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第13話 うっかり赤江を叩き売る少女!

 拝啓


 お師匠様。

 抜刀のしすぎで痛めた腰は、少しはマシになったでござろうか。もう決して若い御歳ではないのですから、ふんどし一丁で山籠もりだとか、素振り1万回だとか、はては辻斬り狩りだとか、そのような無茶なことをされずに、十分に体を労わって過ごしてくだされ。

 さて、お師匠様のいいつけどおり、修行の場を仁本からオルメディアへ移してから、早くも3か月が過ぎ申した。冒険者として、日本にはおらぬ小鬼ゴブリンやら大鬼オーガやらを相手にする中で、拙者の剣の腕も日毎ひごとに研ぎ澄まされている、そのような気がしております。

 何を言うか、まだまだ未熟ではないかと大笑いされるお師匠様の顔が、頭にありありと浮かぶようでござりますが、ともかく、肌を焼く夏の日差しに負けぬよう、日々精進を続けておりまする。


 ただ、拙者を取り巻く今の状況は、夏の太陽よりもはるかに険しいものであるわけで――

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「おサムライさんよお! オレ様が頼んだのは、墓にわいたゴーストの討伐……だったよなあ? なのに、なんで墓まで斬っちまったんだ!? 手元が狂ったなんて言い訳にならねえ。ものの見事にバッサリいっちまっているじゃねえかゴラァ!」


 夏の陽天の下、拙者こと風間誠次郎は、自らの刀で両断してしまった墓の前で、ガラの悪い依頼人達に囲まれていた。拙者の肌は今、太陽の熱によって流れる汗の他、それとは違う種類の冷たい汗が、たらたらと背筋をつたっておる。


「ええと、あの、その……墓を斬ってしまったのは……つい、うっかり」

「うっかりって何だボケェ! 先代ボスの墓なんだぞ! 特注で純金製で馬鹿デカくて、他に類を見ねえスペシャルでゴージャスな墓なんだぞっ! テメエの稼ぎなんて秒で吹っ飛ぶお高い代物だってことを、しっかりはっきり理解してんのか、オォン!」


 そう、此度、拙者が誤って斬ってしまったのは、世にも珍しい純金製の墓石なのである。

 

 最初にその墓と対面した時は、流石は世界の中心地オルメディアよ、拙者の祖国である仁本とは違い、かように豪勢な墓があるのだなあと感服したのだが、まさかそれを両断することになるとは、全く思いもよらなかった。

 今、数刻前を振り返ってみても、なぜ、どのような誤りで、墓を両断してしまったのかが全く分からぬ。


 強いて言うならば「うっかり」斬ってしまったということになるのであろうか。


 ふと、この刀を売ってくれた女子の「うっかり変なモンまで斬らんように、十分に気ぃつけるんやで」という忠告が、今更ながらに脳裏に蘇ったが、時すでに遅し。


 なんとか失敗を取り戻すには、誠心誠意、ひたすらに謝り通すしかない。


「誠にあいすまぬっ! このとおり、このとおりでござりまするっ!」


 拙者は膝を地に折り、頭を深く下げ、精一杯の土下座をした。

 侍としての誇りがどうたらとか、恥がなんたらだかは関係ない。

 なんとか依頼主に怒りをおさめてもらわねばならぬ。


「おうおうおう! さっきからすまんすまんって言っているがよォ。おサムライさんとあろうものが、まさか謝って済まそうと思ってんじゃあねーだろうなあ!」

「そっ、そうでござるな! 確かに、『御免で済んでは岡っ引きはいらぬ』と申すことじゃし――」

「それを言うなら、『ゴメンで済んだら衛兵はいらねえ』だろうが! やっぱテメエふざけてんなあ!」


 ……ああっ、拙者のバカっ!


 魔が差して口にした軽口のせいで、状況はさらに悪化してしまった!


