第12話 頭をかち割る宝貝を叩き売る少女!
〈我が心の日誌〉
1500年水之月2日
オルメディアの鍛冶屋「スターライツ」に発注していた特別製の手斧が、昨日ついに完成した。そして本日、狩猟に用いてみたため、その時のことをここに記す。
結論から記載すると、今回投げた手斧は、手斧史上まれにみる投げ心地であり、ワシを驚嘆させるに足る物であった。もしやすると、手斧界に新たなる金字塔が打ち立てられたのかもしれない……少し大げさかもしれぬが、長いこと投てきをやり続けたワシが感涙するほどに、実に素晴らしい仕上がりだったのである。
記念すべき第一投目は、遠方で草をはむ鹿に対して行った。
投げてまず驚かされたのは、リリース時にかかる手首の負担が極めて軽いことだ。刃の重量が、重すぎず軽すぎずの、実にほど良い具合なのである。そのため、重心が捕らえやすく投げやすい、そして投げた時のブレもまた、極めて少ない。抜群の投げ心地である。
そのおかげで、初めて投げる物であるにも関わらず、ワシはいとも簡単に鹿に対してヘッドショットを決めることが出来た。目標に向かって手斧が描いた、あの美しい放物線を思い出すたびに、思わずため息が漏れてしまう。
その後も、木に向かって何度か試し投げをしてみたが、一投ごとに、この手斧には投げモノに求める要素が、高水準かつバランスよく揃っていることを実感した。
何をおいても素晴らしいのはやはり、刃に使用されたイリディアン鋼だろう。
イリディアン鋼は鉄よりも遥かに強靭で、なおかつ軽いことで知られた、誰もが認める高級素材の一つであるが、普通は剣や槍に用いられ、手斧に用いられることはまず無い。しかしながらワシは以前から、イリディアン鋼で鍛造された手斧はさぞかし素晴らしい出来栄えになるに違いないと確信していた。本日、ワシの目に狂いは無かったことが、こうして証明された形となったのである。
さてここまで、本品の素晴らしさを褒めに褒めてきたのだが、たった一つ、問題点がある。それは、先にも書いた通り、他の手斧と比べると遥かに高コストであるということだ。
イリディアン鋼は希少であることはもちろん、加工方法も特殊であるために、どうしても値が張る。通常は、名工が最高級の武器を鍛造するために使用されるものであるため、ワシが鍛冶屋に依頼した際も、「手斧にイリディアン鋼を使うなんて、聞いたことが無い」と驚いていた。事実、この手斧の値段は、なんと200万ディールもしたのだ。
日ごろから投てきを嗜む玄人から、これから投てきを始めようとする初心者にまで、万人におすすめしたい名品であったが、値段がおよそ万人向けとは言い難いのが惜しいところである。
〇ワシの個人的評価
投げ心地:☆☆☆
費用対効果:☆
☆ ☆ ☆ ☆
「よし。手斧の最終評価は、二つ星!」
ワシは、日誌の最後に「二つ星」と書き入れ、机の引き出しへしまった。そして、机の上に置いた最高峰の手斧を掴むと、壁の武器掛けへと飾る。
部屋の壁には、過去にワシの個人的評価である「星」を得た、栄えある「投げモノ」達がズラリと並んでいる。槍や銛、ブーメランといった投てき武器の王道から、東国から取り寄せた手裏剣や錨、さらには盾や鎧や包丁といった、本来投げて使うものではない品まで。
今回の手斧も、ワシを満足させる見事なものであった。値段が張るものでさえなければ、最高評価である三ツ星を得ることも夢では無かったやもしれぬ。
山小屋から出ると、暖かな木漏れ日が差す、美しい森の景色が視界に広がった。鼻には木々の青々とした清涼感含む匂いが、耳には小鳥達のさえずりが聞こえる。林立する木の間には、のんびりとくつろぐ二頭の鹿の姿があった。
今年でワシも50歳。
