表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/19

第3話 希望のダイヤを叩き売る少女!

「本当にありがとうございました、ジュカイン神父様! 娘が救われたのは神父様のおかげです!」

「いえいえ。全ては神の思し召しですよ」


 依頼者の清々しい笑顔に見送られながら、私は彼らの家を辞した。


 今日もまた、呪いに苦しむ人達を救うことが出来た。理不尽から解き放たれた彼らの晴れやかな顔を見るのは、私にとって報酬を得る以上に喜ばしいことである。


 冒険と商売の街オルメディアにて、教会の神父として職務に就いてから20年程になる。私のような神父は、婚姻や洗礼等、時に告解など、儀式を中心に執り行うものだが、冒険者が多いこの街では、「解呪」の相談を受ける割合が多い。


 彼らが持ち帰る戦利品に、一定割合で「呪物」が潜むためである。


 今回、鳥を象った銀のネックレスを発見した冒険者が、それを呪物と知らずに娘にプレゼントしてしまったことが始まりだった。


 ネックレスを身に着けた後の娘は、まるで心に魔物が宿ったかのような豹変ぶりで、謎の液体を口から放ったり、名状しがたい独創的なスタイルで階段の上り下りを繰り返したりと、常軌を逸した行動を取り続けた。日が経ってもおさまるどころか凶暴化する始末で、娘の両親は精も根もつきかけていたのだ。

 

 典型的な、悪魔憑きの症状である。

 

 そこで、オルメディア教会の神父である私のもとに、解呪の依頼が舞い込んだというわけである。

 さっそく依頼者宅に出向き、件のネックレスをあらためたところ、まごうこと無き呪物であると判明したため、有無を言わさず解呪を施したのだ。


 神職につくものならば、神の導きにより、物に宿る聖邪の気を視ることが可能であるが、そうでは無い者たちにとっては、それが危険な物品なのかどうかを見極めることは困難だ。


 外見から判別できれば苦労はしないが、今回のネックレスのように、見た目ではとても呪物とは思えないものもあるし、使用するまで呪いが発動しないものもある。

 

 キノコと呪物は判別が難しいとは誰の言葉だったか。全くその通りであると思う。

だからこそ、私のような者が重宝されるのだ。


 商業区の食料品店に立ち寄ってフルーツを購入し、教会へ戻るころには、空は夕陽に傾きかけていた。


 教会の椅子に腰かけて、一息つく。


 昔は、呪いを解いた後に疲れを感じることはほとんど無かったのだが……四十を越すと、こうも体の衰えを実感するものなのか。


 ぼんやりと無心に、神の御姿を描いたステンドグラスを眺めているとき、教会の扉があわただしく開いた。


「ごめんやけど、チョイと雨宿りさせてもらうでっ!」


 教会に駆け込んできたのは、まだ幼い10歳程の少女であった。金色の髪を覆い隠す赤い頭巾がとても印象的である。


「おや、外は雨ですか。さっきまでは何ともありませんでしたが」


 窓に目をやると、穏やかだった天候は一変して雨模様、大粒の雨がガラスを騒がしく叩いていた。結構な雨音であるにも関わらず気が付かずにいたとは、我ながら相当疲れているのだろう。


 雨の直撃を受けたらしき少女は、かわいそうなことに全身ずぶ濡れである。


「いきなり雨が降ってきてん。外は桶の水をひっくり返したような、ドエライ有り様やで!」

「少し、そこで待っていてください」


 奥の部屋からタオルと毛布を用意し、少女に手渡すと、彼女は「ありがとうやで」と言い、ごしごしとタオルで顔を拭って、体を毛布で包んだ。長椅子に腰掛けた後、彼女は何やら疑わしそうに首をひねる。