「いやいやいや! 断じてふざけはおりませぬぞ。そうか、うむ! おるめでぃあでは、そのような言い回しをするのであったか。ははは、これは勉強になり申したぞ」

「テメエがするのは勉強じゃなく弁償だこの野郎! その前に、ボスに突き出してやる。どんな処分が下されるか、せいぜい楽しみにしやがれ!」


 ああ、なぜじゃ。

 なぜこんなことに……。

 

☆ ☆ ☆ ☆ 


 時は、拙者がうっかり墓を斬ってしまった日の、二日前までさかのぼる。


「100万ディール、とな」


 オルメディアの冒険者ギルド本部に設置された掲示板を眺めていると、法外な報酬の依頼書が目に入り、拙者の目は釘付けになった。


〈お墓にゴースト系モンスターが発生して困っています。これではお墓参りも出来ません。冒険者の皆さまの力で、何とかしていただけないでしょうか。 

 提示報酬:100万ディール〉


 何度も目を擦るが、報酬額は100万ディールのままである。


 掲示板に貼りだされた他の依頼を確認すると、大鬼の巣の掃討が10万ディール、蛇人の討伐が一体につき二万ディールとある。暴れ竜の討伐という高難易度のものもあるが、それでも50万ディールである。


 以前に受注した「小鬼の巣の掃討」の際は、一体につき、およそ5千ディールの稼ぎであり、拙者は合計で4万ディールを稼ぐことに成功したが、次から次にあらわれる小鬼に手を焼き、大変な苦労を強いられた。しかも、この稼ぎは次の冒険の支度のために使うことになるから、実質、懐に入るのは1万ディールでござった。


 それを鑑みると、100万ディールという金額が、いかにあり得ぬ報酬であろうことは、冒険者歴二か月の拙者でも分かる。


 それにしても、お墓参りが出来ぬからと、ポンと100万ディールを出すという依頼主は、一体、どこの御仁なのだろうか。相当な人物が眠られる墓だから、いくら金を出しても惜しくはないという意気込みなのかもしれぬが……。


 依頼主側の事情はともかく、大金が手に入るのなら、ぜひとも受けてみたいと思うのだが、依頼内容が「ゴースト系モンスターの討伐」なのが問題なのである。


 幽霊は実体が無いゆえに、ありとあらゆる武器が通用しない。むろん、拙者の得物である刀も例外ではないから、この依頼を拙者が引き受けるのは無理である。徳の高い僧侶や神官、呪いに秀でた陰陽師、自然現象を操る魔法師の類でなければ、幽霊を相手にすることは叶わぬ。


 そう、無理なのは百も承知……なのだが、100万ディールの金額には、どうしても後ろ髪を引かれる思いを抱いてしまう。


 なぜなら、拙者は今、大変赤貧の身。


 オルメディアでの暮らしが短いがために、売られている物の相場が全く分からず、商人の川に行けば行商人たちにボラれ、生活が次第に苦しくなっていったのだ。つい先日も、とある占い師の口車にのせられ、「幸せの壺」なるものを購入したばかり。


 ついつい、大金を懐に収めることが出来ればなあと、想像をふくらませてしまうのも無理からぬことだと思う。


 もし、100万ディールが手元にあれば、拙者の生活はどれだけ改善されることだろうか。少なくとも、オルメディアに移ってから主食としているパンに困ることは無くなるだろう。遠慮なく、腹一杯、好きなだけパンを食うことが出来るに違いない……。


 ……いや、待て。


 そもそも金に余裕があるならば、パンを食わずともよいのではないか?


 オルメディアでは、パンが一つにつき50ディールでそこそこで手に入るから、金の無い拙者は、仕方が無くパンを食うことにしておるが、別に好きで食べておるわけではないのだ。仁本には無い、あのモサモサした食感の食べ物には、未だ馴染めずにいるのが現状である。


 拙者が本当に食いたいのは、パンではない。


 米が食いたいのだ。

 

 仁本人の誇りであり魂である、白米が食いたいのだ。

 