思い返せば、猟師として人生の半分以上を森の中で暮らしてきたが、木々と動物たちが織り成す美しい景色は見飽きることはない。朝も昼も夜も、自然はワシの目を常に楽しませてくれる。
大きく背伸びをし、清涼なる森の空気を楽しみながら、さて次は獲物に何を投げつけようかと思案していると、
「これはこれはナーゲルさん。今日もお元気ですねえ」
馴染の顔が木々のあいだから現れた。
オルメディアで暮らすレオン君、そして彼の息子のクライン君である。
レオン君が頭を下げると、その隣でクライン君も、「こんにちは! ナーゲルさん」と、爽やかな笑みを浮かべた。
「こんにちは。二人も元気そうでなによりだ。今日も狩猟かね?」
「ええ。これから親子二人で、森に罠を仕掛けようと思いまして」
一等級の冒険者であり、一流の狩猟者でもあるレオン君は、よく親子二人でこの森を訪れている。親子揃って弓の名手であり、特にクライン君はまだ10歳になったばかりだと言うのに、すでに大人顔負けの技量を誇る。聞くところによるとクライン君は、猛然と向かってくるイノシシに矢を放ち、その身体を木端微塵にしてみせたというし、慌てて逃げるウサギ100羽を瞬く間に仕留めたこともあるのだとか。
レオン君も、才能ある息子さんに恵まれて、さぞかし鼻が高いだろう。
「私たちはこれから、仕掛けた罠を見に回るところですが、ナーゲルさんもこれから狩りのご予定ですか?」
「いいや。これからオルメディアへ、狩猟に使う新しい投げ物を探しに行こうと思ってね」
「なるほど。商人の川でお買い物というわけですね」
「その通り。あっと驚く品が見つかることがあるからのう。今日はどのような品と出会えるか、ワクワクが止まらんよ」
レオン君達も、ワシが投てきによる狩猟方法を好むことをよく知っている。彼らと出会った当初は、「矢は投げて使うものではありませんよ」と注意を受けたこともあったが、それも今では笑い話である。
「じゃあ、さっそく街へ出かけることとするよ。『スローライフ』を充実させるためにのう」
ワシは二人と別れ、その足でオルメディアへと向かった。
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冒険と商売の都市オルメディア、その顔の一つに数えられる「商人の川」は今日も、周囲に負けじと声を張り上げる行商人と、目当ての物を探そうとする客達の活気で満ちている。
ワシは普段、森で仕留めた動物の皮や肉を食材店へ卸すために、肉屋等の店が立ち並ぶ商業区の方へ足を向けることが多いのだが、投てきに用いる道具を探す際は、他国から訪れる行商人が扱う品を期待して、よく商人の川を訪れる。
一週間前にもここの商人から、内側に反った刃が特徴的な他国産の投げナイフ「ククーリナイフ」を購入したばかりだ。あれは重さも重心の捉えやすさも抜群の代物で、ワシの「二つ星」を獲得した逸品だった。
さて、本日はどのような掘り出し物に出会えるだろうかと、期待に胸を膨らませながら商人の川を歩いていると、
「今日もレアモンを持って来たったで! チャイナックル大陸に存在した謎の戦闘種族『センニン』が愛用した伝説の投てき武器、その名も『宝貝』や! 数多の頭をかち割ってきた伝説の貝を、たった1000ディールでご奉仕するで! ズドンと脳天に響く衝撃価格や!」
元気よく売り声を張り上げているのは、まだ10歳にも満たないであろう、赤ずきんの少女である。子供の商売と言えばせいぜい靴磨きまでだったと思うが、今どきは武器を売る子まで居るのか。
感心したのはそれまでで、ワシの頭はすぐに、少女の売り文句に反応した。
伝説の投てき武器と、そう言ったのか?
