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デートは視察とともに――3

「秀次くん、お茶をお持ちしましたよ」

「あ、ああ、助かる」


 心臓をバクバクさせながら応じると、マグカップを載せたトレイを携えて、蓮華が入室してきた。


「はい、どうぞ」

「ありがとう」


 マグカップに注がれているのは、いつも通り、リラックス効果のあるジャスミンティーだった。蓮華からマグカップを受け取り、俺は口を付ける。


「そういえば、ノックする直前に秀次くんの声が聞こえましたけど、誰かとお話ししていたのですか?」

「――――っ!」


 蓮華のクリティカルな質問に、俺はむせてしまいそうになった。蓮華が入ってくる直前に、『自分とデートしたいと思っているのだろうか?』などと呟いていたのだから、しかたがない。


 あからさまに動揺している俺を見て、蓮華が不思議そうに首を傾げる。


「どうかされましたか?」

「い、いや、その……お、俺がなにを喋っていたか、わかったか?」

「いえ。詳しくは」

「そ、そうか」


 どうやら内容まではバレていないらしい。もしバレていたら、散々からかわれていただろうから一安心だ。


 ホッと胸を撫で下ろすと、蓮華が眉をひそめた。


「……秀次くん、なにか隠し事をしていませんか?」

「し、してないしてない! きみが入ってくる前に俺が話をしていたのは父さんだ! 山吹グループが運営している大型複合商業施設に、視察に行ってきてほしいと頼まれたんだよ!」

「本当ですか?」

「もちろんだ! 調べればすぐにバレるような嘘をつくはずがないだろう?」

「……たしかにそうですね」


 完全には納得していないようだが、蓮華は追及の手を止めてくれた。


 言葉通り、嘘はついていないぞ、蓮華。父さんから頼み事をされたのは事実だからな。そのあとの独り言については絶対に内緒だ。


 今度は心のなかで安堵の息をつき、俺は考える。


 父さんからデートを勧められたこと、蓮華に伝えるべきかどうか……。


 伝えるのは照れくさいし、蓮華が喜ぶかどうかもわからない。なら、伝えないほうがいい――少し前の俺ならば、そう結論付けたことだろう。


 しかし、どういうわけか、いまの俺の心は、蓮華に伝えたいと望んでいた。蓮華が俺とデートしたいと思っているのか、気になっていたからかもしれない。


 とはいえ、この話を伝えることは、デートに誘うこととほとんど同じだ。コミュ障なうえに恋愛経験のない俺には、ハードルが高い。


 鼓動が速まり、手のひらがジットリと湿り、喉が渇くのを感じながら、それでも俺は、ためらいがちに口を開く。


「それで、だな? 視察さえちゃんとすれば、自由に楽しんでいいと言われたんだ。資金も出してくれるらしい」

「仕事内容の割りにリターンが大きいですね。どうしてなんでしょうか?」

「資金を得るのに条件があるからだよ」

「条件、ですか?」

「ああ。その……き、きみとデートする場合に限るそうだ」

「ほぇ?」


 蓮華が目を丸くして、謎の声を漏らした。ポカンとしている様子が可愛らしい。


 緊張と照れくささのあまり、蓮華と目を合わせられないまま、俺は()く。


「よ、ようするに、俺が言いたいのはだな? ……俺と、デ、デート――」

「します! 行きましょう、デート!!」

「返事、(はっや)っ!!」


 陸上競技だったら確実にフライングを指摘されるほどのタイミングで蓮華が応じた。そのスピードに、俺は唖然とするほかにない。


「即答にもほどがあるだろ」

「しかたないじゃないですか! 秀次くんがデートに誘ってくれたんですよ? 嬉しすぎて即答するに決まっています!」


 満面の笑みを浮かべながら、サファイアの瞳をキラキラと輝かせる蓮華。嬉しくてたまらないと言わんばかりのリアクションに、俺の頬が熱を帯びる。


 そうか……蓮華、俺とのデートを喜んでくれるんだな。


 温かいものが胸を満たすのを感じるなか、テンションのメーターが振り切れたのか、蓮華がピョンピョンと飛び跳ねだした。


「デートっ♪ デートっ♪ 秀次くんとデートっ♪」

「はしゃぎすぎだ! 下の階の住人が迷惑するから()めなさい!」


 蓮華をたしなめながらも、俺の口元はほころんでいた。

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