「うーん。さっきからなーんか運が悪い気がするんやけど……おかしいわあ」

「おかしいも何も、天気は気まぐれなものですよ。雨が止むまで、しばらくここで休まれるとよいでしょう。着替えは……すみません、こちらには用意が無いのですが」

「そのうち乾くやろし、気にせんとってや」


 その時、私の第六感が邪悪な念を感知した。


 少女から、なんともおぞましい邪念が醸し出されている。いや、正確には、彼女が提げている鞄からだ。


「疲れているところ申し訳ございませんが、あなたの鞄の中には何が入っているのです? なにか、特別な品が入っているのですか」

「ムフフ、神父のオッチャンは鼻が利くみたいやなあ!」


 彼女は鞄をゴソゴソとあさり、中から、濃紺の輝きを放つ物体を取り出した。


「これを売ろうとしとった時に、なぜか運悪く雨に降られたっちゅうわけや」


 彼女の手の平に乗せられているのは、映えるようにカットされた濃紺色の宝石だ。


 教会内の明かりを吸収し青い燐光を放つそれは、宝石に興味のない私であっても、思わず目を奪われる美しさである。宝石の内側には、白い粒のようなものが点々としており、全体の色合いと相まって、まるで小さな宇宙が閉じ込められているかのようだ。


「ふうむ……これは中々の難物ですな」

 

 多くの人々は、静かにきらめきを帯びる外見に騙されるだろうが、神父の目はごまかせぬ。


 呪物である。


 燐光と共に放たれる邪念は、あまりにも暗く、醜い。これまで目にしてきた呪物の中でも、この宝石はトップクラスにおぞましいものだ。

 キノコと呪物は目利きが難しいものだが、神職にあるものにとってこれは疑いようも無く、毒キノコの類である。


「これを売ろうとしていたということは、あなたは商人なのですか」

「その通りや。で、これが今日の目玉商品っちゅうわけやな! どやっ、衝撃の一品やろ」


 こんなにおぞましい呪物があろうとは……まさに衝撃の一品である。


「金持ちしか手に出来ひんレベルの、すんばらしい宝石や。『希望のダイヤ』っちゅう名前の、人生に希望が持てるような、とびっきりの幸運をもたらしてくれるラッキーアイテムなんやで!」


 希望のダイヤ? 


 呪物とはかけ離れた名前ではないか。皮肉的でさえある。


 そしてやはり、この子はダイヤが呪物であることを知らないようだ。ここはまず、その事実を教え、諭さなければならない。


「ラッキーアイテムどころか、それは非常に性質の悪い呪物ですよ。すみやかに解呪しなければなりません」


 私がそう言うと、少女はポカンとした顔をした。


「ほへ? 呪物? まさか、こいつが呪われとるっていうんかいな。んなバカなことはないで。こいつは持っとるだけで、将来がとってもハッピーになるゴキゲンなダイヤに違いないわ。そもそも呪いのダイヤが『希望のダイヤ』なんて名前をつけられるかいな」


 そう言うと少女は得意げな顔をした。


「チョイと前に、運に恵まれへん可哀そうなお客さんがいてはってん。その時に、賢い美少女のウチはピーンと閃いたわけや。幸運を呼ぶアイテムは絶対に売れるでってな。で、大急ぎで仕入れたのが、この希望のダイヤってわけや! ほれほれ、もっと近くに寄ってよく見い。こんなにもキレイな輝きを放つ子が、実は呪われとるんやでって言われても、全然信じられたモンやないで」