 商人の川で、行商人が米を売っているのを見かけるものの、仁本では考えられぬほど、べらぼうに高い値が付けられており、手が出せないでいる。

 しかし、100万ディールもあれば、どれほどの米を手に――


……いや、さらに待て。


 100万ディールがあれば、ただの米ではなく、大名家御用達ごようたしの銘柄米「ツヤヒカリ」を仕入れることも、決して夢ではござらぬぞ。


 茶碗一杯に盛られた、燦然と輝く白米の姿を想像しただけで、拙者の喉がゴクリと鳴り、遅れて腹も鳴った。体が、白米の醸し出す甘みを欲しておる。


……しかしながら、いくら拙者が岩本流免許皆伝の腕を持っていようと、刀で幽霊が斬れるわけがない。だから、拙者が100万ディールを手にすることは不可能なのだ。


 そう、さっきからどうしようもなく堂々巡りを続けておるが、刀で幽霊は斬れぬ……斬れぬのだ。


 残念ながら、想い描いた夢は、はかない夢のままで終わってしまうのが落ちであろう。ツヤヒカリはあきらめる他はない。


 そんなことを勝手に夢想し、勝手に残念がっていると、


「その依頼は、マジでパネェから受けねえほうがいい」


 背後から声が掛かった。振り向くと、


「これはこれは、ネフィル殿ではないか。その節はどうも」


 弓術士のネフィル殿が立っていた。

 まだ20歳そこそこの若者であるが、既に冒険者歴5年であるという、拙者にとっては先輩冒険者の一人である。


 拙者が初めて冒険者ギルドから依頼を受注した際、ネフィル殿から冒険のイロハを手取り足取り教わったのだ。さしずめ、ネフィル殿は拙者にとって、冒険の道のお師匠様であると言っても過言ではない。


「して、依頼を受けないほうがいい、とは何故でござるか?」

「それは、ヤクザ者のゴールドバーグの依頼だぜ」

「ヤクザとな」


 裏稼業というものは、どこの国にだってあるものなのだ。


「だが、やくざ者が、冒険者ギルドに依頼を出せるものなのかの?」

「弱みを握られた奴が代わりに依頼を出すとか、そりゃあ色々と手はあると思うぜ」

「なぜヤクザ者達は幽霊に困っておるのだろう。街にはオルメディア教会もあるし、冒険者なんてゴマンとおる。ゴーストを退治する伝手は色々ありそうなものじゃがのう」

「人様の恨みを買うような、何かとスネに傷のあるマジパネェ奴らだ。事情はしらねえけど、色々大変なんじゃね?」


 いずれにせよ、拙者に幽霊など斬れる由もなし。


 その依頼は拙者には縁がないものと、その時は、思っていたのである。


・・・・・・・・・・

 

 冒険者ギルドを出てから、その足で商人の川へ向かった。


 天下の台所、「逢阪おうさか」の街に匹敵する活気が、この場所には立ち込めている。ありとあらゆる国から訪れた商人たちが、皆に負けじと活気のよい売り声をあげており、こちらまでその熱に当てられそうになるほどだ。


 商人と客の熱が入り乱れる大通りで、拙者はふくよかな体格の米商人と相対していた。


「米俵1俵が15万ディールとな……いくらなんでも高すぎるように思うのじゃが……」

「米は高級食でござんすからねえ。しかも、これは炊くとツヤツヤと輝く、目でも舌でも味わえる大人気ブランド『ツヤヒカリ』ざんす。これでも大分勉強させていただいておりますざんす」


