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第2話 オトンの叫ぶ盾を叩き売る少女!

「金貨袋を無くしたんだ……」


 オレが口にした言葉に、冒険者仲間のアレンとネフィルが顔を見合わせた。

 恐る恐るといった様子で、アレンがオレに尋ねる。


「おいおいラックズ……もしかしてお前、また死にかけたのか?」


 オレが力なくうなずくと、二人は死人でも見るかのような表情を浮かべた。




 冒険者ギルドより受注した「オークの討伐依頼」を終えたオレ達は、行きつけの酒場「黒犬のチョビ髭亭」に集まり、酒を飲み交わしていた。


 オレが鳥の串焼きに手を出そうとしたタイミングで、仲間の一人であるネフィルが「なあラックズよお。ずっと気になっていたんだが、お前、今日も顔がマジ暗いぜ。またパネェことでもあったのかよ?」と尋ねてきた。


 もう一人の仲間のアレンの顔を窺うと、彼もまたオレの顔の陰鬱さが気になっていたらしく、「良ければ話してみなよ。聞いてやるから」と言ってくれた。

 だからオレは、昨日に遭遇した金貨袋の紛失から始まる不幸譚について語ることになったのだった。


「オレが金貨袋を無くしたのに気が付いたのは、オルメディア中央広場で、大道芸人の芸を見ていた時だったんだ。おひねりを渡そうとした時に、金貨袋をどこかに落としたのに気が付いたのさ……」


 オルメディア中央広場は、街の人達の憩いの場であり、仕事の合間に休憩に訪れる人や、友人知人と会話をする人々、また子供たちの遊び場の一つとして、日々賑わっている。

 昼から夕方にかけては広場を訪れる人たちが多くなるため、大道芸人や演奏家達が、芸や演奏を披露して、観客からおひねりを貰おうと集まってくるのだ。


 昨日にオレが眺めていた大道芸人は、剣を呑む芸を披露し、見物客から喝さいを浴びていた。彼の芸が終わった後、周りの人々は拍手と共に、彼の目の前に置かれたお盆の中へ、次々と金貨や銀貨を投げ入れた。オレも彼らに続こうとしたのだが、その時に金貨袋を無くしたのに気が付いたのだった。


「思わず慌てちゃって。急いで落とした金貨袋を探しに行こうと駆け出すと、誰かの肩に思い切りドンとぶつかったんだ」


 ごめんなさいと一言つげて歩み去ろうとすると、ぐいと肩を掴まれた。目の前には、物凄くガラの悪いお兄さんが、じろりとオレをにらみつけていた。


「そのお兄さんがさあ。ものすごい勢いで、肩が痛い、どうしてくれるんだって詰め寄って来てさ」

「そりゃあ面倒くさい野郎に捕まったもんだなあ。ったく、古臭え因縁の付け方しやがって」

「え? 本当に痛そうだったよ」

「お前は人が良すぎるんだよ」


 何度も謝ったものの、ガラの悪いお兄さんの怒りは留まるところを知らなかった。  

 激しい勢いで謝罪と賠償を要求してくる。

 しかし、金貨袋を落としたばかりのオレには、謝罪はともかく賠償に応じられるわけがなかった。


「お金が無いことを伝えたんだけれど、お兄さんは許してくれないんだ。『とりあえず、その場で飛んでみろ』と凄まれてさ。ポケットから金の音が聞こえるかどうか確かめてやるって……」