「ですから、それは大きな間違いですよ。そのダイヤからはとてつもない邪念が放たれています。そのままにしておくと、どのような災いが起こるか分かりませんよ」


「ほほう。これが、伝説の『希望のダイヤ』ですか」


 突然、聞き覚えのない男性の声が教会に響いた。


 声がした方へと振り向くと、教会の出入り口近くの壁に、眼鏡をかけた老紳士が背を付けて立っていた。いつの間にか現れた男性は、片手で眼鏡の縁に触れつつ、


「数百年前に、インデール大陸のデュカン高原にて発見されたと伝わる、ブルーダイヤモンドの一種ですな。あまりの美しさから、いつしか『希望のダイヤ』と呼ばれ、多くの人間の手に渡ってまいりましたが、彼らのことごとくが、不幸な出来事によって命を奪われました。伝説によりますと、本来は御神体にはめられており、全世界に幸運をもたらす力を帯びていたようでございますが、神に絶望した聖職者によって呪われ、その力を世界に悪運をもたらす力へと変貌させたのだとか。希望をもたらす筈の宝石が、呪いによって正反対の性質を帯びることとなるとは……なんとも皮肉な話でございますなあ」


 ひとしきり解説し終えると、彼は満足顔で教会から去っていった。


 まるで風のように、颯爽と。


「……突然現れたあの紳士は、どこのどなたでしょう?」

「ウチが元気に商売しとる時に、たまに現れるねん、あのオッチャン。いつも解説するだけして去っていくんやけど……ウチは勝手に『有識者のオッチャン』って呼んどるで」


 有識者のオッチャン!?


「それにしても、なんちゅうこっちゃ! こいつは呪いのダイヤやったんかいな! 名前詐欺にもほどがあるでっ!」

「さっきから、何度も呪われていますよと言っているでしょうに……」


 どうやら彼女にとっては、神父の私よりも、有識者のオッチャンなる謎の人物の方が信用に足る存在であるらしい。


 それはともかくとして……私はもう一度、美しく、そして邪悪に輝きを放つダイヤを見据える。


 あらゆる人間に死をもたらし、いつしか歴史の闇に葬られた宝石が存在すると、何時だったか聞いたことがある。

 これが件のダイヤかどうかは、宝石や歴史の専門家ではない私には判断が下せないが、その真贋はともかく、光を放ち続けるコレがとてつもない呪物であることに違いはないのだ。


 私は胸元のポケットからペンデュラムを取り出し、その長い鎖を手の甲に巻き付けながら、本日二度目となる解呪に臨む。


 四十の体には少々応えるが、神の名のもとに、呪物は必ず仕留める。


 それが神父の、解呪師としての務めなのだ。


 そんな私の決心をよそに、少女は椅子に座って「なんちゅうこっちゃ、どういうこっちゃ、えらいこっちゃ!」とつぶやきながら頭を抱えていたが、突然、何かに気が付いたように目を見開いた。


「ピーンときたでっ!」


 少女は椅子から跳ねるように立ち上がり、


「幸運のアイテムに需要があるように、こんなロクでも無いハズレアイテムにも、一定の需要があるって聞いたことがあるわ。このダイヤは、そういう所に売り込んだらええんや!」

「呪いのダイヤに需要? ええと、あなたは何を言っているのです?」


 私の問いが聞こえているのかいないのか。彼女は椅子の周りをせわしなく歩きながら、


「世界には、呪われたモンを集めとる趣味人がおるさかいな。そういう所に持ってい行けば、よろこんで買ってくれるはずやで。今のピンチな状況は、見方を変えれば、そういうお客さんと取引が出来るチャンスってことや。それに、このヤバいモンを売りさばくことに成功すれば、ウチの商売人としてのキャリアがグググッと上がること間違いなしやで!」


 彼女が言う趣味人とは、呪物収集家という変態どものことに違いない。


 世間には信じられないことに、いるのだ。呪物を好んで集めたがる酔狂な人種が。

 誰もが遠ざけたいと願う呪物を、逆に血眼になってコレクションしようとする彼らの姿には、神職でなくとも目をしかめたくなるだろう。


 少し前に、私はとある収集家から解呪の依頼を受けたことがある。


 依頼内容は、壺の口に手を突っ込んだら抜けなくなったから助けて欲しいという、何の冗談かと天を仰ぎたくなるものだった。半信半疑で依頼者の屋敷に出向き、実際に壺を目にすると、なるほど確かに呪物であったので、神の名のもとに解呪を施したのだ。