 左手で団扇をパタパタと仰ぎながら、その商人は鷹揚に口にした。


「安くしてこれでござるか? 冗談でござろう。そのようなあり得ぬ値段で、どこの誰が買うと申すのだ。大名でも顔をしかめる値段じゃぞ?」

「そう言われましてもねえ。オルメディアにもお得意様はおられますから……あっ、噂をすれば」


 振り向くと、大きな荷車と、それを曳く二頭の馬が止まっていた。二頭の馬は「邪魔だ虫けらめ」と言いたげに、鼻をふくらませ、威圧的に拙者を見下ろしておる。


 米商人は、荷車を駆る馭者から、どっしりとした金貨袋を受け取ると、米俵を荷車へと積み始めた。その数、なんと5俵。

 俵を積み終わった荷馬車は、悠々とその場を引き上げていった。


「……あれは、どこの御仁でござるか?」

「冒険者一家でござんす。お得意様でござんすね」

「ぼ、冒険者とな……!」


 聞けば、弓の名手として有名な冒険者一家であるという。

 一等級の冒険者ともなれば、あの値段をものともしない財力を得ることが出来るのか。夢がある話というか、なんというか。


 そしてなるほど、彼らのような大金持ちが大量に米を仕入れるがために、一向に米の値が下がらぬのだ。米商人が左団扇なのも納得である。


 ため息を一つ吐き、米商人の元を立ち去る。米はもう諦めるとして、冒険に有用なものが売っていないかと辺りを見まわしているとき、


「今日も目玉商品のお時間がやってきたでっ! ゴーストを斬ったという、幻のポン刀がここに参上や。ゴーストにお悩みの剣士も、これ一本ですべて解決やで! ほれほれ買った買った!」


 活気あふれる子供の声がした。声のする方へと顔を向けると、赤頭巾を被った女子が、輝くような笑顔を振りまき、売り声を上げていた。


 さすがは大都市オルメディア。

 ずいぶんと年若い商人もおるものよと感心しておると、


「おっ。本職のおサムライさんが通りかかるなんて、こら運がええわ。そこのおサムライさん! ウチが持ってきたポン刀を見ていかへん?」

「うむ。刀とあらば、見てみようぞ」


 商人の女子の前には刀掛けが置かれており、そこに一振りの刀が飾られておる。それが女子のいう商品であるようだ。

 許可を得てから、その刀を鞘から引き抜くと……儚ささえ感じさせるような青白い刃がさらされた。


「かようなところで仁本刀が売られているとはのう。しかも、幽霊を斬ることが出来るとな……」

「その通りやで! これさえあれば、知らん間に湧いてくるわずらわしいゴースト系モンスターなんてイチコロや! 一家に一本備え付けときたい品やな、これ一品ものやけど」


 お師匠様より、オルメディアには世界各国から様々な物が集まってくるのだと聞いておったが、まさか幽霊を斬ることの出来る刀が売られていようとは。そのようなもの、仁本では見たことも聞いたことも無い。


「ムフフ。おサムライさんには、このポン刀の良さが分かるやろ?」

「実にいい刀じゃのう。ちゃんと斬れそうなところがいいのう。それと……ふむふむ、重さもいい感じじゃのう。うむうむ、総じて、とてもいい感じじゃ」

「むむむ……? 言うちゃ悪いけどおサムライさん……なんかコメントの質がよろしくないっちゅうか、とても残念な感じがするで?」


……実は拙者、恥ずかしながら、刀にはそれほど明るいわけではない。


 お師匠様から、侍ならば、刀を目利きする目ぐらい養えと、ことあるごとに説教されてきたのだが、正直、問題なく斬れるならばそれでよいと思っておる、そんな体たらくである。


「して、この刀には銘があるのかの?」

「ムフフ、実はこのポン刀には、とってもユニークな名前がついとるねんで。その名も!」

「その名も?」

「……………」


 そこで、女子は石のように固まってしもうた。


「むう、どうしたのじゃ?」


 拙者が問うと、女子は難しそうに眉を寄せ、


「うむむ……ウチとしたことが、うっかり商品の名前を忘れてしもたで。もう喉元まで出て来とるねんけど……うーん、むーん、むむむ、うっかり……アカン、思い出せへんわ」

「幽霊を切る刀といえば、『うっかり赤江』が有名どころですなあ」


 背後から男性の声が聞こえたので振り返ると、そこには身なりの良いご老人が立っていた。彼は掛けた眼鏡を指で持ち上げつつ、


「うっかり赤江は、赤江派の刀匠が生み出したとされる伝説の一振りであり、とある豪胆な武士が残した逸話と共に、長く語り継がれている存在でございます。

今よりもはるか昔、豪胆な性格で知られる一人の武士が、幽霊が現れると噂される夜の山道を歩いておりました。しばらく歩いていると、前方に、暗がりの中で一人たたずむ女の姿が見えてまいりました。

夜も深いというのに、なぜこのような場所に立っているのだろう。武士が不思議に思っておりますと、その女は、彼の姿を認めた途端、にっかりと不気味な笑みを浮かべました。そして、気味の悪い表情はそのままに、音もなく、ずずずと武士との距離を詰めてくるではありませんか。

