場を槍と共に駆け抜けてきた。常に槍術の腕を磨き続けるため、冒険者として多忙になった今でも、基礎鍛錬として日に三時間はみっちり素振りを行っている。それだけではなく、自分の感覚を常に槍と同調させるため、片時も槍を手放すことはない。トイレに行くときも槍は絶対に手放さないし、魚釣りをしようと仲間から誘われた時も、釣り竿ではなく槍を使う。飯を食う時にもフォークではなく槍を使う。もちろん寝る時は、槍を抱き枕にして床につく。そして夢の中でも、槍の鍛錬をしたり、槍と共に魔物達と死闘を繰り広げたり、槍で飯を食ったりする。そして起きたら朝食を槍で食い、槍で歯を磨く。毎日がその繰り返しだ。
その成果もあって、軽槍から重槍、斧槍を問わず操るなんてもう序の口。今では、初めて握る槍ですら、10年来の愛槍の如く振るうことだって出来る。目を凝らせば槍の放つオーラがはっきりとした形となって見えるし、遠くからでも槍の匂いを嗅ぎ分けることだって出来る。
そして、目を閉じて耳を澄ませば、この通り……。
〈ほう……我の正体を見破るか若造。左様、我は音に聞く伝説の魔槍「ガイ・ボルグ」であるぞ!〉
誰にも聞き取れない槍の囁き声を、はっきりと聞き取ることが出来るのだっ!
オレの槍の真贋を見極める力、嗅覚、そして愛は、そんじゃそこらの冒険者達とは根本的に物が違う。
これぞ槍を愛し、そして槍に愛される者のみがたどり着くことのできる境地、「槍思槍愛」!
このオレ様以上に、槍が似合うナイスガイがどこにいる?
「ここで買わんかったらどこで手に入れるねんっちゅう、世に二つと無い掘り出しモンやで! ほれほれ買った買った!」
あの槍自身がオレに囁いた通り、あれは数千年前に実在した伝説の槍使い「フー・クーリン」の得物であるガイ・ボルグに違いない。なぜそのような槍がこんなところで売りに出されているのかは疑問だが……大事なのは、確かに伝説の槍が存在すると言う、厳然たる事実。そして、周囲の人間は誰一人としてそのことに気が付いないという現実だ。
これはもう、オレのために掘りだされた品だと言っても過言ではあるまい。
超一流のオレが握るに相応しい魔槍、それがたった1000ディールで手に入る。
はやる気持ちを抑えながら、オレは少女のもとへと足を踏み出した。
「このでっかくてたくましい、ギンギンのイチモツで突かれたら、魔物もあっという間に昇天やで!」
少女へと向かうオレの足が、ピタリと止まった。
あれ? オレの聞き間違いかなあ?
今、相当アレなワードが飛び出したような気がしたのだが……?
「フロントからでもバックからでもグイグイ攻めれるで! こんなステキなイチモツ、他にはないで!」
オレは慌てて来た道を引き返した。
なんだなんだ!?
あの最低下劣で、ド変態臭のするセールストークは!
「このご立派なモンを握りしめて旅に出れば、他の冒険者からもイチモツ置かれる……いや、一目置かれること間違いないしやで!」
だから、なんなんだ……なんなんだよ一体!
槍一本売るのに、どうしてイチモツなんて下ネタ一直線の単語が出てくるんだ!?
「この世に一つしかない究極のイチモツや! はよ買わんと、他のモンに買われて終いやでっ! なんせ、一品物やさかいな!」
……ああ、なるほど。
世に一つしかない物だから、一物と表現しているんだね……ってやかましいわっ!