「今回のはホンマに凄いで! 標的に向かって投げると、それはもうごっつい速さでぶっ飛んで行ってやな、ズドンと重たい一撃を脳天に与えるんや! こんなとんでもない貝、他では絶対に手に入らんで!」
投てき武器と聞いてはほっては置けない。ワシはさっそく、商人の少女に声を掛けることにした。
「少し良いかな」
「さっそくお客さんかいな……って、これはまた、えらくガタイのええオッチャンやなあ! 腕なんか、筋肉でパンパンやん。オッチャンは並の冒険者じゃないみたいやな」
「ははは。そう驚かれると、年甲斐もなく照れるじゃないか。だが、ワシは冒険者じゃあなくて猟師だ」
「猟師っちゅうのは、そこまで身体を鍛え込まんとアカン職業なんかいな。かなりハードなお仕事なんやなあ」
「別に、体を鍛えなければ務まらないというわけでもないぞ。ただ、ワシの場合は皆とは違って、武器や物を獲物に投げつけて狩猟を行っているのだよ。この身体も、長年投てきを続けている内に、自然とこうなったというものだな」
物を投げるという行為には、それ自体に心身を大いに向上させる効果がある。投てきを続けていけば、目標に武器を確実に命中させるために必要となるもの……バランスの良い体幹や、研ぎ澄まされた精神力、相手との距離を測るための動体視力が、自然と養われていく。当然、重たいものを投げ続ければ、知らず知らずの内に、筋量も増えていくことになる。
皆がこぞって行う筋力トレーニングを否定するわけではないが、強靭でしなやかで美しい肉体を獲得したいのならば、なによりも投てきが一番。それが、武器、防具、道具を問わず投げ続けた、このワシの結論である。ダンベルを使って筋トレを行う暇があったら、そのダンベルを遠くに放り投げるべきであると、ワシは常々思うわけだ。
そうだ、これまでのワシの経験を生かして本を出版し、世に投てきの良さを知らしめるべきかもしれん。そうすれば、ワシのように投てきを趣味とする人も増えるに違いない。
「ほへー。猟師っちゅうたら、弓と矢を使うイメージがあるけど、そういうやり方もあるんやなあ」
「もちろん、弓を投げることもあるぞ。この前も、鹿のキョトンとした頭に見事、弓を命中させてやった。アレは我ながら、惚れ惚れとするヘッドショットだったなあ」
「弓を、投げる……? 弓を引くの言い間違いやろか」
会話もそこそこに、ワシは本題に入る。
「先ほど、伝説の投てき武器を売っていると聞いたが……」
「その通りやで。投げモノ好きのオッチャンを満足させること間違いなしの逸品や!」
そう言って、彼女が後ろに置いてある袋から取り出したのは、先端から中ほどまで節が付いた、一本の鉄の棒である。滑り止めをほどこした握りがついているところを見るに、武器としてつくられたものだということがわかる。
「中々変わった形の棒だなあ。こいつで殴られると痛そうだのう」
「ムフフ、鉄の棒に見えるけど、実はそうとちゃうねん。こいつは『宝貝』っちゅう、れっきとした貝の一種なんやで」
「貝……なのかい」
どこからどう見ても鉄の棒であるが……本当に貝なのか、これは。
思い起こせば、確かにこの子は、最初の売り文句からして「宝貝」であると口にしてはいた。その時のワシは、きっと何かの聞き間違いだろうと、軽く流していたのだが……。
ワシの疑問に意を介さず、少女は大いに語る。
