第11話 ニッチな下着を叩き売る少女!
仕事終わりのお酒は、いつだって美味しいものだ。
「真の仲間達」と飲み交わすお酒なら、その美味しさは100倍付だ。
「今日もお仕事、お疲れさん! オレたち『真の仲間達』の成功を祝して、乾杯っ!」
魔物討伐の仕事の後、才能ある魔法師であるわたし、メイ・クランベリは、三人の仲間達と酒場「黒犬のチョビ髭亭」に集まって、打ち上げに興じていた。
リーダーのロッシの音頭でグラスを互いにぶつけ合った後、エールを思いっきりのどに注ぎ込む。グッとくるホップの苦みと、カッとくるアルコールの熱さが、わたしの身体に活力を与えてくれる。
「今日も上手く連携がとれましたね。本日の成功は、皆さんの勇気があってこそですよ!」
真の仲間の一人、女神官のライカがにこやかな顔をして言うと、ロッシがすかさず、
「何をおっしゃりますかあ! オレ達が勇気を出せたのは、ライカの癒しの神術があったからこそだよ。さすがは『真の仲間達』の名ヒーラーだ! ほらほら、タルコフも何か言ってやりなって!」
ロッシが静かに微笑むタルコフの肩を叩きながら言うと、彼はしみじみとした口調でつぶやいた。
「……真の仲間か。なんど聞いても良い響きだ」
「『黒鋼のタルコフ』は言うことが渋いなあ! よっ、いぶし銀っ!」
そして酒を飲んでハイになったロッシは、続けてわたしを指さした。
「そして今回は、なんといってもメイの火炎魔法が効いたなあ! 炎が苦手なオーク共がタジタジだったぞ!」
ロッシの振りに、わたしはグラスを大きく上げて応えた。
「ふふふ……あったりまえよ!」
火炎魔法によって、襲い来るオークたちの足を止めたのは、何を隠そう、このわたしなのだ。
今日、冒険者のわたし達が相手にしたのは、オルメディアの西の洞窟に現れた20匹越す大量のオーク。
知能は低いが、生半可な攻撃が通じない頑健な体と、人間を大きく上回る暴力を誇り、一匹でも討伐するのに苦労するそれを、わたしたちはなんと、5体も倒すことに成功したのだ。
わたし達が今回とった戦略はこうだ。
まず、わたしが迫りくるオークの目の前に、魔法で火の壁を生成する。奴らが熱さでひるんだところに、ロッシが自慢の剣で攻撃する。傷つき暴れるオークの攻撃は、防御に秀でたタルコフがしっかり引きつける。タルコフが受けた傷は、ライカが癒しの神術で回復する。そして、ロッシと共にわたしも攻勢に転じ、ダメ押しの火炎球をオークの顔面に叩き込む!
これこそが、凶暴で獰猛なオークを仕留めるにいたった、「真の仲間達」の真の連携である。
「お持たせしました! 六面鳥の塩焼きです」
わたしたちが盛り上がっている時に、さっそく頼んでいた料理が運ばれてきた。給仕を見ると、わたしがよく知る顔がそこにあった。
「あら、そこにいるのはジモンじゃないの。久しぶりぃ~」
わたしが手を振ると、ジモンは頭をかきながら「メイ先輩、お疲れ様です」と
微笑みを返してくれた。
ジモンは、わたしと同じログワーツ魔法学校の卒業生で、わたしの後輩にあたる。
子供っぽい顔をしてはいるけれども、飛び級に飛び級を重ねた上に主席で卒業した化け物みたいな子だ。戦いではなく日常の中での助けとなる魔法を極めたいという理念があるらしく、オルメディアのあちらこちらで、アルバイトをしている姿をよく見かける。
「メイ先輩が楽しそう何よりです。ちなみに皆さんは、メイさんのお友達ですか?」
「ふふふ……ただの友達じゃあなくってよ。わたし達は、これから名を轟かせる冒険者クラン、その名も『真の仲間達』よ!」
わたしがジモンに説明すると、ロッシがグラスを掲げながら大声で言った。
「そう、その通りっ! 冒険者クラン『真の仲間達』だ。名を覚えておいて損はねえぜっ!」
「え……? もしかしてクランの名前が、真の仲間達、ですか?」
なぜか戸惑っている様子のジモンに対し、静かにエールを飲んでいたタルコフがゆっくりと口を開く。