人間とは思われないこの女こそ、噂の幽霊であると確信した武士は、向かってくる女を一刀のもとに斬り伏せたのでございます。

翌日の朝、再び武士がその場所を訪れると、あの女の姿はどこにもありませんでした。代わりに、見事に両断された石塔が、その場に残されていたとのことです。

この出来事を境に、武士の持ち物である刀は『うっかり赤江』と呼ばれるようになり、幽霊を斬った刀としてその名を残すことになったのでございます。

今も幽霊斬りの輝きは健在、といったところでございますなあ」


 誰に宛てるでもなく、怪談とも豪傑譚ともとれる逸話を語り終えたご老人は、にっこりと微笑み、そして去っていった。


「有識者のオッチャンはいつも突然現れるなあ。気配もなく現れるところはゴースト顔負けやで」

「うむ。物知りな方でござったなあ」


 流石は世界に名高いオルメディア。並々ならぬ知識を持つ方がおられるようだ。


「それにしても、幽霊斬りのう……うーむ……」


 拙者が、あごに手をやりつつ考えていると、商人の女子は「何を考えてはるんや?」と、不思議そうな顔をする。


「先ほどの話について、拙者なりに考えておったのじゃが……話の中の武士は、単に石塔を幽霊と見間違えただけではないかの」

「むむむ? その心はなんや」

「夜の暗がりでは、揺らめく枝垂れ木を幽霊と思い込むこともあると聞く。あの逸話は、幽霊を斬ったことを伝えるものではなく、石塔を難なく両断した刀の冴えを示したものである、ということじゃろうと思うのじゃ」

「いやいや、そんなことはないで」


 いや、おそらく間違いないであろう。

 さきほどは、オルメディアには幽霊を斬る刀も集まるのだと、半ば本気で思っておったのだが、冷静に考えれば武器で幽霊を断ち切ることはできぬだろう。本当にそのような芸当が出来るとあらば、幽霊を斬った剣士の腕前はもっと有名になっているはずだ。


 しかし、石塔を難なく両断できるとあらば、まさしく名刀の類。


 刀に疎い拙者であるが、名刀を腰に佩きたいという欲はある。名刀を手に、日々精進し続けることで、あこがれのツヤヒカリに一歩また一歩と近づけるに違いない。


「ちなみに、その刀はいくらするのかのう。値段によりけりではあるが、ぜひ購入したいと思う――」

「……ああっ、なんちゅうこっちゃ! ウチは今、とんでもない事実に気が付いてしもたで!」


 突然、女子が叫びに似た声を上げた。


「急にどうしたのじゃ?」

「ごめんやけど、この商談は無かったことにさせてもらうで!」

「……なぬ?」


 なんと、女子は慌ただしく店じまいを始めたではないか。拙者が、刀を買うと申しておるのに。


「その刀を買いたいと思うのじゃが……」

「こんなロクでも無いポン刀を売るわけにはいかんわ。売ってしもたが最後、あとで苦情を受けることになるさかいな!」

「苦情? もしや拙者が、その刀は幽霊を斬れぬと言ったことを気にしておるのかの。そのことなら心配ご無用じゃ。幽霊を斬れずとも、石塔を容易く切断できる刀ならば、ぜひとも――」

「むむむ? 何を言うてまんのや。この刀は、幽霊をぶった斬れる刀やで」


 拙者の言葉に、女子は怪訝な表情を浮かべた。

 いや、そんな顔をされても反応に困るのだが……。


「それならば、なおのこと購入したいと思うがの」

「……おサムライさん。この刀は、有識者のオッチャンが話してくれたお話どおりの刀なんやで。うっかり別のモンを斬ってしまう刀を、本当に使いたいんかいな」

「何じゃと?」


 うっかり別の物を斬るとは?


