第4話 最後の聖薬を叩き売る少女!
「まさか、誰もポーションを持っていないのかっ!?」
洞窟内に、剣士のロッシさんの、悲痛な叫びが響き渡りました。先ほどまで冷静に戦いを指揮していたのが嘘のような慌てっぷりです。
「ちゃんと洞窟に入る前に確認したはずよ。でも、全て無くなっているのよ」
魔法師のメイさんが、道具袋を逆さに振りつつ答えました。
この洞窟に突入する前に、皆で装備を確認し合ったのです。わたしも、ハイポーションが入った瓶を三つ持っていました。なのにその全てが今、手元にないのです。
「リザードマンと戦っている最中に現れた、スティールラットの大群! あいつらに根こそぎ奪われてしまったのか! しかもよりによってポーションだけを狙い撃ちだとぉ!?」
天を仰ぐロッシさんの傍らで、メイさんがわたしに問いました。
「ねえライカ。まだ『治療の神術』の使用回数は残っている?」
「すみません。今日の回数分は全て使い切ってしまいました……」
わたしは女神官として、神から『神術』を賜っております。
神術とは、奇跡の残滓を世に顕現させるもの。
神の力の一部を使い、傷を治療したり、肉体を強化したり、今も行っているように光で暗闇の中を照らし出したりと、通常ではあり得ない奇跡を行使することが出来るのですが、一日に使える神術には使用回数が決まっています。
本来は、道具が無い時こそ神術の出番なのですが、わたしの信仰がまだ至っていないばかりに……歯がゆい思いで胸がはちきれそうです。
焦るわたしたちの傍らには、辛そうに片膝をつき、「ぬう……」とうめきを漏らす、防衛職のタルコフさんの姿がありました。
「考えろ、考えるんだロッシ! どうすればこの危機を脱することが出来る? どうすればタルコフを助け、みんなでこの洞窟を抜けられる!?」
ロッシさんの声が洞窟に響く中、わたし達は途方に暮れていました。
わたし、ライカ・アーネンエルベは今、ククトゥール村の外れにある、名も無き洞窟の中にいます。
冒険者の街オルメディアから、北へ一日歩いた先にあるククトゥール村は、コーンボイル山の麓に位置する小さな村です。気温が常に適度に保たれた環境であるために、ポーションの原料となる薬草類の栽培が盛んなこの村は、普段は危険とは縁の無い、とてものどかな場所……なのですが。
〈ククトゥール村西部の洞窟にて、リザードマンらしき魔物の姿を認めた。巣の特定と討伐を求む。六等級以上の冒険者推奨〉
冒険者ギルド本部の掲示板にて、このような魔物討伐依頼が貼りだされたのです。
リザードマンは、武具を操る知恵があり、動きはヘビのように俊敏。縄張りに入った人間を徒党を組んで襲うため、非常に危険な魔物です。そのような魔物がどのような経緯を経て、ククトゥール村の洞窟に住み着いたのかは不明ですが、当然ながら、このまま放置しておくわけにはまいりません。
冒険者ギルド本部にて、ロッシさん、タルコフさん、メイさん、そしてわたしの4名でパーティーを結成し、意気揚々とリザードマン討伐に繰り出したのですが、洞窟の中でリザードマンと戦闘している最中に、まさか「小さい盗賊」と悪名をとるスティールラットの大群に襲われるなんて、思ってもみなかったのです。
「俺のことは気にするな。これぐらいはただのかすり傷だ。それに足をやられたわけじゃあない。さっさと入口に戻ろう」
膝をついたまま痛みに耐えていたタルコフさんが、ゆっくりと立ち上がろうとしましたが、「ぬう……」と呻きをあげ、ぐらりと身体を揺らして片膝をつきました。わたしは慌てて彼の身体を支えます。
リザードマン達の攻撃を一身に引き受けたために、タルコフさんの鎧は無数の傷がついております。骨が折れている様子はありませんし、全く動けないということは無いのでしょうが、洞窟を出るまでには数十分かかるのです。道中にリザードマンの残党が潜んでいる可能性はゼロではありませんから、無理には進めません。
タルコフさんの痛ましい姿に目をやりつつ、ロッシさんは髪を掻き乱しました。
「ああっ! くそっ! あの意地汚い泥棒ネズミ共め! 俺達のポーションをどこにやりやがったんだよ!」
「どうする? 今からスティールラットの巣を探す?」
「メイ、それは無理だよ。あいつら、洞窟のさらに奥に逃げただろ? 回復手段が無い状況で、これ以上奥に進むのは危険だ。それに、君もリザードマンとの戦いでマナが尽きて、もう魔法が放てないんだろ?」
「そのとおりよ。正直、相当キツイ状況ね。でも、このままじっとしているのも……」
「そうかもな。とりあえず、タルコフを守りながら警戒しつつ、入口に向かうしかないな。リザードマンの生き残りが洞窟に潜んでいないことを祈ろう」
ロッシさんが前衛に出て、剣士としての力を最大限に発揮できるのは、防衛職のタルコフさんが居てこそです。それにメイさんの魔法、わたしの神術によるサポートを行えない今の状況は、不測の事態に対応することが出来ない、とても厳しいものなのです。
せめて、わたしが持っていたハイポーションが手元に残っていれば、まだなんとかなったに違いないのですが……。
ああっ神さま!