「『真の仲間達』……実に格好良くて親しみやすい、素晴らしいクラン名だ。そうだろう?」
「え……ええと、そうですね。いいです、とても素晴らしい名前ですよ……」
ジモンがマスターに呼ばれ、仕事に戻る姿を眺めつつ、ライカが言った。
「わたし達も好成績でしたけれど、他の冒険者の活躍も物凄かったですねえ。ソロで活躍していた女性の槍使いさんは、一人でオークを4体も倒しちゃいましたし」
「遅れてやって来た、真っ黒な槍を担いだあの女だろ? あれは凄かったよなあ。たった一突きしかしてねえのに、なぜか別々のところにいるオークを一度に貫いちまった。見間違いだと思うが、俺にはあの槍の先が4つに分かれたように見えたぜ」
「あの方の活躍も凄かったですが、今回、一番オークを仕留めたのは別のグループだって聞きましたよ。3人でオークを10体以上討伐したとかなんとか」
「今回は化け物揃いだったわけだなあ」
冒険者はある意味、魔物達よりも化け物染みている。
人間よりも圧倒的にフィジカルで勝る魔物を相手にするには、人間は人間を超える必要があるのだと、昔の有名な冒険者は言っていた。
現在、業界トップを走り続けている「轟雷の群狼」のリーダー・ミルゼイ様も、著作である「闇夜に轟く雷鳴の旋律」の中で、「我々は、決して頂点に至れぬ山を登り続けているのだ。そして、常に挑戦を続ける我々は美しい」と語っている。
しかし……。
「わたし達なら、絶対に一等級の冒険者になれるわつ! だって、真の仲間がいつもそばにいるもの!」
わたしが言うと、すっかり酔いが回ったロッシが、回らなくなった舌で言った。
「おおそうらぁ! メイよ、よくろ言ったあ! 『しんの仲間たちぃ』は、ぼうけんしゃあの高みをう……目指すぞうっ!」
わたしは立ち上がろうとしたが、足取りがおぼつかない。自分が思っているよりも早く酔いが回ってきたようだ。
しかし、今日は楽しい打ち上げなのだ。こういう日は何も考えず、パーッと行くところまで行っちゃいましょう!
わたしは思いっきりグラスを空けてから、自分でさらにエールを注ぎ、元気よくその場に立ち上がると、
「うぃ~……今から一流のわたしが一気飲みするにゃ~。真の仲間たちも、後に続くんだにゃ~!!」
……その後のことは、全く覚えていない。
☆ ☆ ☆ ☆
翌朝。
わたしが目を覚ましたのは、裏通りでほそぼそとやっている宿屋の薄汚いベッドの上だった。外からは鳥の陽気なさえずりが聞こえ、窓の擦り切れたカーテンを縫うように、温かな陽光が差し込んでくる。
楽しく酒を飲んだ日の翌日は、自分の部屋ではなく、なぜかこの宿で目を覚ますことの方が多い。さて、自分はどうやってこの宿に辿り着いたのだろうかと、記憶を掘り起こそうとしてみるものの、覚えているのは勢いよくエールを一気飲みしたところまでで、その後のことは何にも頭に残っていない。あるのは二日酔いを知らせるガンガンと響く頭痛ばかりだ。
だるい身体に鞭を打ち、なんとか身支度を整えた。いそいそと宿を出ようとしたとき、宿の女主人から「おはようメイちゃん。昨日もよい猫っぷりだったわよ?」と微笑交じりにそう言われた。
以前、冒険者ギルド本部で受付嬢をやっている友達から、「メイは酔うとすぐに脱ぎたがるから困るのよ」だとか、「メイが語尾に『にゃ~』を付けだすと、後が大変なのよねえ」だとか、わたしの酔いっぷりについて苦言を述べていた。
そして、宿の主人のさっきの言葉……もしかすると、わたしはまたお酒でやらかしてしまったのだろうか。
しかし、過ぎてしまったことを気にしても仕方が無い。次に同じことをしないよう、しっかり気を付ければそれでよいのだ。
宿屋を出てから辺りを散歩している内に、二日酔いが段々とおさまってきた。体調が回復してきたところで、せっかく裏通りにいるのだからと、近くで店を開いている魔導触媒店へ寄ることにした。