 手を壺から解放された収集家は、幸せの一部を破壊されたかのような沈んだ顔をしていた。大事なコレクションの呪いが払われたから悲しんでいるというわけである。

「これからは細心の注意を払って収集を楽しむことにする」と、全く反省の色がうかがえない言葉を続けたものだから、私は呆れてしまった。


 持ち主に不幸を運ぶダイヤなんぞ忌み嫌われて当然の存在であるが、酔狂な彼らにとっては違うのだろう。きっと喜び勇んで飛びつくに違いない。


「ムヌヌ……それを、呪物収集家に売るおつもりですか」

「ムフフ……商売の神さんが、そうウチに囁いたんや!」

「それは商売の神ではなく、忌わしき悪魔の囁きですよ」


 神職に務めるものとしては、これは見過ごせない事態である。


 呪物収集家が持つコレクションとやらと、この不運のダイヤが負のシナジーを発揮する可能性があるからだ。そうなると、私にも手に負えない呪いに変じるかもしれない。


「どこの輩に売り込むつもりかは知りませんが、そのようなことはさせません。そのダイヤは、私がこの場できっちり始末させていただきます」

「おっ、神父のオッチャンもダイヤが気になっとるみたいやな。まさか、こんな近くにお客さん候補がおったとは! なんて運がええんや!」

「解呪するだけです。私をあのような輩と一緒にしないで頂きたい」

 

 突然、少女の顔がカチンと強張った。


 一瞬、私の言葉に反応したものかと思ったが、少女の目線は私とは別のところにあるようだ。


「いかがなされました?」

「な、な、ななな……なんであんなモンがこんな所にあるねん!!」

「あんなもの?」


 私は少女の目線の先を追った。その先には小さな机があり、その机の上には、一房のバナナが置いてあるのだが……。


「ええと……もしかして、バナナのことですか? 後で食べようと思い、買ってきたものですが」

「アカンでバナナは。不幸を呼ぶダイヤがあるっちゅうのに、縁起でもないで!」

「バナナに縁起も何も無いと思いますよ」


 美味しそうなバナナを見つめる少女は、なんとも渋い面構えである。


「例の不運なお客さんがやな、バナナは不運のシンボルやって言うとったんや。チョイと前に、ウチも身をもってバナナの恐怖を体験したんやけど……あれはホンマに恐ろしいモンやで。はよどこかに捨てに行かんと大変なことになるで!」


