介抱パニック――3
蓮華が泡立てネットでボディーソープを泡立てるなか、待っている俺は、極度の緊張に見舞われていた。
しかたないことだ。婚約したとはいえ、学校一の美少女クラスメイトに背中を洗ってもらうという状況で、緊張しないはずがない。緊張しないひとがいるなら、是非ともその秘訣を教えてほしい。
俺と同じく蓮華も緊張しているらしく、鏡越しに見える美貌は強張っていた。そのことが、蓮華も緊張しているという事実が、『俺を異性として見ている』と示しているようで、鼓動がさらに速まった。
「で、では、失礼しますね」
「お、おう」
充分にボディーソープを泡立てた蓮華が固い声で告げ、俺もまた、固い声で応じる。
いよいよ、蓮華に体を洗われるんだな……。
俺はゴクリと喉を鳴らす。鼓動は最高潮に達していた。
蓮華が俺の背中に触れて――
ヌルン
「ふおぉおっ!?」
その感触に、俺はまたしても奇声を上げてしまった。だが、許してほしい。奇声を上げてしまったのは無理もないことなのだ。
なぜならば――
「ど、どうして素手で洗う!?」
てっきりスポンジで洗うと思っていたのに、蓮華は素手で俺の背中に触れてきたのだから。
「手で洗うのが一番肌にいいからです」
「そ、そんな気遣いはいい! きみは気をつけるだろうけど、俺は自分の肌の状態なんて気にしないから!」
「そういうわけにはいきません。秀次くんが気にしなくても、妻になるわたしは、夫を最高の状態にするように努めるべきですから」
俺の反論に耳を貸さず、蓮華はなおも、素手で背中を洗い続ける。白魚のような指が背中を這い回るたび、尾てい骨から脳天までを、ゾワゾワとしたものが走った。
こ、これはマズい! ドキドキしすぎてどうにかなってしまいそうだ!
もし、これ以上セクシャルな刺激が加わったら、俺の理性が崩壊するかもしれない。だというのに、神様はイジワルなのか、さらなるアクシデントを用意していた。
「もう少しボディーソープが欲しいですね」
俺の前に置かれている、ボディーソープのボトルに蓮華が手を伸ばし――
むにゅん
フワフワでネットリした丸い物体が、俺の背中に押しつけられたのだ。
「~~~~~~っ!!」
叫び声を上げてしまいそうになり、俺は慌てて口を覆う。
れれれ蓮華の胸が、俺の背中に……!!
そう。夢のような感触をした丸い物体は、たわわに実った蓮華の胸だ。しかし蓮華は、ボディーソープを泡立てるのに集中しているようで、自分の胸を俺の背中に押しつけていることに気づいていないようだった。蓮華の胸は、なおも俺の背中に押しつけられて、むにゅんむにゅんとかたちを変え続けている。
頭が沸騰しそうになる。煩悩を押しとどめているダムが決壊しそうになる。心音は、耳元で鳴っているかのようにうるさい。
そんな状況下、ついに恐れていた事態が起こってしまった。下半身に血流が集まり、『あれ』が元気になってしまったのだ。
し、鎮まれ! 鎮まってくれ! 鎮まってください! 頼むから!
これまでの人生で、ここまで慌てたことはないかもしれない。素数を数えたり念仏を唱えたりして、俺は必死で『あれ』を鎮めようとする。
そんななか、ふぅ、と息をつき、蓮華が言った。
「背中は洗い終わりました。続いて前側を洗いましょう」
ぎゃあぁああああああああああああああああああああ!!
俺は内心で絶叫した。
どうしてこんな試練を俺に課すのだろうか? 神様はどこまでイジワルなのだろうか? それとも、神様なんていないのだろうか?
前側を洗われたら、元気になった『あれ』を見られてしまう。そうなったら俺は生きていけない。蓮華も俺を軽蔑するだろう。
だからこそ、俺は必死で抵抗した。
「さ、流石に前側はダメだろ! なにを考えているんだ、きみは!」
「だ、大丈夫ですよ、秀次くん。わたしに邪な気持ちはありません。ムラムラなんてしていませんから」
「訊いてもいないのにそういうことを言ってる時点で大丈夫じゃないんだよ!! 俺の立場になって考えてみろ! きみだって、俺に体の前側を洗われるのは嫌だろう!?」
「そ、そんなことありません! その……ひ、秀次くんなら、いいですよ?」
「マジでなに言ってんの!?」
全身を紅葉色に染めながらも、蓮華は引かなかった。むしろグイグイ来た。本当に勘弁してほしい。
「さ、さあ! こっちを向いてください、秀次くん!」
「向いてたまるかあぁああああああああ!!」
なんとしても前側を洗いたい蓮華と、なんとしても前側を洗わせたくない俺の、激しい攻防がはじまった。
およそ二〇分にも及ぶ攻防の末、俺はなんとか蓮華を制し、『あれ』が元気になっていることを隠しきれた。
一日の疲れをとるために入浴していたのに、なぜ入浴前より疲れなければならないのだろうか? 蓮華との攻防があと一週間は続くと思うと、ストレスで目眩がしそうだ。