裏通りにひっそりと居を構える古めかしく妖気が漂うお店……「ユニコーンと乙女」、通称『オババの店』である。扉の前には、骨で作られたチャームや鹿の頭骨などが飾られており、一見さんでは入りにくい、アンダーグラウンドな雰囲気を醸し出しているが、魔法師の中では有名な店だ。
人を喰ってでもいそうな怪しさ満点のお婆さんが店を切り盛りしており、生物系統の魔導触媒のことはあのお婆さんに聞けと言われるぐらい、魔法師達から非常に高い信頼をおかれている。
わたしが扉を開くと、婆さんは「フエッフェッフェッ……いらっしゃい、お嬢さん」と、独特な笑い声と共に迎えてくれた。
「おはようお婆さん。さっそくだけれど、そろそろ入荷した? 例のアレだけど」
「例のアレ? フエッフェッフェッ……お客さんの数だけ『例のアレ』があるからねえ、はて、ドレのことだったかのう」
そうだった。このお婆さんは、商品の名を正式名称で伝えなければ。察してくれないのだった。
私は、記憶するのさえも面倒な魔導触媒の名を、嫌々口にする。
「ほら、アレよ。『世界一標高の高い山であるアヴァランテ山に存在する幻の高原草アヴァランテ・サンサンの種子を食べたばかりのネズミの仲間であるアヴァランテ・チルチラを丸呑みしたばかりの蛇の仲間であるアヴァランテ・イーターの胃の中から未消化のアヴァランテ・チルチラを取り出しさらにそのアヴァランテ・チルチラの胃の中から取り出した未消化の高原草アヴァランテ・サンサンの種子をアヴァランテ山の土の中で三年間寝かしたもの』よ」
頭が混乱する名前であるが、何故かこれが「世界魔法師連盟」にて登録されている、世界標準名称なのだから仕方がない。
「フェッフェッフェッ……『世界一標高の高い山であるアヴァランテ山に存在する幻の高原草アヴァランテ・サンサンの種子を食べたばかりのネズミの仲間であるアヴァランテ・チルチラを丸呑みしたばかりの蛇の仲間であるアヴァランテ・イーターの胃の中から未消化のアヴァランテ・チルチラを取り出しさらにそのアヴァランテ・チルチラの胃の中から取り出した未消化の高原草アヴァランテ・サンサンの種子をアヴァランテ山の土の中で三年間寝かしたもの』なんて、そうそう手に入らんよう。お嬢さんも、ご承知のことだと思うがねえ」
「お婆さんの店なら、なんでも手に入るって評判だけれど……」
「フェッフェッフェッ……『世界一標高の高い山であるアヴァランテ山に存在する幻の高原草アヴァランテ・サンサンの種子を食べたばかりのネズミの仲間であるアヴァランテ・チルチラを丸呑みしたばかりの蛇の仲間であるアヴァランテ・イーターの胃の中から未消化のアヴァランテ・チルチラを取り出しさらにそのアヴァランテ・チルチラの胃の中から取り出した未消化の高原草アヴァランテ・サンサンの種子をアヴァランテ山の土の中で三年間寝かしたもの』は、アタシにとっても幻の触媒さね」
「そうなのね」
「だがね、動植物由来の触媒をお探しなら、新たに発見された『ポルトガのサラマンダー養殖場でカエンシイタケを食べて健康に育ったサラマンダーの成体が吐き出す炎でじっくり焼いたジャポンの海で育った栄養失調気味の天然ウナギの蒲焼き』がおススメだよう」
「……え? 今なんて?」
素で聞き逃したわたしに、オババはにやりとした笑みを浮かべて、
「じゃから、『ポルトガのサラマンダー養殖場でカエンシイタケを食べて健康に育ったサラマンダーの成体が吐き出す炎でじっくり焼いたジャポンの海で育った栄養失調気味の天然ウナギの蒲焼き』じゃよう。火属性の魔法と親和性が高い触媒じゃ。もっとも、使い手を選ぶ品だけれどもねえ、フェッフェッフェッ……」
……ああ駄目だ。
無駄に長すぎる魔道触媒の名前を聞いているだけで、悪酔いの頭痛がぶり返してくる。
昔っから思っていたのだけれど、長ったらしくて覚えにくい、頭が痛くなりそうな名前を正式名称として登録するのは、底意地が悪いとしか思えない。