「ほれ見ろ、やっぱりカツアゲじゃねえか。つうか、今どき飛んでみろって、いつの時代だって話だよ」

「仕方が無く、ジャンプしたんだけど……それが悪かったんだ」


 凄まれるままにその場でジャンプした。地面に着地した瞬間、足元でぐにゃりとした、とても嫌な物を踏みつけた感触を覚えた。


「なぜか、バナナの皮が足元に捨ててあったんだよ。さっきまで、絶対に無かったのに」

「は? バナナ?」


 ずるりと足を滑らせたせいで、思いっきり姿勢が前のめりになった。なんとか踏ん張ろうとするも、バランスが全く保てず、身体が勝手に前に進んで止まらない。


 前傾姿勢のまま、あたかもイノシシのように猛進する先にあったのは……。


「馬のお尻に思いっきり突っ込んでしまったんだよ。運が悪いことに、オレの悲劇はそれだけでは終わらなかったんだ。オレに驚いた馬が、後ろ脚で勢いよく蹴り上げてきたのさ。何とか盾で防御はできたんだけれど、空中に吹っ飛ばされてしまって……しかも、吹っ飛んだ先にも馬がいてさ、その馬のお尻に思いっきり突っ込んでしまったんだよ。運が悪いことに、オレの悲劇はそれだけでは終わらなかったんだ。オレに驚いた馬が、後ろ脚で勢いよく蹴り上げてきたのさ。何とか盾で防御はできたんだけれど、空中に吹っ飛ばされてしまって……しかも、吹っ飛んだ先にも馬がいてさ、その馬のお尻に思いっきり突っ込んでしまったんだよ。運が悪いことに、オレの悲劇はそれだけでは――」

「……もういい」


 アレンとネフィルの表情をうかがうと、二人とも、ゾッとした顔をしていた。


「なあ、ラックズよお……お前、やっぱり呪われているんじゃね?」


 ネフィルが、やけに重苦しい口調で言った。いつもはオレとは真逆の、底抜けに陽気なキャラである癖に、今日はやけに引き気味である。


「前にも一回、似たようなことがあったろ。いや、何回もだな。『不運のラックズ』なんてあだ名、昔っからそのまんま過ぎるだろと思っていたがよ。こいつはもう不運どころの騒ぎじゃねえぞ。マジパネェって。冒険以外のところで何回死にかけてんだよ」

「もう数えきれないよ。不運が発作的に、立て続けに起こるんだ……いつもそうなんだ」

「不運の発作ねえ……変わった言い回しだなあ。なんかの病気みたいに聞こえるぜ」

「病気かあ。だったら、いつかは治るかなあ」

「知らねえけどよお……ったく、マジパネェな……」


 アレンが、エールの入ったグラスをテーブルに置いて、真剣なまなざしでオレを見つめた。


「冒険中に、その……不運の発作か? そんなのに巻き込まれたら命取りだぞ。冗談じゃなく、本当に死ぬ。オルメディア教会のジュカイン神父は知っているだろ? あの人の解呪は評判いいしさ、相談しに行ったらどうだ。きっと何とかしてくれるって」

「だいぶ昔に相談しに行ったことがあるんだ。でも、呪いなんか掛かってないってさ……」


 アレンが言う通り、オルメディア教会に長年勤めているジュカイン神父は、解呪のエキスパートとして有名だ。その腕前は他国に響くほどだというから恐れ入る。


 以前、オレはジュカイン神父の元を訪ね、運が悪いのは、ひょっとして何かに呪われているからなのでしょうかと相談したことがある。


 するとジュカイン神父は、オレの顔をまじまじと見つめてから、やがてにっこりと笑い、「貴方は呪われてはいませんよ。何の邪念も感じられませんから。心配しなくても大丈夫です」と言ったのだ。


「あの時ほど、自分が呪われていればなあと思ったことはないよ。呪いなら、解いてもらって終わりだからさあ」

「呪いであって欲しかったなんて、普通は誰も思わないぞ」

「はあ……不運の女神に粘着されるのも、神の加護を受けていると言っていいのかなあ」


 オレのつぶやきに、アレンは「加護とは言わないだろ、護られていないんだから。愛されているとは言えるかもしれんが」と答えた。その顔は、オレの陰鬱さが感染したかのようにどんよりとしている。


 オレが、再び鳥の串焼きに手を伸ばそうとしたタイミングで、


「そこの常連さんたち! 不景気そうな顔をしているが、私の料理を食べて元気を出してくれ!」


 黒犬のチョビ髭亭を切り盛りするマスターの、景気の良い声が飛び込んできた。

 振り向くと、貴族の執事かと見間違うノリの効いた燕尾服を着こなしたマスターが、にこやかな顔をして立っていた。


 ここのマスターは無類のサービス好きで知られていて、総額5000ディール以上の料理を頼むと、追加で一品サービスしてくれるのだ。


 彼は優雅な仕草でテーブルに皿を置いた。白い皿の上には、薄く透き通った魚の切り身が、扇状に並んでいる。


「はいお待ち。今日のサービス料理はシシフグのお刺身だ! お客さんは本当に運がいいねえ。こいつは今日、幸運にも偶々入手する機会があったんだよ。滅多に味わえない高級魚の味を、ぜひぜひ堪能してくれ! それにしても、フグなんて久しぶりにさばいたなあ、あっはっはっはっ」