 ぶるぶると体を震わせて、なんだか落ち着かない様子である。


「ふむ。バナナがどう恐怖体験に結び付くかはわかりませんが、落ち着かないというのであれば片づけましょう」


 バナナは、あのダイヤを始末した後で美味しく頂くことにしよう。

 言われなき中傷を受けたバナナを奥の部屋に運び、再び少女の元に戻ると、



 ミャー



 可愛らしい猫の鳴き声が教会に響いた。


 声のする方に目を向けると、教会の扉の近くに、一匹の黒猫がちょこんと座っている。


「猫ですか。いつの間に入ってきたのやら。もしかすると君と同じように、雨宿りのために教会を訪れたのかもしれませんねえ」

「黒ニャンコやんか。なんて不吉なんや!」

「えっ」


 思わず少女に向き直ると、彼女は血相を変えていた。


「不吉? 何をおっしゃいますか。とても愛らしい姿じゃないですか」

「アカン! ニャンコは、黒ニャンコはアカンでっ! 縁起でもない、はよ追い出さんと!」

「やたら縁起を気にされますなあ」

「何を呑気なことを言うてまんのや。黒ニャンコが目の前を横切ると、不吉なことが起こるっていうやないの。ほれ、あのニャンコの動きをよく見い!」


 もう一度、黒猫がいた方へ顔を向けたが、いつの間にか居なくなっていた。

 どこへ行ったかと思いきや、黒い影が椅子と椅子の間をサッと、右から左へ横切るように走り抜けた。


 今度は左から右へサッ、また右から左へサッと。


 あの猫。何を面白がってか、さっきから同じ場所を、行ったり来たり繰り返しているが……。


「黒猫が元気に走っているだけで、別に不吉でもなんでもないと思うのですが」

「何度も黒ニャンコを横切らせるとは……流石は不幸を呼ぶ性悪ダイヤや。外堀を埋めながら、じわじわとウチらを追い詰めてきよるで!」

「考えすぎでしょう。ダイヤに邪念が込められているのは確かですが」


 さっさと解呪を施さないと、何の災いがあるか分からない。

 むう、解呪を急ぐあまり、いい加減拳がウズウズしてきたぞ。


「仕方がありません……黒猫には何の罪もありませんが、全ては解呪のため。少し黙っていてもらいましょう」

「むむむ? それはどういう意味や?」


 私は再び奥の部屋へ行くと、棚の中から鉄鍋を取り出した。講堂へ戻り、落ち着きなく走り回る猫の数歩手前まで近づくと、そっと鉄鍋を床に置いた。


 そしてそのまま、数歩下がる。


「鍋を床に置いて、どないするんや。なんかのおまじないかいな?」

「そんなところです」


 しばらくすると、黒猫はピタリと動きを止めた。私が置いた鉄鍋に興味を示し出したのか、じーっと見つめている。やがて、頭から吸い込まれるように鍋の中へ入ると、身体を丸めて横になった。その姿は、まるで毛玉のようである。


「なんとっ、あんなに不吉に走り回っとった黒ニャンコが、鍋の中にすっぽり入ってしもたで!」

「猫は狭いところを好みますからねえ。その習性を利用したのですよ。昔、私の後輩が、鍋を使って猫と遊んでいたのを思い出しましてね。巷では、この遊びを『猫鍋』と言うとかなんとか」

「ほへー、ニャンコ鍋かいな。そんな遊びがあったとは初耳やで」

「昔に流行った遊びのようですし、今でも行われているものかは知らないですがね。しかし、鍋の中で眠る猫の姿は、何と言いますか……食べてしまいたいくらい可愛いものですねえ」

「ホンマにかわええなあ…………ハッ! まさか神父のオッチャンは、この天使のようなニャンコを鍋にして、後で美味しくいただくつもりじゃ――」

「食べませんよ。ですが、一説によると、猫は鍋にすると大層美味しいようで……」

「まさか――」

「食べません」


 鍋の中で丸くなった黒猫が、すやすやと眠りだしたのを見届けてから、私は少女に向き直った。


「さて、黒猫も眠り始めたことですし、すみやかに解呪を始めましょう。さあ、その畜生にももとるダイヤを渡してくだ——」 

「ひいっ!」


 少女がいきなり怯えた声を発した。


「どうかしましたか?」

「今、背中がゾゾっとしたんやけど……うひゃ!」

「背中……ああ、なんということだ。雨漏りですね。ちょうどあなたの背中に雨しずくが落ちたようです」


 歴史ある教会であるが、これまで雨漏りとは全くの無縁だった。

 もしや、ダイヤの呪いの影響か?