「遥か昔、チャイナックル大陸に『センニン』と呼ばれる戦闘種族が存在したんや。そのセンニン達が武器として用いた貝が、この『宝貝』や。センニン達は二つの陣営に別れてやな、気に入らん相手に向かっていろんな形の貝をぶん投げ合っては、頭のかち割り合いを繰り広げとったらしいで」
ワシは、狩猟と投げモノ以外のことについては学が無い。大昔にセンニンという種族がいたというのも初耳である。
しかし、目の前の鉄の棒が、貝であるとはとても信じられない。
「貝というのは、やはりあの貝のことか。海や川に棲む、生き物の……」
「もちろん、その貝のことやで」
改めて問うワシに対して、少女は迷いなく答えた。併せて、「生き物やけども、別に噛んだりせえへんから怖がらんでええで」と付け加える。まあ、噛まれるとは思ってはおらんが……。
「どこからどう見ても、貝には見えんがのう」
「何事も、見た目で判断したらアカンねん。こいつは紛れもなく貝やで。なんせ、『宝貝』っちゅう名前やさかいなあ!」
「そう言われてものう……」
そこで少女は目を険しくし、鉄の棒を高く掲げた。
「ダマされたらアカンでオッチャン! 宝貝がこんな姿なのは、こいつが巧妙に、鉄の棒のモノマネをしとるからなんやで。オッチャンも猟師なら知っとるやろ? 自然界には、他の動物や植物のマネっこをして生きとるモンがおるっちゅうことを」
「擬態というものだな。森の中にも、木の枝そっくりの姿で、天敵から身を守る虫がいるぞ」
ワシがそう言うと、少女は我が意を得たりといいたげな顔した。
「その通りや! 宝貝もそういったモンと同じ、いわゆる、マネっこ動物っちゅうやつやな。それにしても、さすがは謎の戦闘種族センニンが武器として使った珍生物やで。鉄の棒のマネっこをして人様をダマそうとするとは、一筋縄ではいかん、ホンマにヤッカイな貝やで!」
「ふうむ」
ワシは、森の中で狩猟一筋に生きてきた不器用な男だ。
職業柄、森に生息する獣や植物、虫等の生態は熟知しているが、水の中に棲む生物についてはほとんど知識がない。遥か遠方の地、チャイナックル大陸の生物のこととなると、門外漢もいいところである。
そんな物知らずのワシが、鉄の棒に擬態する貝がおるという話を否定できようか。いや、出来るはずがない。ワシのちっぽけな知識など遠く及ばぬほど、世界は限りなく広いのだ。
50歳でありながら、また一つ専門外のことに詳しくなったワシは、少女に言った。
「鉄の棒に擬態する貝が存在するとは、世界は広いものだ。お嬢に教わらなければ、ワシも宝貝に騙されたままだったろう。しかし、センニンとやらも不思議なことを考えるものだ。ワシならばともかく、素人がこのような形の貝を投げたとて、狙い通りに飛ばせるわけが無いと思うがの」
「そう思うやろ? でも、心配は無用やで。どんな下手な投げ方をしても、絶対に標的の脳天へ命中するようになっとるさかいな」
「どういうことじゃろう」
そこで、少女は大きく胸を張った。
「この宝貝は、生き物に向かって投げつけられると、吸い込まれるように標的の頭へ飛び掛かって、その脳天をカチ割り血をすする、見た目からは想像もできひん残虐で獰猛な生態を秘めとるんや!」
「なっ、なんだとおっ!」
驚きと恐怖のあまり、ワシは大きくのけぞり、柄にもなく尻餅をついてしまった。
チャイナックルには、そんな恐ろしい貝が存在するのか!
危険で知られる紅毛熊だって、そこまでは残虐ではないのだぞっ!