 頭の中で疑問符を浮かべる拙者の前で、女子は理由を口にした。


「なんでこのポン刀の名前には、『うっかり』っちゅう、けったいな言葉がついとるのか、ずっと不思議で仕方が無かったんやけど……有識者のオッチャンのお話と、さっきのおサムライさんの解釈を聞いて、その名前がつけられた理由が分かったんや」

「拙者も、『うっかり』赤江とは、ずいぶんと独特な銘じゃのうと思っておったがの。して、その理由とは?」

「あのお話に出てきたおサムライさんは、幽霊だけを斬るつもりが、うっかり背後にある石塔を斬ってしまったんや。だからこそ、『うっかり赤江』なんちゅう、変わった名前を付けられたに違いないで!」 

「……それはまた、ずいぶんと風変わりな解釈じゃのう」


 幽霊を斬ることに成功したが、背後の石塔を「うっかり」まとめて斬ってしまった……まあ、女子の言う通りの如き解釈も、ありえるにはありえる……のか?


「幽霊を斬るのはええとしても、巻き添えに他のモンまで斬ってしまう刀なんて、あぶなっかしくて仕方が無いわ。こんな欠陥品扱いされそうなモン、最初から売らんに限るで!」

「ううむ……」

「お客さんがウチの商品を使ったせいで、間違って斬ってしもたモンの持ち主から、謝罪と賠償を要求されるなんて……考えるだけでも背筋がゾゾッとする、なんとも末恐ろしい話やで! まさしく夏に持ってこいの怪談やなあ」

「怖さの方向性がずいぶんと気もするのう」

 

 剣士の身から言わせてもらえば、巻き添えに他の物を斬ってしまうのは刀が悪いために起きるのでない。

 それはひとえに、剣士の腕が未熟なのである。まるで修行がなっていないからなのである。


「もう一度問うが、幽霊を斬れるという話に、噓偽りはないのじゃな?」

「もちのロンや! 大根みたいにスパスパ斬れるで!」

「よし。ならば買おう」


 ええっと、少女は驚いた声を出した。


「ホンマに買ってくれるんかいな。使い方を間違ってしもたら、とんでもないことになるかもしれんで?」

「ははは、拙者を見くびってもらっては困るなあ! 拙者はこれでも、音に聞く岩本流の師範代よ。刀の扱いに関しては、四肢を動かすも同然の腕前じゃ。万が一にも、うっかり狙いを外すなんて粗忽そこつな真似、するはずもないというものじゃ」

「盛大に前振りをカマしとるように聞こえるんやけど……リスクを承知で買ってくれはるなら、仕方がないなあ」

「ちなみに、値段はいかほどかの。拙者は貧乏であるが、刀のためならば大枚をはたく覚悟はできておるぞ」

 

 これも先行投資というもの。愛しのツヤヒカリを手に入れるためならば、少々の金銭的痛手には目をつむろう。そう思っておると、


「幽霊をぶった切る『うっかり赤江』を、な、なっ、なんと! たった1000ディールでご奉仕や。驚きで背筋がゾゾッとするドッキリ価格やで!」

「せっ、1000となっ!?」


 1000ディールとは、あまりにも格安。あり得ぬ値段ではないかと思うたが、女子はこの刀を欠陥品と信じて疑わぬ様子。きっと、客に悪いと思っての値付けに違いない。


 拙者が女子に銀貨を手渡すと、

 

「凛々しいおサムライさんが、幽霊を斬る伝説のポン刀をお買い上げや!」


 女子は、声高らかに言った後、拙者に刀を手渡した。


「これで、うっかり赤江はおサムライさんのモンや! けど、この刀はあの怪談の通りの力を秘めとるわけやから、十分に気いつけるんやで。幽霊の他に、うっかり別のモンを斬ってしもたら、場合によっては大事やさかいな」

「ははは、問題ない問題ない。なんせ、拙者は音に聞く岩本流の師範代でござるからのう! 刀を扱うのは慣れたもの――」

「盛大な前振りに聞こえるから言うてあげてんねんで?」

 

☆ ☆ ☆ ☆


 うっかり赤江を購入した翌々日。


 例の幽霊退治の依頼を受注した後、拙者はゴールドバーグ家の敷地内に足を踏み入れていた。


「まさか、ゴースト退治の依頼で、おサムライさんがいらっしゃるたあ思いませんでしたよ」


 ゴールドバーグ家の門の前に立つ拙者を、ボスの側近であるという男が、温かく迎えてくれた。

 依頼人のことを悪く言うのはどうかと思うが……どこからどう見ても悪人面である。リーダー格の男には、顔に他者を威圧するような傷跡があり、また腕にはサソリの入れ墨が彫ってある。