 上機嫌にカウンターへと戻る主人を見送り、アレンとネフィルに顔を戻すと、二人は何か言いたげな顔で、オレをじっと見つめていた。


 何が言いたいかは、大体分かる。


「オレはやめとくよ。食べたら当たるかもしれないし……」


☆ ☆ ☆ ☆


 二人と飲んだ翌日、オレは商人の川をうつむき加減で歩いていた。


 周囲は、あらゆる国からやってきた行商人たちと、商品を安く手に入れようと目を光らせる客達で活気づいているが、オレの気分は彼らとは対照的にどんよりとしている。

 

 本当ならば、人通りの多いところを歩くのは避けたいところだが、次の冒険に必要な道具を仕入れるには、商人の川を探すのが一番。

 

 どうか不運な出来事と出会いませんようにと、いるかいないか分からない幸運の神に祈るしかない。


 オレは、四年前から防衛職の冒険者として、ここオルメディアを拠点に活動を続けているが、自分でも引いてしまう程の不運のせいで、いつの間にか冒険者達から「不運のラックズ」などという、そのまんま過ぎるあだ名を頂戴してしまった。


 街の占い師達はオレを見るなり、まだ占ってもいないにも関わらず、まるで不幸の権化と出くわしたような顔をする。最初から不運な奴だと決めつけないでくれと、彼らに手相やら星占いやらカード占いやら、ありとあらゆる手法で占ってもらったのだが……結果は全て、目も当てられない酷いものだった。


 どうやら、オレを取り囲うすべての要素……名前や誕生日、カードをめくって現れた図柄、そして手の平のしわまでもが、複雑かつ密接に絡み合い、結果、目も当てられない凶悪極まる悪運を組み上げているらしい。


 ある占い師から「幸せの壺」を購入した時なんて、最悪そのものだった。

部屋の隅に置くだけで、みるみるうちに運気が向上する、あなたにぴったりの商品ですよと紹介され、ようやく不運から解放されるのかと喜び勇んで金を払ったのだが、壺を受け取った瞬間、オレの目の前でそれが甲高い音を立てて、粉々に割れてしまったのだ。


 何が起きたのか分からずに呆然としたが、近くで建築作業をしていた大工の手に握られたトンカチが、振りかぶった勢いですっぽ抜けて、よりによって50万ディールもした幸せの壺を直撃したのだと後で分かった。


 占い師は「あなたの不幸を、幸せの壺が肩代わりしてくれたんですよ。運が向いてきた証拠です」と、どこか引きつった笑顔を作りつつ言ったが、残念ながら今に至るまで、オレの運気はドン底のままだ。やっぱりあの壺は、部屋の隅に置かないと効果が無いものだったんだ。


 不幸な星回りの人間というのは、この世の中に大勢いるものだと思う。思うがしかし、不運が物理的な脅威となって次々と襲い来るだなんて、かなりのレアケースではなかろうか。


 オレがまだ生きていられるのも、不幸の神様が、生かさず殺さずの精神で弄んでいるからに違いない。幸運の神様に祈るのと同じだけ、不運の神様にも「どうか本気を出さないでください、死んでしまいます」と祈り続けなければならないのが辛いところである。


「チョイとそこのオニーサン。言うちゃ悪いけど、なんかさえない顔してはるで。大丈夫かいな」


 鬱々、悶々としながら歩いていたオレに突然、声が掛かった。


 話しかけてきたのは、赤い頭巾がひときわ目立つ、まだ10歳前後だろうと思われる少女である。オレとは違って、体の底から元気がみなぎっているように見える。きっと、不運なんかとは無縁の日々を送っているに違いない。

 