「残虐で獰猛な生き物やけども、別に噛んだりせえへんから怖がらんでええんやで?」
「だ、だが、飛んで頭をカチ割ってくるのだろう!? どう考えても危険じゃあないか!」
「やから、誰かに投げつけられた時だけ凶暴になるねん。普段は、指でツンツンしてもピクリとも動かへん、とっても大人しい生き物なんやで」
「う、うむ……なるほど」
言われてみれば確かに、少女に握られた宝貝は、さっきからじっとしていて、まるで動く気配もない。とりあえず襲われることは無いと知り、ワシは少なからずホッとした。
「チャイナックルのセンニン達は、宝貝の特殊過ぎる生態に目を付けて、生物兵器として利用しとったわけやな。戦闘民族は考えることがえげつないで」
生き物の生態を利用した投てき武器とは、実に興味深い。
ぜひこの場で試してみたいと思ったが、
「オッチャン。ここでこいつを試そうと思ったやろ? でもな、それはやめたほうがええで。宝貝を下手に投げたら痛い目見るさかいな!」
少女の警告に、ワシの興味は一層高まった。
「ほほう、そこまで威力が高いのかい」
「簡単に頭をかち割るんやで? そりゃあ、威力も折り紙つきや。ウチはな、この貝は歴史上、最も危険な貝に違いないと思っとるんや。さっきも言うた通り、誰かに向かって投げんかったら、なんも悪さはせえへんで。でもな、おふざけで投げるだけでも、この貝はシャレにならん勢いで、誰かの脳天目掛けてぶっ飛んでいくんや」
「軽く投げてみるのも駄目なのかい?」
「アウトや。こいつは大人しくしとる間にも、常に何かしらの頭をかち割りたくてウズウズしとるさかいな。狙いを決めずに投げようもんなら、誰に当たるか分かったモンやないで。やからこそ、こいつを使うときは、ちゃんとターゲットを決めてから投げんとアカンのや」
「取り扱い注意の投げモノなのだな」
「その通りやで。こんな平和なところで試し投げをして、うっかり誰かの頭をかち割りでもしてみい。そんなことになったらエライこっちゃやで! 貝を投げたオッチャンも、貝を販売したウチも、二人まとめて街の衛兵さんに捕まってしまうで」
少女は両手を前に突き出し、御縄にかかるポーズをした。
すぐにでも試したくて仕方が無いが、衛兵に捕まるのはごめんだ。
収容所に送られてしまったら、ワシの投てきライフはそこで終わってしまう。
「ううむ。試せないのは惜しいが、仕方あるまい。どのような投げ心地かは、本番までの楽しみにとっておこう。よし、では買いだ! 1000ディールだったな」
ワシは金貨袋から銀貨を一枚取りだし、少女に渡した。
「即決とはありがたいで。ムキムキのオッチャンが、頭をかち割る宝貝をお買い上げや!」
☆ ☆ ☆ ☆
宝貝を購入した日の翌日、ワシが山小屋の前で狩猟の支度をしていると、
「おはようございます、ナーゲルさん。なんだかご機嫌な顔をされていますねえ」
昨日に続き、レオン君とクライン君が顔を出してくれた。聞くと今日は、昨日に仕掛けた罠の様子を見に来たのだと言う。
「ふふふ、実は町の商人から、とても変わった形の貝を買ったのでね。これから試し投げをしようと思うのだよ」
二人に例の宝貝を見せると、レオン君は一目見るなり、怪訝そうな顔をした。
「貝、ですか……ええと、ナーゲルさん。これは鉄の棒ですよね、どこからどう見ても。生き物どころか、人の手で作られた武器のように思えるのですが……」
「ワシも始めはそう思っておったのだがな、これを売ってくれた商人によると、この貝は大昔にチャイナックル大陸に存在した戦闘種族、『センニン』が闘争に利用した生物、その名も『宝貝』だというのだ。鉄の棒のような姿も、宝貝が擬態しておるためにそう見えるというわけだな」
「擬態、ですか」
首を傾げるレオン君であったが、やがて得心したのか、
「なるほど。これはこれは、珍しい形の貝もあったものですねえ。鉄の棒に擬態する貝がいるだなんて、世界は広い。いやあ、私もすっかり騙されてしまいましたよ」