 おまけに、拙者を取り囲うように立つ四名の男たちも、もれなく悪い面構えだ。まるで悪人面の見本市である。


「冒険者ギルドにずっと依頼を出していたんだがよぉー。だーれも依頼を受けてくれなかったんだ。実は、ゴールドバーグが本当の依頼者だと知ったとたんに、みんなビビッて逃げちまってなあ。オレ達は、墓をなんとかしてもらいてーだけなのによお」

 

 彼は、拙者の肩にどっしり腕を置き、「だが、おサムライさんは他の奴らとは違って肝が太いねえ、気に入ったよ! オレ様の自慢の顔を見ても、逃げようとしねえもんよお」と、自慢であるらしい悪人面で、にこやかに微笑みかけてきた。


 逃げ出したい気持ちもやまやまであったが、全ては100万ディールのためである。それに、別に悪事に加担するような、やましいことをするわけではない。墓を荒らす幽霊を始末するだけなのだ。


 彼らに連行……いや、案内されたのは、大きな庭の一角である。


「あれが、先代ボスの墓さ」

「あれが、墓とな」


 太陽の陽を受ける墓石は、まさかの純金製である。夏の日差しを受けて、ギラギラと輝いておる。


「先代ボスは、とにかく派手好きな方でなあ。今のボスが、金をかけて用意させたんだよ」


 金はあるところにはあるものなのだ。どうやって稼いだ金かは怖くて問えぬが。

 貧困にあえぐ拙者が、墓を物珍しく眺めておると、墓の前の空間が揺らぎ、一つの像を結び始めた。


「そしてアレが、忌々しいゴーストだよ」


 人のようにも布のようにも映るそれが、墓の前でゆらりゆらりと揺らめき、やがて「ケケケ……」と不快な声で笑い始めた。


「あいつがいるせいで、おちおち墓参りもできねえと、ボスも困っているんだが……本当に、アンタにゴーストが退治できるんだろうな?」

「斬ってみせよう」


 依頼を受ける前に、うっかり赤江を試せばよかったのだが、残念ながらそのような機会には恵まれなかった。


 つまり、幽霊斬りは此度が初めて。ぶっつけ本番である。


 鞘の鯉口を切り、すらりと刀身を抜くと、青白いきらめきが白日の元へとさらけだされる。


 拙者は、刀を上段に構えつつ、じりじりと幽霊との間を詰めた。

 我関せず揺らめいていた幽霊であるが、拙者の剣気に気づいたのであろう。

 こちらへと体を向けると、とたんに敵意をむき出しにする。


 幽霊が拙者へ攻撃を加えようとするその一瞬を突き、


「チェス、トー!」


 肺の腑から気を全て吐きだし、渾身の一撃を見舞う。


「ギィヤアアアアアア!」

 

あたりに、幽霊の断末魔の叫びが響くと同時に、幽霊の姿は霞のように溶けて消えた。


 真に幽霊を退治せしめるとは……うっかり赤江、恐るべし。

 

 しかし……幽霊に刃を振り下ろした瞬間、刃が物質を両断する、確かな手ごたえを感じたのだが……はて、実態無き幽霊を斬ったはずなのに、手ごたえがあってよいものだろうか。そう思っておると、



 ズシン!!