 他の商人たちに交じって場所を取っているところを見るに、彼女もまた商人なのだろう。子供の商人も居ないことはないのだろうが、珍しい存在には違いない。


「さえない? はあ……君もそう思うかい」

「さえてへんと思うわ、言うちゃ悪いけど。人生山あり谷ありやけど、せめて明るい顔して生きんとアカンで」


 子供に諭されてしまった……。それほど、今のオレの顔はヒドイのか。


「それに、そんな風にうつむいてないで、しっかり前を向いて歩いたほうがええと思うわ。地面ばっかり眺めとったら、せっかくのイケメンが台無しやで?」

「バナナの皮が地面に落ちていないか、確認しながら歩いているんだよ」


 オレの説明に、少女はハトがパチンコ玉を食らったような顔をした。


「ほへ? バナナ?」

「不運なオレは、バナナの皮を踏まないように、いつも気を配らないといけないんだ。バナナは不運の象徴だからさあ」


 何とはなしにオレは、金貨袋の紛失から始まりバナナの皮で終わる、悪夢のような不幸譚を少女に話した。唐突に始まった話に、彼女は少し戸惑った様子だったが、話が進むにつれて、彼女の顔はだんだんと気の毒そうなものになり、最後にはゾッとした表情に変わった。


「アカン! そら不運なんてもんやないわ。絶対に呪われとるで!」

「仲間にも同じことを言われたんだ。けれど、呪いじゃないってさ」


 再び地面に注意しながら歩き進めようとしたところで、


「でも、今日のオニーサンはツイとるで! ちょうど、オニーサンに役立ちそうな商品が手に入ったところなんや」


 少女の明るい言葉に、オレは思わず足を止めた。


「オレが……ツイてる?」

「今回、ウチが持って来たモンは、不運なオニーサンにピッタリの商品やと思うで」


 オレにぴったりの商品とは、もしかして、アレのことだろうか?


「その商品って、もしかして『幸せの壺』かい?」


 オレの問いかけに、少女は「むむむ? 幸せの壺ってなんや? よう分からんけど、名前からして胡散臭そうな壺やなあ」と眉をひそめた。どうやら、彼女の言う商品は別のものであるらしい。


 不思議がるオレの前で、少女は背後に置いてあった麻袋を開き、中から商品を取り出した。


「ウチがオニーサンにオススメするのはツボやないで。こいつや!」

「これは……盾?」


 腰の高さ程度の大きさの、長方形の盾だ。


 盾の中央には、男性の横顔を象ったレリーフが彫られている。雄たけびを上げるかのように、大きく口を開いたその横顔は、まるで軍勢を鼓舞する勇ましい司令官のようでもある。


 表面のところどころに傷があるところを見ると、元は誰かの持ち物だったのかもしれない。全体的に古ぼけた、やもすると骨董の域に差し掛かっているのではと思しき盾だが、オレが見る限りこしらえはしっかりしていて、十分使用にたえそうだ。


 防衛を専門とする冒険者にとって、盾は言うまでもなく、鎧と同じく重要な商売道具の一つ。オレも仕事では、魔物から仲間達を守るために、プライベートでは、迫りくる不運から自分の身を守るために、いつも盾を持ち歩いている。


 しかし、話の流れからして、少女は防衛職のオレに対してではなく、不運なオレに役立つものとして、この盾を勧めようとしているはずだが……盾と運に、どのような因果関係があるというのだろう。


 オレが知らないだけで、世の中には幸せの壺のほかに、幸せの盾というものも存在するのだろうか?


「ムフフ、立派な盾やろ? こいつは『オトンの叫ぶ盾』っちゅう、世にも珍しいスペシャルレアな一品なんやで!」

「叫ぶ、盾?」


 幸せの盾じゃなくて、叫ぶ盾? 