わたし達のクラン名『真の仲間達』が、どれだけシンプルで記憶にも残りやすく、かつエレガントな名前なのかが、よく分かろうものだ。
「ポルトガのサラマンダー 以下略」の値段を尋ねると、魔導触媒にしては手ごろな値段である。ただ、比較的安定した運用が可能な鉱石系の触媒と比べ、生物系の魔道触媒は、魔法師によって合う合わないがはっきりしているから、試しに使わせてもらわなければならないのだが……悪いことに、二日酔いがぶり返してきた。
頭痛がある中で魔法を放つのは事故の元だ。買うかどうかを決めるのは、本調子の時にした方がよい。
「お邪魔したわねお婆さん」
「フェッフェッフェッ……ウナギの蒲焼きはどうするつもりだい?」
☆ ☆ ☆ ☆
「おおっ! そこにおるのは、例の洞窟で出会った魔法師のオネーサンやん。こんなところで会うなんて奇遇やなあ!」
オババの店を出てからすぐに、聞き覚えのある声に呼び止められた。
声のする方を見ると、赤ずきんを被った少女が、こちらに向かって大きく手を振っていた。
「ああ、あなたは……」
以前、ククトゥール村の洞窟で出会った、あの商人の少女である。
リザードマン討伐依頼を受注したあの日、わたし達は洞窟の中で危機に陥っていたのだけれど、彼女が持っていた「最後のハイポーション」のお陰で、窮地を脱することが出来たのだ。
あのハイポーションは、パーティ全員の体力・マナを回復させるとともに、ひっそりと死にかけていたククトゥール村の村長さんを復活させるという、ミラクルを引き起こした。
そのこともあって、わたしはあれから、冒険に出る時はポーションではなくハイポーションを持参することにしているのだが……あれほどの回復力を誇るハイポーションにはまだ出会えていない。きっとあのハイポーションは、数十年に一度の出来栄えのものだったのだろう。
「こんなところで何してるのよ」
「今日はええブツが手に入ったから、これから商売を始めるところやねん。どや、オネーサン。チョイとウチの商品を見て行かへん?」
「商売? こんなところで?」
オルメディアには商売の川があるというのに、わざわざ人目のつきにくい裏通りで商売を?
そう思っていると、
「ムフフ……今日仕入れた品はやな、分かるモンにしか良さが分からん、人を選びまくるブツなんや。はてさて、オネーサンは分かる側のモンやろか。それとも分からん側のモンなんやろか?」
少女は意味ありげな、かつ挑発的な目を向けてきた。
「その商品って、怪しいものじゃないでしょうねえ?」
「怪しいモンやないわ……って、言いたいところやねんけど、見ようによっては十分アヤシイ代物やで」
「えっ」
言葉に詰まるわたしの前で、少女は鞄をゴソゴソしだした。そして、
「こいつが本日の商品や!」
「え? これって……」
彼女が鞄から取り出したのは、二枚の布である。
はっきり口にすると……ブラとショーツである。
しかし、これはまた……ものすごく微妙なデザインの下着だ。
青と緑と赤の三原色が織り成す、けばけばしいを通り越して毒々しささえ感じさせる色合いは、目が痛くなるほどのどぎつさだ。ブラトップには、何をイメージしているのだろうか、謎のトゲトゲが生えている。ショーツの方も奇抜であり、腰の部分に、植物を模した飾りがあしらわれているのだが……この下着の作り手は、なぜハエを食べる類の食虫植物を装飾に選んだのか。
見た目があまりにもアレ過ぎるのはさておき、これは女性用下着である。
女性用下着……のハズだ。
「下着、よね?」
「その通りや。あえて万人向けとは逆を行く、一部の層のために生み出された下着界の反逆児、その名も『ニッチな下着』や!」
「ニッチ!?」
そのままの名前過ぎる……もうちょっとヒネリを加えた名前を付けるべきだと思う。
まあ、名前のことはともかくとして、これは確かに人を選ぶ下着だ。選ぶ人がいるのかしら、この下着を。
