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デートは視察とともに――5

 大型複合商業施設に到着した俺と蓮華は、まず水族館に向かうことにした。


 水族館の内観は、こじゃれているが落ち着きのある、上品なものだった。スタッフの対応もよく、清掃も行き届いている。訪れている人々も快適に楽しんでいるようだ。ケチを付けるところはひとつもない。


 視察を終えた俺と蓮華は、約束通り水族館デートをしていた。手を繋いだまま館内を巡り、いまは大水槽の前にいる。


 大水槽では大小様々な魚たちが泳いでいた。光を浴びてキラキラと煌めく光景は、さながら満天の星だ。


「綺麗ですね」


 舞い踊る魚たちを眺め、蓮華が、ほぅ、と感嘆の息をつく。


 大水槽からは青い光が漏れており、ほんのりと蓮華を照らしていた。青いベールに包まれた蓮華は、人魚姫のように幻想的な美しさをまとっている。


 わかっていたつもりだけど、やっぱり蓮華は美人だな。


 水族館を訪れたにもかかわらず、俺は魚に目もくれずに蓮華だけを見ていた。まるで視線が吸い寄せられたかのように。


「あっ! 見てください、秀次くん! ジンベエザメです!」


 その折り、大水槽を悠々と泳ぐ巨大魚を見つけ、蓮華が興奮気味に身を寄せてきた。俺の鼓動が加速する。首を(かたむ)ければ頬が触れそうなほど近くに、蓮華の美貌があるのだからしかたない。


 蓮華はジンベエザメを指さしているが、そちらを向く余裕は俺にはなかった。芸術的なまでに整った顔立ちに、花びらのように可憐な唇に、長くて色っぽいまつげに、心を乱されていたからだ。


 大水槽の光景より、蓮華のほうがずっとずっと綺麗だ。


 そんなクサい感想を抱いてしまい、俺の体がカアッと熱くなる。ちょうどそのとき、蓮華が俺のほうを向いた。


「先ほどから黙っていますけど、どうしたんですか?」

「い、いや、なんでもない!」


『きみに見とれていたからだよ』なんて言えるはずもなく、俺はしどろもどろになる。狼狽える俺の様子に、蓮華がコテンと小首を(かし)げた。





 大水槽を眺め終え、続いて俺たちが向かったのは個別展示の水槽だった。チンアナゴやオオカミウオなど、普段は目にすることのない魚たちを鑑賞していく。


 そんななか、蓮華がひとつの水槽に目を留めた。


「秀次くん。あの子たちはタツノオトシゴでしょうか?」

「いや、あれはサンゴタツだな」

「サンゴタツ?」


 はじめて耳にする名前なのか、蓮華が首を傾げる。その愛らしい仕草に頬を緩めつつ、俺は説明する。


「タツノオトシゴの仲間で、国内に生息しているタツノオトシゴ類のなかで、もっとも小型な(しゅ)らしい」

「詳しいですね」

「サンゴタツは一時期ブームになったからな。経営者になったときに備えて、流行にはアンテナを張っているんだよ」

「そうなんですか! スゴいですね!」


 蓮華が、感心と尊敬の混じった表情を俺に向けてくる。「まあな」と()()なく答えながらも、蓮華に尊敬されているのがことのほか嬉しくて、ニヤけそうになるのを堪えるのに必死だった。


 興味をそそられたのか、蓮華が()いてくる。


「どうしてサンゴタツはブームになったのですか?」

「交尾する際、サンゴタツは尻尾を絡めて向かい合うんだが、そのかたちがハートに似ているんだ。だからだろうな」

「へえ! ステキですね!」


 蓮華が笑みを浮かべ、水槽のサンゴタツをしげしげと眺める。水槽には複数のサンゴタツが泳いでいるのだが、そのうちの二匹がそれぞれ、おもむろに近づいていった。


 ん? もしかして、これって……。


 俺が目を見張るなか、二匹のサンゴタツが尻尾を絡めて向かい合う。紛れもない、サンゴタツのハートだ。


「ひ、秀次くん! これ、サンゴタツのハートですよね!?」

「ああ。こんな希少な光景、見られるとは思わなかった」

「わたしたちが眺めているタイミングでハートになるなんて、もの凄い確率ですよね! ラッキーです!」


 蓮華がフンスフンスと鼻息を荒くする。蓮華のはしゃぎっぷりに苦笑しながら、「そうだな」と俺も同意した。


 その折り、俺たちの隣にいた一組の男女が歓声を上げる。


「見て! サンゴタツのハート!」

「うおっ!? マジか! 祝福してくれてるんだな、俺たちを!」

「ええ! やっぱりわたしたち、相性バツグンなのね!」


 ハイテンションで彼らは笑みを交わす。会話の内容から推察するに、あのふたりはカップルなのだろう。


 恋愛成就の象徴として、サンゴタツをデザインにしたアクセサリーもあるらしいから、そのためか?


 予想して、けど、と俺は思考を続ける。


 それにしても、いくらなんでも喜びすぎだと思うが……。


 俺は首を捻り――水槽の隅に飾られているポップに気づいた。




 恋愛成就、間違いなし!

 当水族館でサンゴタツのハートを見ることができたカップルは末永く結ばれます!

 もし見ることができたら、隣にいるのは運命のひとかも!?




 そのジンクスを証明するように、ポップの下には、お揃いの指輪を()めているカップルや、仲睦まじげな新郎新婦などの写真が貼られている。


「「…………」」


 ポップを見た俺と蓮華は揃って沈黙した。


 急速に顔が火照るのを感じながら、俺は蓮華のほうを見やる。同じタイミングでこちらを向いていたらしく、俺と蓮華の目が合った。


「「~~~~~~っ!!」」


 俺たちはパッと顔を逸らし合う。ちなみに、蓮華の顔色はリンゴよりも赤かった。


「す、末永く結ばれるらしいですね」

「ら、らしいな」


 心臓がうるさくてしかたない。気恥ずかしくてしかたない。


 愛を育むサンゴタツのカップルを眺めながら、俺と蓮華はひたすらモジモジしていた。

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