 どういうことなのだろう。

 叫び声をあげる盾なんて、見たことも聞いたこともないのだが……。


「まさか、攻撃を盾で防ぐたびに叫ぶってこと? 痛いよーってさ」


 あり得ない想像をそのまま口にすると、少女は「ちゃうちゃうちゃうで」と言いながら、盾を手の平でポンと叩いた。


「こいつはとっても我慢強い子やさかい、叩かれたぐらいでは叫ばへん。痛くて叫ぶわけやなくて、持ち主に危険を知らせるために叫ぶんや」

「はあ……」


 ますます意味が分からずにいるオレの前で、少女は大きく胸を張った。


「盾を持っとっても、どこから危険が迫ってくるのか分からんかったら、防ぎようが無いやろ? その点、このオトンの叫ぶ盾はよう出来とってやな。叫び声で危険が迫っとることを教えてくれる、他の盾にはない先進的な機能を備えとるわけや!」

「機能ねえ……分かるような、分からないような……」

「例えば、『後ろから魔物が襲ってきよるでー』とか、『膝目掛けて矢が飛んできよるでー』とか、『足元にバナナの皮が落ちとるでー、気いつけやー』っちゅう具合に、叫び声をあげて危険が迫っとることを知らせてくれるんやで」


「ええっ!! その盾が、バナナの皮が落ちているかどうかを、教えてくれるっていうのかいっ!?」


 思わず声が大になってしまったのだけれど……これは聞き捨てならない話である。


 地面に落ちたバナナの皮は不運の代名詞であり、オレにとっては人生最大の天敵だ。奴は道行く先々で、暗殺者のように音もなく現れては、オレの足を見事に掬っていくのだ。


 誰かが無責任に投げ捨てたバナナの皮のせいで、オレは何度も足を滑らせ、その度に辛酸と苦渋を舐めてきた。今では、あの意地悪く曲がった黄色い悪魔を目にするだけで、頭痛と吐き気に襲われる。


 常日頃、あの悪魔をどうすればいいかを考えて生きてきたが、まさか、こんなところで答えと遭遇するなんてっ!


「バナナの皮をどうにか出来るならっ、オレはいくらだって金を――」

「あっ、バナナの皮のくだりはチョイと言い過ぎたかもしれんわ。バナナの皮が足元に落ちとるぐらいでは、過保護なオカンとは違うさかい、流石にオトンの盾も叫ばんやろ。悪いけど、バナナは自分の力で何とかするんやで」

「ええー……」


 気落ちしたオレに構うことなく、少女は言葉を続けた。


「オニーサンの話を聞いとったら、やれ物が飛んできたとか、やれ動物に襲われたとか、どこからか物理的な脅威が襲ってきよる感じやん? なら、この盾を持っとったら、オニーサンの『不運』にも対抗できるかもしれへんで」


 オレは再び、叫び声をあげるらしい盾に目をやった。


 これで、不運に対抗できる?


「なんかが降ってきたり、襲ってきたりしても、持ち主の代わりに素早く察知して教えてくれるんや。この盾にまかせとけば、不運な出来事が起こったとしても、オニーサンはただ盾が教えてくれた方に向かって、ドーンと盾を構えとけばええだけや!」


 少女は「ドーン」と言いながら、前方に盾を構えてみせた。構えなれていないのか、少し足がふらついている。


「はあ。まだよく分かっていないんだけれども、説明を聞いていると、なんだか凄い盾のような気がしてきたなあ……」

「そやろそやろ? この盾にかかれば、死角なんてモンは無くなるさかいな。これはもう、盾を装備しとるっちゅう次元を超えて、信頼できる仲間に背中を預けとるのと同じようなモンやで! 盾ではなくて戦友……いや、戦友をも超えたマブダチ、いわゆる『心の友』っちゅうても過言やないわ!」


「心の友かあ……」


 危険と隣り合わせになればなるほど、自分の命を預ける武器や防具に、愛着を……いや、それを越えた感情を抱くのは、決してオレだけではないと思う。


 もしもこの盾が、本当に不運から――路上に捨てられたバナナの皮は無理としても――その他の脅威から俺を守ってくれるのならば、一生のパートナーと巡り合えたと思えるような、トキメキに近い感情を抱くことになるに違いない。


 ……と思いきや、少女は悩まし気に水を差す言葉をつづけた。

 

「うーん……セールストークを繰り広げとる間に、なんか変な感じに盛り上がってしもたけれど、よくよく考えたら、心の友は言い過ぎやなあ。確かに愛着は湧くかもせえへんけど、盾を心の友として扱うやなんて、チョイとアブナイ人の域に片足突っ込んどるような気がするで。ごめんやけど、心の友のくだりは、ええ感じに聞き流しといてや」