わたし達は、これからどうしたらよいのでしょう?
「ムッフッフッ……ここまでウチがついてきて、本当に良かったなあ! とっておきの商品があるで!」
「えっ」
突然、聞き覚えの無い、子供の声が洞窟内に響きました。
声のした方を見ると、一人の可愛らしい女の子が腕組をして立っています。
真っ赤な頭巾に、そこから覗くきらめく金髪。目鼻立ちが端正に整った、誰もが振り返るであろう絶世の美少女……なのですが、何と言いますか、自信に満ち溢れ過ぎたドヤ顔のせいで、せっかくの美貌が少しばかり台無しになっています。
「俺たちに付いてきただぁ? 一体いつからだよ、全然気が付かなかったが……ほら、この洞窟は危ないぞ。子供は早くお家に帰りなよ」
ロッシさんの言葉に対し、彼女は小さな胸を大きく張って答えました。
「ウチをなめとったらアカンで! ウチのような可憐な美少女が、一人でこの洞窟を抜けられるわけないやん。オニーサン達にエスコートしてもらわんと、ウチも怖くてよう帰られへんで!」
「ん? ああ、まあ、言われてみれば確かにそうだな。つうか、威張りながら言うことでもないだろうに」
先ほど「商品」と口にしたところから、彼女は商人なのでしょうが……可愛らしい商人さんもいたものです。
私たちの前で商人さんは、肩に提げた鞄をごそごそすると、中から一本のフラスコ瓶を取り出しました。その中には、ゆらゆらと揺れ動く、緑色の煙のようなものが閉じ込められています。
「ここにありますのが、本日の目玉商品! 緊急事態にはコレ一本、『最後のポーション』の出番っちゅうわけやな。アンタらの傷なんて、こいつでチョチョイのチョイやで!」
「最後のポーションだと?」
「余り物ってことかしら?」
首をひねるロッシさんとメイさんでしたが、わたしはこの子が持っている瓶の正体に気が付いてしまいました。
「ちょ、ちょっと待ってください! その薬瓶からほとばしる凄まじい神気っ! まさかそれは、『最後の聖薬』ではないですかっ!?」
わたしが勢い込んで尋ねると、かわいい商人さんは得意満面の笑みで、
「おっ、神官のオネーサンはコイツを知っとるんかいな。ムフフ、その通りやで。こいつは最後のポーション……いや、最後の聖薬っちゅうレアモンや。えげつない回復力を誇る、史上最強の回復アイテムなんやで!」
フラスコ瓶から溢れ出る神々しい力……やはり、間違いではありません。
なぜ、こんなところに伝説級のアイテムがと、わたしは自分が信じられない思いで一杯です。
「なんか急にテンションが上がっているようだが、どうしたんだよライカ。このポーションがどうかしたのかい?」
「どうしたも何も、ロッシさん! この子が持っているのって、あの『最後の聖薬』ですよ! 伝説に謡われた、あの回復薬です!」
「うーん……あの回復薬って言われてもなあ。おい、メイは何か知っているか?」
「わたしも知らないわ。タルコフは何か知ってる?」
「ぬう……」
なんと、わたし以外のみなさんは、最後の聖薬と聞いても、まるでピンと来ていない様子です。
ならば、伝説を知る者として、わたしが皆さんにその全てを語らなければなりません。
「最後の聖薬とは、人類が存亡の危機に立たされるたびに現れるという、伝説の回復薬です。