この下着を作った人も、限られた層に向けて作っただとか、そういった意図ではなく、ただ単にネタで作ってみただけなのではないだろうか。
そしてこの娘も、きっとネタでこの下着を仕入れたのだろう。そうに違いない。
だって、絶対に売れないわよ。こんなケバイ下着なんて。
「こいつはただの下着やないんや。ちいさなメダリオン集めを趣味にしとったという、今は亡きとある国の王様が所有しとった、由緒正しき下着なんやで」
下着に由緒も何も無いと思う。
「その下着を、こんなところで売ろうというの?」
「ウチも最初は、商人の川でこいつを売ろうと考えとったんやけどな。よくよく考えたら、こんなにも人を選ぶニッチなモン、人が行き交う場所で販売しても、サッパリ売れへんと思うねん。この手の下着を買い求めるお客さんは、誰にも見られへんところで、コッソリ買いたいと思っとるかもしれへんしな」
「ケバイ……いや、とてもユニークな下着ですもの。人通りのある場所では買いにくいでしょうね」
「オネーサンもそう思うやろ? やからウチはこうして、コッソリと下着を手に入れたいと願っとるであろうお客さんのことを考えて、あえて人通りが少ない裏通りで、コソコソと営業しとるっちゅうわけや!」
「コソコソというよりも、なんだか堂々としているように見えるわねえ」
大きく胸を張る少女から、彼女が持つ異彩を放ち過ぎる下着に目を向ける。そして、彼女に断ってから、それを手に取ってみると……。
「ん?」
その時、わたしは気づいてしまった。
この下着が、途轍もない魔導性質を帯びているということを。
「『分かる者にしか良さが分からない』か。なるほど、そう言うことね」
マナを扱う魔法師達が魔導触媒に触れると、身体から、ほのかな光と共に温かな熱が生み出される。物体と人間のマナが反応することで起きるこの現象を「マナ放出現象」と呼び、この現象を用いることで、その物体に魔導触媒としての利用価値があるかどうかを判別することが出来るのだ。
わたしの指がこの下着に触れた途端、身体全体が震えるようなマナの流動を感じとれた。つぶさに下着を観察すると、素材すべてが、強力な魔導触媒で構成されていることが分かる。そう、ショーツにつけられた食虫植物の飾りも魔導触媒である。
魔導触媒には魔法師ごとに相性があるから、実際に魔法を放ってみないことには使い勝手を知ることは出来ないのだが……これほどの魔導性質を帯びたアイテムには、中々お目に掛かることが出来ないのは間違いない
先ほど、この娘が口にした「分かるものにしか良さが分からない」というあの言葉。
あれは、下着の悪趣味すぎる見た目に惑わされることなく、隠された真の価値を見抜けるかという意味だったに違いない。
つまり、わたしはこの娘に魔法師としての腕前を試されていた……そういうことになる。
ドヤ顔の少女を見据えて、わたしは心の中でほくそ笑んだ。
ふふっ、まだ十歳そこらの子供なのに、大人を試すだなんて生意気じゃない。でも大人を、いや、この一流の魔法師メイ様に対して仕掛けを打つだなんて、十年早いのではないかしら?
わたしの思いが表情に出たのだろうか、少女はわたしの顔を見て、感心したような顔をした。
「おおっ。まさかオネーサンは、ニッチな下着の良さが分かる側の人間やったんかいな!」
「フフン。わたしのような一流には、自ずと『分かっちゃう』ものなんだよねえ」
思わず鼻が高くなる。
魔法学校時代、恩師に「君は魔法師としての才能は十分あるのだが、もっと謙虚な心を持った方がいいと思うぞ」と忠告されたことがあるが、性格なんてものは人それ
ぞれ。みんな違って、みんな良いと言うものだ。
「良さが分かるだけでなくて、その道の一流さんやったとは驚きやで。人は見かけによらんねんなあ。よっしゃ、天才商人のウチが、このニッチな下着の良さを存分にアピールしたるでっ!」
少女は、下着を見せびらかすように大きく広げて見せた。