「ええー……過言ではないって、さっきドヤ顔で言い切っていたのに?」

「期待させてしもたんならゴメンやで」


 ふと思った。


 危険を知らせてくれると言う話も、少女が「言い過ぎ」ただけに過ぎないのでは……。


 そう思って尋ねると、「そこは大丈夫や! しっかりと叫びよるから安心しいや!」とのことである。


 安心も何も、盾が叫ぶだなんて、冷静に考えてやっぱりあり得ない。

 盾の叫び声が聞こえるだなんて周りの人に言ったら、それこそ頭のオカシイ人だと思われるだろう。


 そんなオレの不信が顔に表れでもしたのだろうか。


「ふーん、なんかオニーサン、ウチの商品をイマイチ信じてなさそうやん。でもまあ確かに、普通の盾はよう叫ばんからなあ……そや、チョイと試してみるかいな」

「試す?」

「オニーサンは不運の神さんとお友達みたいやし、立っとるだけで、何らかのトラブルに巻き込まれるんとちゃうの? なら、盾を持って立っとれば、試す機会もあるっちゅうもんやで」


 流石に立っているだけでは危険な目に遭わないよと、笑って否定して見せるところかもしれないが、残念ながらオレの運命力の弱さは尋常ではないのだ。立っているだけで不運に見舞われる可能性は十分に……いや、十二分にあり得る。


 少女から盾を受け取り、正面に構えてみた。しっかりした作りの割に軽く、扱いやすい。本当に叫ぶのかはともかく、安ければ買ってもよさそうだ。


 さて、少女の話を信じるならば、持ち主に危険が迫った時に、盾が何らかの反応を示す……はずである。



 それから、数十分。ぼんやり立っていたわけであるが……。



 結論から言うと、何もなかった。

 あるのは、平和で騒がしい、活気にあふれたいつもの商人の川の光景だ。


「なーんも起きひんなあ」


 少女が退屈そうに言った。

 このまま待っても仕方がないので、とりあえず少女に盾を返した。


「ま、こういう時もあるもんや。盾を試せんかったのは残念やけど、気ぃ落としたらアカンで!」


 なぜか慰められてしまった。


 何も起きなかったから、オレはむしろホッとしているのだが。


「この盾はいくらするのかな。軽くて丈夫な盾だから、さぞかしお高いんでしょう?」

「ムフフ、そいちゃあ大間違いやで! 前代未聞の叫ぶナビゲーション機能を搭載したオトンの盾を、なんと銀貨一枚っ! たった1000ディールでご奉仕するで。興奮のあまり思わず叫び出したくなる熱血価格や!」

「せ、1000ディール!?」


 何かの間違いじゃあないのか?


 いくら古い盾といえど、たったの1000ディールだなんて、そんな美味い話はあり得ない。


 鍋のフタの方が、まだ値が張るのでは……それはさすがに言い過ぎか。


 驚きのあまり少女に聞き返すと、


「1000ディールポッキリで間違いナシやで。いつもは不運なんかも知らんけど、今日のオニーサンはラッキーボーイやで! スーパースペシャルレアな盾が、たった1000ディールで手に入るんやからなあ!」


 出来が良いのはさっき確認した。間違いなくこれは買いだ!


「本当にこの盾が叫ぶかどうかは別だけど、良い盾だし、買うよ。うう……掘り出し物に縁の無いオレでも……こんなことってあるんだなあ……」

「ちょっ、オニーサン嬉し泣きしてはるやん。でも、オトンの盾もオニーサンと巡り合えて喜んどるで!」


 めったにない幸運に涙しつつ、オレは念のため、周りに不運の火種が無いかを確認した。


 幸せの壺の時のように、どこからともなくトンカチが飛んできて、買ったばかりの盾を破壊したりはしないだろうかと警戒したのだが、今回購入したのは盾だ。もしトンカチが飛来してきても、盾で受ければいい。なにも警戒する必要などないのだ。

 

 金貨袋から銀貨を取り出そうと腰に手をやった時、


「あ、あれ……? 金貨袋は?」


 さっきまで間違いなく腰につけていた金貨袋が、無い。


 今日のオレは珍しくツイているんじゃあなかったのか!? なんでまた金貨袋を落とすんだ……!