道行く客達が、ガイ・ボルグに無関心を決め込んでいる理由がよーく分かった。
下方向に特化したセールストークのせいだわ。
「ねえお母さん、イチモツってなあに?」
「そんな言葉、覚えちゃいけませんっ!」
オレのすぐそばで、あどけない少年と若い母親が、月並みなリアクションを取り足早に去っていった。あの卑猥過ぎるセールストークにより、少なからずお子さんの情操教育に支障が出たようだ。
「どないしたんや、みんな食いつきが悪いで。これほどのイチモツ、滅多なことではお目にかかれへんねんで? ほれほれ、もっと近くによって、このそそり立つイチモツを拝むんや!」
あのイカレたセールストークのせいで、周りの人達が露骨に引いている中、誰もがうらやむ超人気クランに所属しているこのオレが、堂々とガイ・ボルグを買いに行ってよいものか……。
いや、いいはずがない。
轟雷の群狼は、他の冒険者達とはあらゆる意味で一線を画す、超人気クラン。
そんなオレ達は、いまや冒険者としての実力だけで食っているわけではないのだ。
轟雷の群狼の活躍を基にミルゼイが執筆した「闇夜に轟く雷鳴の旋律」が、ノンフィクション小説の金字塔と世に評価されたことで、オレ達は世間から羨望のまなざしを受けている。そのため、商品のPRイベントに呼ばれたり、冒険者ギルドから講演会の依頼を受けたりもする。ファンとの交流のために握手会も定期的に行っていて、轟雷の群狼公認のファンアイテムも絶賛販売中。ファンクラブの数なんてそれはもう、世界中に両手では数えきれないほど存在しているのだ。
そう、轟雷の群狼は今や一大コンテンツ……アイドル的存在なのである。
ファン達から「轟雷の群狼の一番槍『魔槍のランスタット』」と認知されているこのオレが、イチモツなんぞと口走る女の子と商談を始めたところに、運悪く大切なファン達と居合わせてしまったら……絶対に変な風に誤解されてしまう違いない。
「魔物とヤリ合うためにギンギンのヤリを買うだなんて、最低っ!」
「魔物をバックから攻めるヤリ〇ン野郎だったのね、この変態っ!」
「魔物を性的な目で見ていたのね! わたし、ファン辞めますっ!」
……ああダメだ。
ファンの女の子から罵倒される場面を想像するだけで、心がポッキリと折れてしまいそうになる。リアルにそんな言葉をぶつけられたら、オレ、悲しくなって死んじゃうかもしれない。
だが、もしここでガイ・ボルグを買わなかったら、この先一生、後悔するに決まっている。毎晩一人でこの日のことを思い出しては、悔し涙で抱き枕代わりの槍を濡らす、そんなみじめな日々を送ることになるに違いないんだ!
悶々としている時にふと、一匹のサバトラの猫が、オレの顔をじっと伺うように見上げているのに気が付いた。猫はしばらくそうしていたが、一度あくびをした後、プイとそっぽを向いてどこかへ行ってしまった。
「ハッ!?」
まさか、欲しい物を買えずにマゴマゴしているオレを見て呆れてしまったのか!?
いやいや、落ち着けランスタット。
たとえ野良猫に愛想をつかされたとしても、冒険者としての格は落ちないはずだ。
そもそも、野良猫にオレのファンなんていない……いないはずだ!
離れたところからそっと少女の姿を窺うと、彼女は頭を抱えだした。
「なんでや! ウチがこんなにもはり切っとるっちゅうのに、なんでお客さんが寄って来いひんのや!?」
別にはり切らなくてもいいから、普通に商売してくれ、頼むから!
いかがわしい店のボーイでも口にしないド直球にシモすぎるセールストークで、客が付くわけがないだろう!?
天を仰ぎたい気分でいると、少女はへなへなと地面にへたり込んだ。
「まさか、売れへんのかいな……」
いかん。
客がつかないあまり、あからさまに自信を失っているぞ。
可愛らしい少女がしおれているのを見ると、こちらまで心が痛くなるじゃないか。
優しい言葉の一つでもかけたくなってくるぞ。
「せっかくウチが頑張って仕入れたのに、何が悪いっちゅうんや……ぐすん。こいつは、どんなモンにも負けへん伝説の珍宝やのに……」
おいゴラァ!
だからそういうところがいけないんだぞっ!
ダメだ。このままでは、伝説の魔槍を手にするチャンスが永遠に失われてしまう!
どうしよう、ここはもう思い切って、恥を承知で買いに行くしかないのか?
だが、いつファンと出くわすかもしれない商人の川で、一体どうやってガイ・ボルグを買えばいいんだ――。
「もしかして、売り場所がアカンのやろか。そもそも、商人の川にはイチモツ好きのお客さんはおらんっちゅう可能性が……ごにょごにょ」
その時、煩悶するオレの脳裏に、突如として天啓が舞い降りた。
そもそも、無理して人通りの多い商人の川で買わなくてもいいんじゃないか?
そうだ、そうだよ!
商人の川での商売を諦めた少女の後を追いかけて、誰もいないところへ移動したタイミングで、後ろから声を掛けてコッソリ買えばいいんだ!
オレは頭の中で、槍を手に入れるシーンをシミュレーションする。
<お嬢ちゃんの槍は、その真価を知るオレにこそ相応しいものだ。ぜひ売って欲しい>
<おおっ、ウチの商品の素晴らしさが分かるやなんて、お客さんは本物の槍使いなんやなあ! 真の槍使いが、伝説の魔槍をお買い上げやっ!>
……よしっ! 完璧、まさに完全無欠のパーフェクトプランだ。
商売を止めた後、あの子がどこに向かうかは知らないが、その後をゆっくり追いかけよう。そうして誰も見ていないところで、後ろからポンポンと肩を叩き――。
そこまで思いを巡らせた時、商人の川を巡回する衛兵の姿を目にして、オレは即刻、考えを改めた。
何を考えているんだランスタット、どうかしているんじゃないかっ!
あどけない子供の後をつけていくだなんて、傍から見ると変質者そのものじゃあないか! それこそ、あらぬ風に誤解されると取り返しがつかないぞっ!