その回復効果はそこらのポーションや回復術とは比較にならないほど強力なもので瀕死に近い重傷でも瞬時に癒すと共に失ったマナさえも完全に回復させると数千年以上前に残された古代の文献にはっきりと記されており別の資料では世界を混沌に包まんとする闇の騎士と世界に平和を取り戻そうとする光の戦士達の最終決戦で使用されたと記録されており他にも世界征服を目論む悪の皇帝が登場する戦記や無の力を操る暗黒魔導士のことを記した巻物やさらには三体の闘いの神の力を吸収した狂気の道化師の討伐報告など世界を破滅から救った数々の戦いの中に最後の聖薬の名が登場するのですがその製法どころかどこの誰が生み出したものなのかそもそもいつの時代に誕生したものかすらあいまいでありあまりにも不明な点が多すぎることから歴史学者の中でもしばしばその実在性について議論されているのですが最後の聖薬について記述したとある資料の中では『最後の聖薬には神の力が宿っている』『神職に就く者がそれと相対したならば自ずと聖なる薬であると知るであろう』と記述されているために神職者の間では最後の製薬とは神が人類の未来を救うために遣わされた一種の神器であるという説が支配的でありバティルカン市国に本拠を構える教皇庁は世界が未曽有の危機に立たされた時に再び神の手によって姿を顕現させるのではないかという見解を述べております。
そう! 人知を超えた神が如き回復薬! それが、最後の聖薬なのですっ!!」
わたしが持てる全身全霊で、最後の聖薬の全てを伝え終わりました。これで、ロッシさん達も、今のあり得ない状況をはっきりと認識することでしょう。
「へ、へえ……そういうものがあるんだー。しらなかったなー」
「ノンストップで語るわねえ……」
「ぬ、ぬう……」
わたしの説明を聞いた皆さんの反応が、なんだか、すごく微妙です。
きっと、歴史に名を残すほどのアイテムが、こんなところでポッと出てきたものですから、まだ信じられずにいるのでしょう。そうに違いありません。
「神官のオネーサンは、やたら熱を入れて解説しはるなあ。正直、早口過ぎて聞き取れんところもあったけど、めちゃくちゃ最後のポーションのことを解説したいっちゅう、その熱意は伝わって来たで」
商人さんはというと、また最後の聖薬のことをポーションと言い間違えています。
まあ、そのことはさておき、わたしは再び商人さんが持つフラスコ瓶を注視しました。
神官であるわたしには分かります。
あの瓶に封じられているのは、並々ならぬ神の力であることを。
奇跡を行使する際、まるで神が傍に顕現されたかのような存在感を心身に感じることがありますが、目の前の聖薬からはその時と同種の、いや、遥かに強い力を感じるのです。
「あの、あなたは一体どこで、最後の聖薬を見つけたのですか?」
「ムフフ、仕入れ先については教えられまへんなあ! 一流の商人と、超一流の美少女には、秘密がギョーサンあるもんなんやで?」
「そこを何とか——」
「仕入れ先なんてどうでもいいでしょう。それよりも、今はこの危機を脱しないといけないわ。それを使えば、タルコフの受けた傷が治るってことで間違いないのね?」
メイさんの言葉に対し、商人さんは得意げな顔をしつつ答えました。
「そうらしいで! それに神官のオネーサンによると、魔法師のオネーサンが失った、魔法に使うマナもしっかり補給できるみたいやわ。こいちゃあえらい掘り出しモンやで!」
彼女の言葉を聞いたロッシさんが、興奮と共にガッツポーズを繰り出しました。
「なんてグッドタイミングなんだ! そんな便利なポーションがあるなら、使わない手はないじゃないか! 一時はどうなるかと思ったが、俺たち助かるぞ! 早速使わせてもらおう!」
ロッシさんのとなりで、メイさんも爽やかな笑顔を浮かべつつ、
「決まりね。すぐにそのポーションを、タルコフに使いましょう!」
場の緊張と不安が和らぐ中で、ふと、わたしの胸に大きな疑問が湧いてきました。
これ、本当に使ってもいいのかしら?