 

 しばらくあたふたとしていたが、上着のポケットを探ると銀貨が一枚入っていた。 

 しばしば金貨袋を落とすものだから、昨日から、ポケットにも最低限のお金を入れるようにしたのだった。それがどうやら功を奏したようだ。


「ああ、助かった……。はい、銀貨一枚」

「よっしゃ。運の巡りが悪いらしいオニーサンが、叫ぶナビを搭載した盾をお買い上げや! 今日はありがとうやで!」


 オレは、にこにこ顔の少女からオトンの叫ぶ盾を受け取った。


 その時である。



〈上から来るぞおおおお、気をつけろおおおおお!〉

 


 いきなり、盾から野太い男の叫び声が上がった。


 本当に盾が叫んだ!


 そう思いつつ、慌てて空を見上げると、


「うわっ!」

 

 とっさに盾を上方に構え、頭上から襲い掛かってくる脅威を防いだ。衝撃とともに、陶器が割れる音が響く。


「わわわっ! どないなっとるんや。どこからともなく花瓶が降ってきよったで! 大丈夫かいなオニーサン!」


 一体、どういった理由で花瓶が降ってくるんだ。信じられない思いでいると、



〈後ろから荷車が突っ込んでくるうううう!〉



 再び盾が叫びをあげた。慌てて後ろへ振り向くと、


「うわああああああ! 誰か私の荷車を止めてくれええええ!」


 男の悲鳴と共に、大量のトマトを積んだ荷車が、オレに向かって突っ込んできた。


 かわす間も無かったため、慌てて腰に力を入れ、盾で荷車を押し返した。

 体にひどく衝撃が走り、そのまま後方へ跳ね飛ばされそうになったが、冒険者稼業で培った踏ん張りで、なんとか荷車の突進を止めることに成功する。


 目の端で、荷車に積まれていたトマトが一斉に空を舞うのが見えた。


 あのトマトも、絶対に不運の引き金に違いないんだ……。


「なんなんや! これから何が始まろうとしているんやっ!」

「不運の発作だ……」



〈左から、よろけたおばさんがやってくるうううううう!〉



 慌てて左に顔を向けると、飛来したトマトの汁に目を潰されたらしい、トマトのように丸々とした体型のおばさんが、よろめきながらも確かな重量感をもってオレに迫ってきた。


 場が騒然と、一種のお祭りムードになりつつある。


 ああ、嫌だ。


 こんなことがあるから、人混みを歩くのは嫌なんだ……。


「な、なんか知らんけど、こんなカオスなところにはようおれんわ! 悪いけど、ウチは先に帰らせてもらうで!」



 慌てて立ち去ろうとする少女を見送るタイミングで、オトンの盾が再び叫ぶ。



〈前方にバナナの皮が落ちているぞおおおおおお!〉



「そんなバナナ!」


 ドタバタと逃げる少女のすぐ前の地面に、心無い誰かによって、無責任に投げ捨てられたバナナの皮があった。


「あっ、あぶな――」


 オレが慌てて呼び止めたものの、時すでに遅し。

 

 少女は思いっきりそれを踏みしめて、


「ぎゃふん!!」


 見事なまでの前のめり姿勢で転んだ。


 大丈夫かと駆け寄ろうとすると、



〈あぶなァーい! 上から襲ってくるううううう!〉


 

 再び盾が叫んだので、慌てて空に向かって盾を構える。

 ああ、もうどうしようもない……。



「うわーん! どないなっとるねーん!」



 少女の悲鳴があたりに響いた。


 オレも、叫び出したい気持ちで一杯である。

 本作の「オトンの叫ぶ盾」は、アルスター伝説にある「オハンの盾」をモデルとしております。持ち主の危険を察知すると叫び声をあげるとされている、伝説上の盾です。

 少女から、叫び声をあげるオトンの盾を手に入れたラックズ君。彼は自らの不運を乗り越えることが出来るのでしょうか。


 その答えが出るのは、まだ先の話なのです。

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