 拙者の腹にまで響く衝撃が生じたのである。

 

 恐る恐る、墓に目をやると……見事に両断され金塊と化した姿がそこにあった。



「なっ、なななっ、なっ! なんてことをしてくれやがるんだああああ!」

 


・・・・・・・・・・・・・

 


そして、時は現在に戻る。


「さて、どう落とし前をつけてくれようかねえ……」


 縦に真っ二つに切断された金色の墓の前で、妙齢の女性が拙者を冷たく見下ろしておる。


 どうやら、先代元締めの娘であり、今は彼女がゴールドバーグ家の元締めであるらしい。


「派手好きで、女好きで極悪な、ロクでもない父親だったけれども、アレでもアタイの肉親なんだ。その墓を斬った男を許したとあっちゃあ、ゴールドバーグの名が廃るんだよ……」


 ぞっとするような色気と、妖艶なる気品。

 これが、世に言う「絶世の美女」であるか。

 その絶世の美女が、世の全てを絶やさんとするかのような眼差しで、拙者をじっと見つめておる。


 どうしたものか。師匠仕込みの「土下座」が効かないとあっては、最終奥義を出さざるを得まいが……。

 ことが起こったのは、そう逡巡し、足に力を込めた時であった。


「うわあああああ、出たっ、レイスだ!」

「れいす?」


 悲鳴のする方を見ると、


 先ほどの幽霊とは明らかに違う、なんともおどろしい幽霊が、墓を漂っておった。ボロボロの装束から除く髑髏と、鋭利な長い爪……強面の悪党達が「れいす」と名付ける存在、アレが幽霊の元締めのようだ。拙者が仲間を斬ったために、御礼参りに訪れたのやもしれぬ。 


「や、やめろおおおお……ぎゃん!」


 れいすの方は人間を掴めるようだが、悪党たちからは触れることも出来ないようだ。奴めは、悪党を掴んでは投げ、掴んでは投げを繰り返しておる。


「何をしているんだいっ! さっさと逃げな! アンタたちには無理だよ!」

 

 彼女が悪党達に向かって叫ぶと、なんと、れいすはカタカタと不気味な音を立てながら、娘に狙いを定めたではないか!


「姐さん!」


 悪党の一人が叫ぶ声を聴いたその時、拙者は即座にうっかり赤江の鯉口を切った。刀が火花と共に鞘を走り、一筋の光芒を悪霊に向かって解き放つ。


 向かう刃、そして返す刃による瞬速の二段切り。


「岩本流奥義が一つ『雲雀返し』」


 事が終わった次の瞬間には、すでに刀身は鞘の中へと納まっている。


 悪霊の元締めは、悲鳴を上げる間もなく散華した。

 自身に何が起こったのかも分かってはいまい。

 死すら感じさせぬ刹那の斬撃、これこそが岩本流居合術の真骨頂よ。


 ……と、自身の技前に惚れ惚れとする拙者であったが、頭に引っかかることがある。


 幽霊に太刀を入れた瞬間、布を斬るかのような感覚が手元に残ったのだが……。


「姐さんっ! ああっ、なんてことだあっ!」


 男の声が庭に響き渡る。


 まさか……またうっかり、幽霊以外の物を斬ってしまったのではあるまいな!

 人を斬ったとあらばそれこそ洒落にはならぬがっ!?


「ボスがあられもない姿にっ!」

「ふがいないオレ達への御褒美ですか!」

「まさかここが桃源郷っ!?」


 ……何やら様子がおかしい。拙者が恐る恐る目を開くと……悪党の元締めたる女子の、はだけた胸元がそこにあった。麗しき桃が2つ……。


「炎天下 たわわに実る 桃二つ……とな」


 即座に桃の正体に気が付いた時、拙者は赤面するとともに、おおいに狼狽ろうばいした。


「こっ、こっ、こいつ! ボスの服を斬りやがったぞ! なんてありがてえ……いやいや、なんて太ぇ野郎なんだっ! このドスケベサムライを囲え囲え!」


 男たちに囲われる前に、拙者の足は迷わず地を駆けていた。


 土下座でも技前でも収拾が付かぬのならば、わき目も降らずに退散するのみ!

 

 兎もあっと驚く脱兎の如き逃走術こそ、岩本流剣術、真の最終奥義よ!!


 お師匠様。

 拙者は計らずも、また足腰が強くなったようでござる。

 本作の「うっかり赤江」は、実在する名刀「にっかり青江」をモチーフとしたものです。

 とある勇猛な武士が、柳の下でにっかり笑う幽霊を斬ったことから、にっかり青江という銘になったとされていますね。本話も、怪談話自体は元ネタを踏襲させていただいております。



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