<本日、轟雷の群狼のランスタット・ベルドット容疑者(25歳)が、子供を付け回した疑いで、オルメディア衛兵団により逮捕された。容疑者は「槍が欲しくて仕方がなかった。どうしても自分を抑えられなかった」などと供述。オルメディア衛兵団は容疑者の余罪の追及を含め、捜査を進めていく方針である。容疑者が所属している一等級クラン『轟雷の群狼』のミルゼイ代表は「被害に遭われた方、轟雷の群狼をこれまで応援してくださった方々に対し、まことに申し開きようがない。残されたメンバーで、失った信頼の回復に務めたい」とコメント——>
あまりに酷すぎる内容の新聞記事が頭に浮かんだが、すぐさまその悪しき妄想を振り払った。
どうしてもあの槍が欲しくて欲しくて仕方がないが、ミルゼイ達に謝罪会見を開かせるような真似は出来ん!
しかし……それならどうやって、愛しのガイ・ボルグを手に入れればいいんだ!?
オレが途方もない堂々巡りの苦しみにあえいでいる時、突然、何者かに肩を掴まれた。
「少しよろしいですか」
「なっ、何者だ! 見て分からないのかっ。今、オレは忙しいんだ!」
「よろしいですか?」
振り向くと、厳めしい顔をした男性衛兵が、オレをジロリとにらみつけていた。
「えっ、衛兵さん……」
街の治安を守る衛兵さんが、ガイ・ボルグのことで頭一杯のオレに何の用があるんだ。彼はまじまじとオレの顔を眺めているが……。
……ハッ!
まさか彼は、オレがこれから少女に対して犯罪的な、いかがわしいことをするとでも思っているのか!?
なぜだっ、まだ誤解されるようなことは何もしていないだろう。ちょっと危ういことをしかけた気もするが、なんとか思いとどまっただろう!
もしや最近の衛兵は、犯罪者予備軍を察知する能力か何かを身に着けていて、いかがわしいことを考えただけの人でも、容赦なくしょっ引くってのか!?
やってない、それでもオレはやっていないっ!
「ランスタットさんだよね、轟雷の群狼の。突然で悪いけれど、サインを頼まれてくれるかい」
「ひいっ……え、サイン?」
「君のファンなんだ……ああ、いや、私の娘がね、君の大ファンなんだよ。この本にサインしてくれるとありがたいのだが」
おずおずと差し出されたのは、ミルゼイが出した例の本「闇夜に轟く雷鳴の旋律」の第8巻。なんと最新刊である。
「な、なんだ、サインね。サイン……」
なんて心臓に悪いんだ!
こういう時のために、オレ達はいつもインク壺と羽ペンを持参している。オレがさらさらと本の表紙にサインすると、衛兵さんは厳めしい表情はそのままに、「いつも応援しているよ……あっ、娘がね?」と、あたたかな言葉をかけてくれた。
去っていく衛兵さんの後姿を見送っている時、
「そや! なんで売れへんのか分かったでっ!」
座り込んでいた少女が、すっくと立ちあがった。
「そもそも、商売の仕方がまずかったんや。ウチとしたことが、とっても初歩的なミスを犯しとったで!」
おおっ、ようやく最大の過ちに気が付いたか!
少女の顔には、自信がみなぎっている。
「仕切り直しや。今度こそ、お客さんの目をクギヅケにしてみせるでっ!」
その姿を見て、オレも心の内で激励する。
そうだ、オレが見ているぞっ! その槍の真価を知る男は、ここに居る!
君がまともに商売をしてくれたら、オレがすぐさま買いに行くぞ!
少女は槍を両手で握ると、天に向かって勢いよく槍を突いてみせた。
すると……おおっ!? 槍の穂先が一瞬、分裂したぞ!
「こいつは突くと、先端が無数に分かれる、常識では考えられん機能を搭載した武器なんやで!」
やはり、伝説は真実だったのか、魔槍ガイ・ボルグ!
伝説の槍使いであるフー・クーリンは、ガイ・ボルグを一突きするだけで、多数の敵を一度に貫いたと語られているが、あの伝承はやはり本当だったんだ!
「魔物の群れと遭遇しても、コイツの機能でバッチリ対応できるっちゅうわけや! これぞ夢の全体攻撃! ロマンの塊や!」
……フッ、オレは最初から信じていたぜ。やれば出来るじゃねえか。
オレは金貨袋を握りしめて、再び少女に向かって歩き出した。
「前代未聞の、一度に多くを相手に出来る絶倫のイチモツやで! イキリ立ったイチモツ使いよ、ここに来たれっ!」
オレはその場に崩れ落ち、心の中で叫んだ。
張り切らなくていいから、真面目にやってくれえええええ!!
本作の「ガイ・ボルグ」は、クーフーリンが用いたとされる槍「ゲイ・ボルグ」のパロディとなっております。突けば槍の先端が無数に分かれ、投げれば雨となって降り注ぐ……なんともとんでもない槍です。