「この品は、オネーサンのような一流さんを満足させること間違いなしの、至極の逸品やで! 見い、この目に焼き付くドギツイ色彩を。赤、青、緑の三原色が緻密に折り重なって、毒々しささえ感じさせる強烈なインパクトを生み出しとるんや。こんな前衛的な下着は、中々お目にかかれへんで!」
「ええと、そうね。でも、色は別にどうでも良くて——」
「こいつの凄いところはまだあるで! まずは、飾り付けが豊富なところやな。ブラのトップ部分に、ツンツンした、イバラのようなトゲがあるやろ。痛そうな飾り付けやけど、実はこれ、触り心地のええプニプニした素材で作られとるんや! 触るとホレ、とっても押し心地がええやろ?」
少女がわたしの手に、ブラを押し付けてきた。
なるほど、指に刺さりそうな見た目だが、全然痛くない。トゲのつぶれる質感が、意外とクセになりそうな触り心地だけど……。
「へ、へえ、凄いわね。でも、それは別にどうでも——」
「お次はショーツに注目や! 一際目を惹くのが、腰の部分にあしらわれた、ハエをパックンするタイプの植物の飾りやな。本物と見紛うほどに作り込まれた飾りが、オネーサンの内に秘められたワイルドさ、何でも食ったるでの肉食系スピリッツを、これでもかってくらい猛烈にアピールしてくれるわけや!」
「わたし、ワイルド系じゃなくて、インテリ系なんだけれど……いやいや、だから売りはそこじゃ——」
「野性味溢れる下着やけれど、裏地にはフィット感重視の素材が使用されとるんや。キッツイ外見からは想像できん、お肌に優しい繊細な着け心地は、こら病みつきになること間違いナシやで!」
「まあ、着け心地は大事よね。でも、もっと大事な——」
「こんなにも大胆で挑戦的な下着は、滅多なことでは拝めへんと思うわ。ウチは子供やからよう分からんけど、大人になったら、気に入った男の人に下着姿をお披露目するんやろ? この見た目が毒タイプの下着でせめてせめてせめまくれば、殿方の心をええ意味でも悪い意味でも、パックリ捕らえて離さへんで!」
「え、ええ……そうかもしれないわね」
この子、とぼけているのかしら。
さっきから、魔法のまの字も出てこないのだけれど。
「一流のオネーサンが通りかかったのは、これぞまさに運命って奴やな! ニッチな下着も、一流の理解者と巡り合えて、涙流してよろこんどるで。さて気になるお値段やけど、ありとあらゆる要素をふんだんに盛り込んだニッチな下着が、なんとたったの1000ディール! 万民の目を惹くスペシャルプライスでご奉仕や! どや、このチャンスを逃したら、これ以上のモンはどこに行っても手に入らへんで!」
にしても、さっきから少女の言い回しが気になって仕方がない。
一流の理解者って……これでは何だか、わたしがニッチな趣味を持っている一流の変な人みたいに聞こえるじゃないの!
わたしは居ても立っても居られずに、少女に問うた。
「ねえ、アナタも本当は分かっているんでしょう? その下着が、ただの下着ではないことを。見た目とか、着け心地のことを言っているんじゃないのよ? その下着には、隠された力があるんでしょ?」
すると彼女は「どえええっ!」と驚嘆の叫びをあげて、大きくのけぞった。
「ス、スゴイでオネーサン! このニッチな下着に隠された、真の能力を嗅ぎ当てるとは。目の付け所がシャープやなあ。まさにその通りやで。コイツは奇抜さだけが取り柄の下着とは違うんや。そこらに溢れとるモンとは一線を画す、神がかった力を秘めとるんやで!」
「ふふふ、やっぱりね!」
わたしのような一流の魔法師を試そうなんて、十年早いのよ!
さて、わたしの答えとあっているか、答え合わせと行きましょうか。
「ニッチな下着を身に着けたモンを目撃したモンは、なんと! 唖然とし過ぎて時間を無駄にしてしまうんやで!」
「………………………………は?」
待って。わたしの答えと違う。
唖然として時間を無駄にする?