「狩猟者であるワシらの目をも欺くとは、これぞ天然自然の脅威というものだな。ワシはこれから、宝貝の投げ心地を確かめようと思うが、よければ君達も一緒にどうだい?」
「いいですねえ。ご一緒させていただきますよ」
そうして三人で、レオン君達が罠を仕掛けてまわったルートを歩いた。一つ一つ罠を見て回ったが、ほとんど不発に終わっていた。一つだけ、うさぎを捕えていたと思しき罠があったが、すでに他の動物たちに襲われた後であり、残念ながら、レオン君達の収穫にはならなかった。
それと出会ったのは、最後の罠の場所へたどり着いた時である。
ワシらの視線の先、おおよそ10メートル程の距離に、熊がいた。あの燃えるような赤い剛毛は……。
「紅毛熊だ。これはこれは、とんでもない大物が掛かっているじゃあないか、レオン君!」
「おおっ。あれはクラインが仕掛けたトラばさみですよ。罠で熊を捕まえるなんて、さすがは私の息子だっ! すごいぞ、大手柄だぞっ! 弓だけでなく罠の才能まであるなんてなあ! 罠の神様……そう、ワナ神様と言っても過言ではないっ!」
「う……うん。でもお父さん。あの熊、相当怒ってるよ。大丈夫かな?」
クライン君が仕掛けたトラばさみは、紅毛熊の足にしっかりと嚙みついていた。他の熊のよりも二回り大きく育つこともある紅毛熊だが、目の前の熊はまだ若く、サイズも人間の大人と大差がない。
しかし、いくら若いと言えども、手負いの紅毛熊は手当たり次第に生き物を傷つけるほど攻撃的になるから、なるべく早く仕留める必要がある。
「クライン君、もしよければだが、ここでワシの宝貝を試しても良いかね」
「ええ、大丈夫ですよ。僕もナーゲルさんの投げるところ、見てみたいです」
宝貝が不発に終わっても、先日に二ツ星認定したイリディアン鋼製の手斧を持って来ている。手斧ならば、あれほどの大きさの紅毛熊でも、問題なく狩ることが出来るだろう。
右手で貝の先端を握りしめ、大きく振りかぶって投げた。
ワシの手から離れた宝貝は、くるくると縦に回転しながら、中々の速度で熊の胴体目がけ飛んで行く。
はじめて投げる物にも関わらず、我ながら、素晴らしい投げっぷり!
しかし、やはり熊を狩るには、貝では役者不足ではないだろうか……そう思っていたのだが、そこでなんと、貝が驚きの動きを見せたのだ。
直線的な軌道で飛ぶ宝貝が、熊に届こうとする位置で、急激にその軌道を修正したのである。鋭角に曲がるその様は、まるで稲光が走るかのようである。
投てき力学的にあり得ぬ動きを見せる宝貝は、凄まじい勢いをそのままに、熊の脳天へと吸い込まれた。「バキッ!」と、骨が砕ける音があたりに鳴り響く。
ぐもおおおおおおおおお!
宝貝に襲われた熊は、くぐもった悲鳴とともに、どっと地面に崩れ落ちた。そのまま、ピクリとも動かない。
「ナーゲルさん。私の見間違いかもしれませんが、あの貝、さっきすごい角度で曲がりませんでしたか?」
「うむ。ワシは、ただ真っすぐ投げたつもりなのじゃが……」
レオン君達と倒れた熊の体を確認すると……なんと、熊の頭蓋が、しっかりとかち割られているではないか!
「す、すごい! 投げられると、目もくれずに脳天をカチ割っていくこの習性! こいつはなんて……なんて残虐で獰猛な貝なのだ!」
「紅毛熊をたった一撃で倒すだなんて! これは凄い貝ですよ、ナーゲルさん!」
「ああ! センニンが武器として目を付けたのも納得の破壊力だなっ!」
熊の脳天を割った獰猛な宝貝は、倒れた熊の傍らでじっとしていた。ワシが恐る恐る指でツンツンしても、全く動く様子が無い。あれだけのことをしたというのに、もう完全に鉄の棒になりきっている。
普段は大人しく、投げられた時だけ凶暴になると言う話は本当のようだ。
「ねえねえ、ナーゲルさん。次は、僕も投げてみてもいい?」
クライン君が目を輝かせながら言うので、ワシはとても嬉しくなる。
「良いぞ良いぞ、遠慮せず投げなさい! しかし、しっかり標的を見定めてから投げないといけないぞ。なんせ、残虐で獰猛な貝だからのう!」
「うん! 気を付けて投げるよ」
ぶもおおおおおおおおお!