「あ、あの、ちょっと待ってください。少しよろしいですか、かわいい商人さん」
「どないしたんや、神官のオネーサン」
「その最後の聖薬ですが、今のわたしたちには、なんだかもったいない物のような気がするのです。なんてったって、伝説のアイテムですし……普通のポーションはお持ちでないのでしょうか?」
「薬屋で売っとるやつかいな。ごめんなあ。そういうのはウチ、扱うてないねん」
伝説の回復アイテムを持っているというのに、なぜ、普通のポーションを扱っていないのでしょう。
わたしがどうしたものかと迷っていると、商人さんは訳知り顔で、わたしの顔を見つめています。
「もしかして、神官のオネーサンは『モッタイナイ症候群』を患ってはるんかいな」
「なんですか、モッタイナイ症候群って」
「世間には、高価で貴重なモンの使いどころを見失ってもて、結局、使わずにホコリを被らせてしまう病気があるらしいねん。三人に一人はこの病を患ってはるらしいで、知らんけど。ホンマにもったいないことやで」
「だって、あの最後の聖薬ですよ? もったいないどころの騒ぎではありません」
伝説のアイテムを、こんなところで軽々しく消費して良い訳がないとわたしは思います。自分たちがピンチであることは、重々承知しておりますが。
「でもなあ、オネーサンのお仲間さん達は、今すぐにでも使いたいって顔をしてはるで。もったいぶってカビを生やせてしまうより、大事な時に思い切って使ってもらうほうが、最後のポーションも喜ぶっちゅうもんやと思うけどなあ」
「そうでしょうか……」
その時、ロッシさんの手がわたしの肩に掛かりました。
「おいおい、さっきから何を気にしているんだライカ? あの娘がせっかくポーションを持っているって言うんだ。ここはありがたく使わせてもらおうじゃないか」
「で、でも……」
「そうよ。ちょうどいいところにポーションがあるのだから、遠慮なく使っちゃいましょうよ」
メイさんも、ロッシさんと同じ意見のようです。
そして今、彼らが躊躇なく最後の聖薬を使おうとしている理由が分かりました。
この人達、ただ単に最後の聖薬の価値が分かっていないだけだわ。
「あの、ロッシさん? さっきも説明しましたが、最後の聖薬はただのポーションとはわけが違いまして、使うのはもったいないと言いますか……そのう、とても希少価値の高い、伝説の――」
「もちろん、俺もコイツがただのポーションじゃないってことぐらい分かってるぜ。こいつはいわゆる、ハイポーションってやつ、だろ?」
ハイポーションではありません!!
そう叫び出したいわたしをさておき、ロッシさんは商人さんへ向き直りました。
「じゃあお嬢ちゃん。その最後のハイポーションを俺達に渡してくれ。タルコフが回復すれば、俺たちは安全に洞窟から出られ――」
「むむむ? いや、チョイと待ちや。まさか、オニーサンはタダでこいつを使うつもりかいな?」
「もちろん、そのつもりだが?」
商人さんはジトっとした目でロッシさんを見上げると、大きなため息を吐きました。
「どうやら、オニーサンはなんか勘違いしとるみたいやなあ。ウチはとってもかわええ見た目をしとるけど、中身はバリバリの商売人なんやで。商売人とあろうモンが、タダで商品を譲るわけないやんか」
「なにっ!」
驚きの声を上げるロッシさんに向かって、商人さんは指で輪っかを作ると、
「こいつを使いたいんなら、まずはお金や。話はそれからやでオニーサン」
「なっ、なんだとっ! みんながピンチの時に、お金を要求するってんのかよ!」
やはり、そうなるでしょう。
最後の聖薬は、古の時代に失われたはずのロスト・アイテムであり、それ自体が信仰の対象にもなり得る奇跡の回復薬なのです。
モッタイナイ症候群がどうのこうの以前に、そもそも無料でいただける道理などありはしないのです。
値段にすると1億ディールは下らない……いや、そもそも誰にだって値がつけられないものなのですから、どれだけの対価を求められるかは想像が付か――
「1000ディールや。1ディールもまからんで!」
「……えっ」
思わず声が漏れてしまいました。
今、1000ディールで売ると、そう言ったのですか? わたしの聞き間違いではなく?
「銀貨一枚払うだけで、最後のポーションがアンタらのモンや。ムフフ、お安いもんやろ?」
この子、常識をどこかに置き忘れているんじゃないですか!?
神の御業に等しき伝説を叩き売るなんて、罰当たりにもほどがあります!