全く意味が分からないのだけれど。
「ムフフ、この下着を身に着けた人を目の当たりにしたモンは、そのあまりにも奇抜な格好に見惚れるあまり、しばらくの間、呆然となって動けんようになってしまうんやで」
こんなセンスを疑うニッチな下着を身に着けている女が現れたら、それはそれは呆然とすることだろう。しかし……。
「で、でも、それを神がかっているって言っちゃってもいいのかしら?」
「相手の貴重な時間を、たとえ一瞬でも奪うと考えると、これは末恐ろしい下着やで。この下着の一番スゴイところやと思うわ」
そこじゃない。その下着が凄いのはそこじゃない。
計算か偶然か、おそらく偶然の方だと思うのだけれど、あらん限りの魔導触媒を用いて作られているところがその下着のウリなのである。そのはずだ。
「オネーサンは冒険者やろ? やったら、この下着を活かせる機会も多いはずやで。冒険しとる最中に、オネーサンの手に余る、危険すぎてどうしようもない魔物と遭遇した場面を想像してみい」
わたしは頭の中で、絶望的に凶悪な魔物の姿を想像する。
「思い浮かべたわよ」
「死を覚悟するような、あまりにも無謀な戦いが始まった時にこそ、このニッチな下着の真価が発揮されるんやで。まずは下準備として、今にも襲い掛かってきそうなデンジャラスな魔物の前で、上着を脱いで下着姿になるんや」
「え、ええと……」
残念、わたしの想像はそこで止まってしまった。
魔物の前で服を脱ぐわたしの姿がどうしてもイメージできないし、そもそも脱がなければならない理由が分からない。
頭がフリーズした私にかまわず、少女は得意げに話を続ける。
「そして下着姿のまま、魔物に向かって、自分の思い浮かべる中で最高のセクシーポーズを決めるんや! すると、魔物の目はもう、一流のオネーサンに釘付けや。あとは、呆然とし過ぎて固まった魔物の前から、そそくさと退散するだけで終いやで!」
「一流の露出狂じゃない」
口をついて出たわたしのツッコミにも、少女は動じた様子もなく、会心の笑みを浮かべている。
「ニッチな魅力で勝負を制す! これぞ正真正銘の勝負下着っちゅうやっちゃな!」
「言葉の使い方、間違っているわよ」
変態的な効果がある云々はさておき、最初っから分かっているとおり、魔導触媒としてはかなりの掘り出し物だ。これを着用するだけで、わたしの魔法師としての格がグンと上がることは間違いないし、しかも、たったの1000ディールとあっては……絶対に買わない手はない。
わたしは金貨袋から銀貨を取り出し……周りに誰もいないのを十分に確認してから……コッソリと少女に手渡した。
「よっしゃ! 一流のオネーサンが、勝負を決めるニッチな下着を――」
「周りに気づかれるのは嫌だから、ちょっと静かにしてくれない?」
☆ ☆ ☆ ☆
あの下着を手に入れてから、1週間後。
わたしは「真の仲間達」の皆と一緒に、ゴブリンの巣の掃討を行っていた。
ロッシとタルコフが前線を張り、わたしとライカがサポートするいつもの布陣で、ゴブリンの巣窟と化した洞窟の中を進んでいく。
そして、巣の最奥まで辿り着いたわたしたちは、ついにゴブリンの親玉であるゴブリン・キングと対峙する。
奴は、他に手下のゴブリンを4体連れていたが、わたしは満を持して自らの力を解放する。
「みんな、危ないから前を空けて! 『火の精霊よ、我が名のもとに敵を焼き尽くし給え』」
わたしが詠唱を行うと、直径1メートルほどの巨大火球がわたしの目の前に生成された。それを見たゴブリン・キング達が、絶望の叫び声を洞窟に響かせる。
「ファイアーボール!」
わたしが放ったファイアーボールは、ゴブリン・キングの身体をあっという間に飲み込んだ。そして、とりまきのゴブリンをも巻き込み、轟音と共に爆発する。
「うおっ! なんてスゲエ火炎魔法の威力だよ! いつ魔法の腕を上げたんだ? すごいじゃないか!」
爆散するゴブリン・キングを見て、ロッシが興奮を隠せない様子でわたしに言った。
タルコフもライカも、そのあまりの威力にあぜんとした顔をしている。
以前よりもマナを消費するものの、威力は明らかに底上げされている。これまでのわたしでは考えられない破壊力だ。
「フフフ……これも、真の仲間達との修行の成果よっ!!」
……言えない。
本当は勝負下着のおかげだなんて。
本作の「ニッチな下着」は、某国民的RPGに登場する「エッチなしたぎ」のパロディです。下着なのにそこらの鉄の鎧よりも高い防御力を誇り、下着姿を見たモンスターが、一ターン休みになることもある、あまりにも不思議なしたぎです。
原典には、「魔法が強くなる」という性質は無いのですが……そこはパロディですので、なにとぞ……なにとぞご容赦いただければと思います。




