デートは視察とともに――4
視察とデートは、その週の土曜日に行うことにした。
迎えた土曜日の午前九時頃、俺は待ち合わせ場所として有名な、都内の駅前にある犬の銅像の前で蓮華を待っていた。
俺たちは同棲しているので、本来は待ち合わせをする必要なんてない。それなのに、なぜ待ち合わせをしているのかというと――
「そのほうがデートって感じがするじゃないですか」
と蓮華に力説されたからだ。
そんな事情があり、準備を先に終えた俺から外出して、蓮華を待っているわけだ。
「やっぱり緊張するな」
人生ではじめてのデートということで、自分でもわかるくらい俺はソワソワしていた。隣を歩く蓮華に恥をかかせないため、身だしなみには気を遣ったが、本当にこれでよかったのかと何度も考えてしまう。
「お、お待たせしました」
意味もなくジャケットの襟を整えているとき、左側からやや強張った声が聞こえた。もちろん、蓮華のものだ。
ドキン! と鼓動が跳ねるなか、俺は蓮華のほうを見やる。
瞬間、俺は目を奪われた。
蓮華は黄色いブラウスと花柄のフレアスカートを合わせ、アクセントに紺のウエストリボンを巻いていた。足元にはウエストリボンと同じ、紺色のヒール。肩に掛けているのは黄色いポシェット。いつもは下ろしている髪はハーフアップにされており、大人っぽさが醸し出されている。
現れた蓮華に、老若男女問わず、周りの人々は揃って見とれていた。しかたないことだろう。いまの蓮華は、この世に舞い降りた美の女神としか思えないのだから。
蓮華が俺のもとに小走りで寄ってくる。見とれていたためか、その時間がやけに長く感じた。
「ど、どうでしょう、この格好? 似合っていますか?」
「……綺麗だ」
「ふぇっ!?」
期待と不安が半々といった表情で尋ねてきた蓮華に、呆然としていた俺はつい素で答えてしまった。顔を一気に赤く染めて、蓮華が素っ頓狂な声を上げる。
そんな蓮華の反応を見て、ようやく俺は我に返った。
ななななにを素直に答えているんだ、俺は!
自分が口にした感想を思い出して、俺の頬が熱を帯びる。端から見たら、蓮華に負けないくらい真っ赤な顔をしていることだろう。
なんとか誤魔化したくて、視線をさまよわせながら言葉を探す。
「い、いまの答えは、き、きみに見とれていたからであって……!!」
「見とれてくれたんですか!?」
「ほあぁっ!!」
が、テンパっていたせいでさらに墓穴を掘ってしまい、俺は奇声を発した。対する蓮華は、まん丸な瞳をより丸くして、キラキラと輝かせている。
「ビックリしましたけど嬉しいです! ありがとうございます、秀次くん!」
「そ、そうか。ならよかった」
「はい。秀次くんに褒めてもらいたくて着飾りましたので」
すでにいっぱいいっぱいだった俺に、蓮華が追撃を見舞ってきた。
俺に褒めてもらいたくて着飾った!? 破壊力ありすぎるだろ、その発言!
もはや俺は悶絶寸前だ。流石に照れくさいのか、蓮華もモジモジしていた。大変むず痒い雰囲気が、俺たちを中心に展開されている。
「じゃ、じゃあ、行くか」
「は、はい」
いても立ってもいられなかった俺は、コホンと咳払いして蓮華に促した。コクリと頷いた蓮華が隣に並び、俺たちは大型複合商業施設を目指して歩き出す。
いまから蓮華とデートすると思うと、おめかしした蓮華が隣を歩いていると思うと、ドキドキしすぎておかしくなってしまいそうだ。
そんななか、ちょん、と蓮華の右手の甲が俺の左手の甲に触れて、驚きのあまり飛び上がりそうになる。反射的に顔を向けると、蓮華はなにかを期待するように俺をジッと見つめていた。
仕草と表情で、蓮華がなにを求めているのかはわかる。けれど、それを実行するには勇気が必要だ。
それでも、デートなんだしな。
なけなしの勇気を振り絞り、震える手で蓮華の手を取る。一瞬ビクリとしたが、蓮華も俺の手を握り返してくれた。
さらに赤くなった顔で蓮華がはにかむ。
「な、なんだか照れちゃいますね」
「そ、そうだな」
たった一言、そう返すのが精一杯だった。