「ちょっと待てよ! ポーションは普通300ディール程度の値段だろ! ハイポーションなら、その倍のせいぜい600ディールが相場のはずだ。それが1000ディールだとおっ!? 常識ってものがねえのかよ!」
ロッシさんが不当な怒りで顔を真っ赤に染めているのに対し、彼女は余裕の表情で「ちっちっちっ」と人差し指を左右に振り、
「商品の相場っちゅうモンは、その時々で大きく変わるっちゅうのが、世間の常識なんやで? とにもかくにも、お金を出してくれんことには話になりまへんなあ」
「クソっ! こいつ、俺たちの足元を見やがって……!」
全ッ然、足元を見られていないです。伝説のアイテムがたった1000ディールの値段で売られるだなんて、どう考えてもそんなデタラメな常識はあり得ません。
わたしとは違う常識の中で生きる商人さんは、「グヘヘ、悪く思わんこったな。こちとら善人とは違うんや」と、欲に塗れた悪徳商人のような面構えをしております。
表情と価格が全く釣り合っておりませんけれど。
「俺のことは気にするな。これぐらいはただのかすり傷だ。それに足をやられたわけじゃあない。さっさと入口に戻ろう」
さっきから片膝をついたまま黙っていたタルコフさんが、既視感のあるセリフと共に立ち上がりかけましたが、「ぬう……」という呻きとともに、再び片膝をつきました。
……いや、本当にその通りなんですよタルコフさん!
言っちゃあ悪いですけれどあなたの傷は、ハイポーションをがぶ飲みすれば完治する程度のものなんです! 最後の聖薬を使っちゃうと、明らかにオーバーヒール! もったいないんですよ!
……と、そう言いたいところなんですが、そんなことは口が裂けても言えません。
「ぬう……防衛職の俺が、パーティーの足かせになるとは、情けない……。これ以上、仲間を巻き添えには出来ん。お前たちは一刻も早く、この洞窟から逃げるんだ!」
「なにバカなことを言っているんだタルコフ! お前のことを、大事な仲間のことを見捨てられるわけないだろ!」
「ロッシ……! ふっ、俺もいい仲間を持ったものだな……」
あれ?
なんだかロッシさんとタルコフさんが、いい雰囲気を醸し出していますが……。
さらに、メイさんがタルコフさんに向かって、
「ロッシの言う通りよ。いつだって私たちは一緒よ。だって私たち、『真の仲間』じゃない」
「『真の仲間』……か。いい響きだ」
……別にそういう雰囲気になるのは構わないのですが、わたしたちはちょっと前に、冒険者ギルド本部で、この依頼のためだけに結成した急造のパーティーでは無かったですか? なのに真の仲間って、いくらなんでも短期間で仲が進展しすぎじゃないですか?
しかし、この状況で「今はまだ最後の聖薬を使う状況ではありません」なんて下手なことを口走ると、「お前は真の仲間では無いのか!」だとか、「真の仲間を見捨てる真の薄情者なのか!?」だとか、真剣な顔で問い詰められるに決まっています。
わたしは深呼吸して、自分を取り巻く状況を見つめなおしました。
わたし達は、間違いなく危機に直面しているのです。それは何よりも確かなことなのです。そのことを、決して忘れてはなりません。
ただ、ハイポーションが2、3本あれば脱することの出来る危機ではあるのですが。
「仲間同士の絆が深まったところで、さて本題や。この危機を救うために、誰が最後のポーションを買ってくれるんや?」
商人さんの言葉に、仲間達は顔を見合わせました。
「そ、それは……メイはどうだ」
「もしかしてスティールラットに盗られちゃったのかしら、手持ちがないわ。タルコフは?」
「ぬう……」
えっ。
まさか、真の仲間アピールをしておきながら、誰もお金を出さないおつもりですか? たった1000ディールですよ?
はっと気が付けば、真の仲間と化した三人が、期待の眼差しでわたしを見つめています。タルコフさんにいたっては、立ち上がろうとして「ぬう……」と呻きを漏らし膝をつく一連の動作を、わたしに見せつけるように二度三度と無駄に繰り返しています。
周りからの期待という圧力に負けて、わたしはそっと手を挙げました。
「仕方がありません。わたしが買います」
「おおっ、ライカ! やっぱり君も真の仲間の一人だったか!」
ロッシさん達から真の仲間認定をいただいたわたしは、金貨袋から銀貨を取り出して、商人さんに手渡しました。
伝説と謡われた最後の聖薬を、たった1000ディールで買うなんて……いろいろな意味で信じられない思いです。
「真の仲間のためにモッタイナイ症候群を克服したオネーサンが、最後のポーションをお買い上げや!」
「今でも、心の底からもったいないと思っていますよ……」
ああ、最後の聖薬もこれで見納めです。
コルク栓を開くと、ポンという音と共に、瓶からゆっくりと神気が外へと抜け出しました。空気に溶けながらふわりと拡がるそれは、やがてわたしたちの身体を優しく包み込んでいきます。
「あたたかい……」
神の胸の中で抱かれているような、穏やかで、深い安心感。
疲労や傷が瞬く間に、雪のように解けて消えていきます。
これが、人知を超えた大奇跡!