「なんちゅうこっちゃ! これは不幸の先触れに違いないで!」

「なんたることだっ! 教会の天井に穴をブチ開けるとは……腐れ呪物め、さっさと始末せねばならん!」


 少女は、キョトンとした顔を向けた。


「神父のオッチャン。チョイとキャラが変わっとるんとちゃう? 顔がえらい凶悪になっとったで」

「神聖なる教会に穴を開けられたのですから、顔も少しは強張ろうものです。ですが、そんなことはどうでもいいでしょう。さっきから、話が一向に前に進んでおりませんよ」


 バナナは始末し、黒猫は鍋にした。雨漏りは後で大工に修繕してもらうとして、問題は少女の持って来た呪物である。


「そやな。神父のオッチャンも、ウチの持って来たダイヤが気になっとるようやし」

「買いませんよ。解呪を施すだけです」


 そもそも、大粒のダイヤなんて高額なもの、教会の神父が買えるわけがない。

 私がそう言うと、少女は顔を曇らせた。


「そらアカンで。今となっては、呪いも立派な付加価値の一つやねんから。呪いを解くんやったら、買ってからにしてもらわんと困るで」

「呪いに価値を見出すなんぞ持ってのほかだと思いますがね。そもそも、そのような忌わしいものを、呪物収集家を相手にいくらで売るつもりなのです?」


 尋ねると、少女は「よくぞ聞いてくれはりましたなあ!」と、大きく胸を張った。


「ウチをマンマとダマした名前詐欺のダイヤを、なんと1000ディール! 驚愕の1000ディールでご奉仕やっ! 幸運も悪運もまとめて彼方にぶっ飛ぶスペシャルプライスやで!」


 安っ……安いのか?


 よくよく考えれば、普通は不幸を運ぶ呪いのダイヤなど、売れはしないだろう。大幅に値引いて処分するつもりなのだと思われる。


「呪いオタクが、喉から手がでるほど欲しがるであろうコレを、このお値打ち価格や! こいつは絶対に売れる、売れるでっ!」

「なるほど。厄介払いしたいから、安値で叩き売るつもりなのですね」

「なんやの、厄介払いって。ウチは心の底からお客さんのことを思って、大安売りセールを実施中なんやで?」

「お客さんのことを思う商人は、不幸になるダイヤを売りつけないと思いますがねえ」


 その時、天井からミシッと、何かがひしゃげるような音がした。


「やはり、ただの雨漏りではなかったか……」

「めっちゃ嫌な音がしたやん……。やっぱり外の大雨も、教会の雨漏りも、そしてさっきの黒ニャンコの反復横跳びも、全部ひっくるめてダイヤが引き起こした呪いやったわけや!」

「猫はともかく、大雨と建物の方は呪いの影響でしょう」


 呪いのダイヤを鞄にしまいつつ、少女は椅子から立ち上がった。


「だ、ダイヤの呪いはおっかないけれども……せっかく仕入れたコイツを売り捌かんことには、商売人魂が廃るっちゅうモンやで! オッチャンはこいつを買うてくれへんみたいやし、ごめんやけど帰らせてもらうで。これ以上、教会を巻き込むわけにはいかんしな。色々とありがとうやで!」

「お待ちなさい」


 私が止める前に、少女はトタトタと教会の出入り口に走り寄り、扉に手をかけたが……。


「ど、どないなっとるんや! 扉が開かへんで!」


 少女が扉を押したり引いたりするものの、扉はガタガタと音を立てるだけで、全く開く様子がない。


 これも大雨の影響……いや、ダイヤがもたらす呪いの悪影響に違いなく、絶対に私たちを教会から出さないという、邪悪なる意思の存在を感じずにはいられない。


 少女が扉と格闘していると、メキッ、ベキッ、バキッと、神聖なる教会が痛々しい悲鳴を上げはじめた。


「ギャー! 嫌な音の三段活用やっ! このままじゃ教会が潰れてまうでっ!」

「腐れ呪物めが。不運な事故と見せかけて、教会ごと私たちを潰すつもりですか」

「アカン、ホンマに扉が開かんで! まさか、ウチの商いはここで終わってしまうんかいな!」


 荘厳な教会を見渡すと、あたりは不吉が蔓延していた。


天井からの漏水は、ポタポタ垂れ落ちる程度のものから、小滝のような勢いに悪化していた。


 鍋猫と化していた黒猫が、いつの間にやら起き出して、椅子と椅子の間を慌ただしく横切る姿が目に映る。


 室内の薄暗さが増したと思いきや、突如、激しい雨音をかき消すかのような雷鳴とともに光が一閃。ステンドグラスを不気味に輝かせた。


 そしてふと、足元に目をやると……。


「むう……」


 確かに片づけた筈のバナナが、私の足を掬おうとするかのように、なぜか床に転がっているではないか。

 