その時、ワシらのすぐ近くから、怒りに震える熊の唸り声が聞こえた。
そこには、さっき仕留めた熊をさらに一回り大きくしたサイズの紅毛熊がいて、後ろ足で立ち上がり、ワシらを威圧するように見下ろしていた。
「よし、クライン君。宝貝を投げるのだ!」
「分かった! えいっ、やーっ!」
掛け声とともに、熊に向かってクライン君が宝貝を投げつけた。
弓の腕は達人級でも、投てきはやはり初心者。速度も足りていないし、狙いも大きく外れている。残念ながら、普通ならば熊に届くこともないだろう。
だがしかし、宝貝はまたもや恐ろしい習性を発揮する。
地面に落ちそうになった宝貝は、突然、宙で大きく跳ね上がるような軌道を描くと、その勢いのまま、紅毛熊目掛けて飛び掛かったのだ。
そして、熊の頭にズドン!
ぼもおおおおおおおおお!
宝貝を頭に受けた熊は、咆哮を上げた後、地面に倒れて動かなくなった。先ほど見た光景と同じである。
「やったぞ! ナイスヘッドショットだ! どうだいクライン君、とてもいい投げ心地だっただろう!」
「これはすごいよナーゲルさん! 僕でも、簡単に熊にあてられたよ!」
「さすがは私の息子だっ! まさか弓や罠だけじゃあなくて、投てきの才能まで秘めていたなんて! 天才っ、まさに神童っ! お父さんも鼻が高いぞっ!」
「ええと……お父さん。多分、これは誰が投げても、頭に向かって飛んでいくと思うよ?」
ワシたちが、狩りの成果に喜んでいると、
「なるほど、あれは仙人が用いた伝説の兵器『宝貝』の一つ、その名も『打震鞭』ですな」
木々の陰から、眼鏡を掛けた老紳士が現れた。
上品な仕立ての服装は、森には全く以て似つかわしくない。
「ああ、あなたは有識者の。お久しぶりです」
レオン君は、どうやらあの男性と出会ったことがあるらしい。
有識者であるらしい紳士は、レオン君に軽く会釈してから、ゆったりと語りだした。
「今よりも遥か昔、古のチャイナックル大陸には、大地に住まう人間の世界『人界』と、天空に居を構える仙人の世界『仙界』、二つの世界が併存しておりました。神秘の力をその身に宿す仙人達は、天の頂から、人間たちの営みを静かに見守っておったのです。
しかし、人界を統治していた国王が、仙界の女仙を軽んじる詩を読んだことから全ては一変。やがて、人界と仙界が入り乱れ争う、かつてない戦乱の世へと突入するのです。
その際に、仙界の仙人達が争いに用いたのが、『宝貝』と呼ばれる仙界兵器です。彼らは、多種多様な力が秘められた宝貝を用いて、戦乱の世を戦い抜きました。
あなたが持つ硬鞭は、『姜始牙』という名の仙人が用いた仙界兵器、『打震鞭』に違いありません。姜始牙がひとたび打震鞭を天に投げ上げれば、その鞭に宿る神通力によって、標的の脳天へ不可避の一撃を加えたと伝わります。その神秘の硬鞭により、彼は数多の仙人の頭を叩き割り、世界を平和へと導きました。
チャイナックル大陸から遠く離れたこの地で、古の神秘の硬鞭とまみえることになろうとは、実に――」
「硬鞭? ははは、そこの物知りの人。どうやらアンタも、すっかり騙されておるようだ」
「はて、騙されるとは?」
不思議そうに首をかしげるのをよそ目に、ワシは今しがた熊の脳天を勝ち割った宝貝を高々と掲げた。
「鉄の棒にしか見えんだろうが、決して騙されてはならんぞ。こいつは『宝貝』と言う、れっきとした貝の一種でな。見かけからは想像も出来ない、恐ろしい生態を秘めておるのだぞ」