「ぬおおおっ! 痛みが一瞬で消えた! 体が動く、動くぞ! これが、ハイポーションの持つ力なのかっ!」
片膝をつく姿が様になりつつあったタルコフさんが、完全に勘違いしたことを口走りつつ、すっくと立ち上がりました。
その隣でメイさんが、
「私の枯渇したマナも一気に回復したわ! こんなこと、とても信じられないわっ! ハイポーション、すごいっ!」
ハイポーションには傷を回復させる効果はありますが、マナを回復させるような効果はございませんよ?
ロッシさんはというと、
「今まで馬鹿にしていたよハイポーションを! 無駄に高いだけだろあんなものと思っていたが、こんな奇跡のような力を持っていたのか。俺、これから奮発してハイポーションを買うことにするよ! ハイポーション、大好きっ!」
奇跡のようなではなく、まごうことなき奇跡ですよ!
この方たちは、これまでの冒険者人生でハイポーションを一度も使ったことはないのでしょうか? 薬屋に行けば、たった600ディールで手に入るものなんですけれど。
わたしが内心でツッコミを入れていると、わいわいとはしゃぐ仲間たちの横で、見知らぬお爺様が飛び跳ねて喜んでいるのに気が付きました。
はて、さっきまではあのような方、どこにもおられなかったのですが……。
「リザードマンにやられたと思ったのに、わし、生きとる? うおおおっ、生きとるぞっ! なんてことじゃあ、こいつは奇跡じゃあ!」
どさくさに紛れて復活を遂げた人がいるっ!
はしゃぐ真の仲間達と、降って湧いたように現れたお爺様の横で、商人さんはホクホクとした笑顔を浮かべています。
「ムフフ、ウチの金貨袋もええ感じにふくらんだで。お客さんや謎のオジーチャンも喜んではるし、あれもこれも全て、ハイポーションのおかげやなあ!」
「ですから、ハイポーションではありませーん!!」
わたしたちの身体が完全に回復した後、あたりを包み込む神気は、役割を終えた様にフッとかき消えました。
たった一瞬の出来事でしたが、まるで神が直接、現世に降臨されたかのよう
な、感動的なひと時でした。
……ロッシさん達は、「ハイポーション凄ぇ!」と叫びながら、わたしのとは違う感動を味わっておりますけれど。
「よし! 体力、気力ともに復活したな! あらためてリザードマンの残党がいないか確認しようじゃないか!」
☆ ☆ ☆ ☆
その後、わたしたちは洞窟内を隅々まで探索しましたが、リザードマンの残党なんて、どこにもいませんでした。洞窟の奥に逃げたスティールラットから無事にポーションを奪還し、わたしたちはなんの危険も無く、ただひたすら安全に外へ出ることが出来ました。
やはり、最後の聖薬を使うのはもったいなかったのではないでしょうか?
ちなみに、復活を遂げた謎のお爺様の正体は、ククトゥール村の村長さんでした。
リザードマンにさらわれて、あの洞窟でなんだかひどい目にあったらしいですが、最後の聖薬の力のお陰で、無事に復活を遂げたようです。
まあ、結果的に村長さんの命を救ったわけですから、もったいなくはなかった……なかったのだと思いたいです。
本作の「最後の聖薬」は、あの国民的RPGに登場する回復アイテム「ラストエリクサー」のパロディです。パーティ全員を対象に、HPはもちろんMPまでも最大まで回復する奇跡の回復薬なのですが、あまりにも貴重なアイテムであるせいで、ついつい使うのを渋ってしまう……そんな「ラストエリクサー症候群」をわずらっていらっしゃる方は、結構多いのではないでしょうか。
ラストエリクサーについて詳しく知りたい方は、ぜひ某RPGをプレイしましょう!