 これはマズい。

 

 早急に、解呪を行わねばならない。


「呪物を扱って無事に済むのは、国の呪物保管所ぐらいのものですよ。今回は勘違いだったようですが、これからはくれぐれも気を付けることです」


 私は少女に銀貨を一枚、手渡した。神職にあるものが呪物に私財を投じるなど、本来はあってはならぬことだが、全ては円満に呪いを解くためである。


「教会の神父サマが、胸糞悪いダイヤをお買い上げや……って、買わへんって言うとったのに、ホンマにええんかいな?」

「ただでは譲りたくないのでしょう? ですが、今回限りですよ」


 1000ディールだから買ったのだということはいわない。私にだって、それくらいのプライドはある。


 少女からダイヤを受け取った私は、床に邪悪なダイヤを置いた。


「後は、神の御心によって呪いを打ち払うまで!」


 私は呪物に意識を集中し、神の怒りをその身に体現する。



「よくも神聖なる教会に穴を開けたな、このドグサレ呪物がっ! 我が神の怒りと、貴様のような不浄に1000ディールも出費した、神父の憤懣の前にひれ伏すがよい! ダイヤよりも硬い神父の拳の威力を、その身を以て味わえい!!」



 全身全霊、祈りを唱えながら一心不乱に解呪を行うこと数分。


 神の力が宿った神父の拳による解呪によって、呪物はついにその力を失い、粉々に砕け散った。


 そう。神の御心が、悪しき呪物を浄化したのだ。

 

「ふぅ、ふぅ……解呪、無事完了致しましたよ、お嬢さん」


 手に巻き付けたペンデュラムをほどきながら、私が少女に伝えると、なぜか彼女は目を丸くしていた。


「え……えっ!? 呪いを解くって、そうやるもんなん!? 『浄化、浄化っ!』って叫びながら、パンチで粉々に破壊するって……ウチの思っとったのと全然ちゃうんやけど」

「解呪には様々な術式、作法がありますが、結局はシンプルに拳一つで浄化するのが一番なのですよ。私は若い頃から今に至るまで、ずっとこのスタイルを貫いております」

「破壊神父と呼ばせてもらうわ」

「私は破戒などしておりません」


 教会の軋み音は、いつの間にか止んでいた。雨漏りも、最初からそんなことなど無かったかのようにおさまっている。


 平時と変わらぬ、静かで厳かな神の場がそこにあった。


 少女が教会の扉に手をかけると、ゆっくりと扉が開き、外からあたたかな夕陽が差し込んできた。


「よっしゃ! 外に出られるでっ!」


少女と共に外に出た。さっきまでの荒れた空が嘘のように、すっかり雨はあがっていた。あの豪雨自体が、忌々しい呪いによって生み出されたものだったのだろう。


「空をご覧なさい。大きな虹が掛かっていますよ。まるで神が、我らを祝福されているかのようではないですか」

「ホンマや! 商売の神さんが、ウチにもっと輝けと囁いとるで!」


 私は解呪のペンデュラムに手を触れつつ、神に祈りを捧げた。


 我らが街オルメディアに、希望溢れる明日があらんことを。

 本作の「希望のダイヤ」は、多くの持ち主を死に至らしめたことで有名な「ホープダイヤモンド」をモデルとしております。様々な創作物で、その姿が登場している、非常に曰くだらけの品ですが、スミソニアン博物館で実物を見ることが出来るそうですよ。

 

 さて、ダイヤを破壊する神父様は、この先のお話でも登場します。彼の次の解呪にぜひご期待ください。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