「……えっ、貝? いや、そんなはずはない。それは確かに宝貝という、仙人が創造した神秘の硬鞭でして――」
「パーペーだかペーパーだかは知らぬが、コイツは宝貝という名前の貝なのだよ。普段は巧妙に擬態しておるから、鉄の棒にしか見えんのだが、投げた途端にその獰猛さをあらわにするのだ。かくいうワシも、最初はてっきり、ただの鉄の棒じゃないかと思い込んでおったのだがな」
「ぎ、擬態? すみませんが、私には、あなたが何のことをおっしゃっているのか、さっぱり分からないのですが……」
「擬態とは、ほら、アレだ。森の中にもおるだろう、木の枝に化ける虫達が。アレと同じ、他の者達のマネをする動物が、大自然には確かに存在するのだよ」
「もちろん、擬態がなんなのかは存じておりますとも。しかし、それとこれとは全く話が――」
やれやれ。
巧妙に姿を擬態し人をも欺くとは、なんて恐ろしい貝なのだろう。あの物知りらしき人なんか、完全に騙されてしまっている。
いや、待てよ。もしかすると、この手の物は知識のある人ほど騙されてしまうものなのかもしれん。一度そうだと思うと、それにしか見えなくなってしまうアレ……いわゆる、固定観念というものに違いない。
頭が凝り固まってしまっている有識者の紳士は、再び何かを言いかけようと口を開いたが、
「騙されてはいけませんよ、有識者の方」
「騙されちゃいけないよ、おじさん」
レオン君とクライン君が同時にたしなめると、有識者の紳士はとても困った顔をし、何度も首を傾げながら去っていった。
彼もいつか、自分が宝貝に騙されたということに気が付くであろう。
〈我が心の日誌〉
1500年水之月4日
これは凄い投げモノを見つけてしまった!
初めて投げたあの衝撃を思い出すたびに、興奮を禁じ得ない。その興奮のまま、あの衝撃をここに記す。
数千年前に、チャイナックル大陸に存在した「センニン」が用いたという、頭を勝ち割る宝貝。見た目は鉄の棒(硬鞭に近い)であるが、商売人の少女曰く、それは宝貝が、鉄の棒に擬態しているがためにそう見えるのだという。独自の進化を遂げた生き物もいるということなのだろう。
今日は数回、検証のために宝貝を投げてみたが、なんと百発百中、全て頭に向かって飛んでいったのだ。鹿や熊、猪、そのどれもが、頭を勝ち割られる結果になった。
なんという無慈悲! なんという獰猛さなのだろう!
投げモノ初心者であるレオン氏、クライン君でさえ、この貝は裏切らなかった。誰が投げても、絶対に目標物に当たるのだ。
この素晴らしい投げモノが1000ディールなどとは、まさに掘り出し物。
投げ心地:☆☆☆
費用対効果:☆☆☆
その他:誰が投げても、絶対に目標物の頭を目掛けて飛んで行く。
最終評価は……
「うむ、これは文句なしの三つ星!」
本作の「頭をかち割る宝貝」こと「打震鞭」は、封神演義にて太公望が扱った宝貝「打神鞭」を元にしております。天に向かって投げると、対象の頭に自ら飛んで行き、頭をかち割り絶命せしめるという、恐ろしい仙界兵器です。
ただ、封神演義には同じような武器が多々登場することで有名でして、多くの仙人が頭をかち割る武器を使うのですよね……私が知っているのは安能版の封神演義ですが。
ちなみに、週刊少年ジャンプで連載されていた封神演義は傑作です。読みましょう!




