介抱パニック――1
結果から言って、俺の嫌な予感は的中した。それも、帰宅から三〇分と経たないうちに。
「止めろ、蓮華! 自分で脱げる!」
「いえ! 自分で脱いだ場合、手首を痛めてしまう恐れがあります! わたしに任せてください!」
自室に向かう俺に蓮華がピッタリと付き添ってきて、着替えようとしたらシャツのボタンを外しはじめたのだ。『俺をサポートする』という責任感が強すぎるあまり、暴走してしまったらしい。
俺の制止を無視して、蓮華は、ひとつ、ふたつとボタンを外していく。異性に衣服を脱がされているシチュエーションに、途方もない恥ずかしさと、わずかばかりの興奮を覚えてしまった。
「無理をするな! きみも緊張しているんだろう!?」
「そそそそんなことはありません! わ、わたしは冷静です! 平静でしゅ! 全然大丈夫でしゅから!」
「嘘をつけ! メチャクチャ噛んでるじゃないか! 顔が真っ赤になっているじゃないか! 視線が泳ぎまくっているじゃないか!」
蓮華が無茶をしているのは一目瞭然だった。しかし、蓮華が手を止めることはなく、すべてのボタンを外し終えて、「失礼します!」と俺のシャツをはだけさせる。
上半身がランニングシャツだけになった俺を前にして、蓮華が目を白黒させた。
「う、あ……秀次くんのインナー姿……!」
「ほら! もういっぱいいっぱいなんだろう!?」
「へへへ平気です! い、いつかは、お互いに裸を見せ合うことになりますし!」
「やっぱり、きみ、テンパってるな!?」
どう考えても蓮華は限界だった。『いつかは互いに裸を見せ合うことになる』という爆弾発言を口にしてしまったのが、その証拠だ。
これ以上、蓮華に無茶はさせられない! それに、俺の羞恥心もレッドゾーンに突入しているし!
気遣いと、恥ずかしさから逃れる目的で、俺は蓮華を押し退けようとする。だが、蓮華の体に触れたとき、俺の左手首が悲鳴を上げた。
「痛ぅっ!」
「無理をしてはダメです! わたしに任せてくれれば大丈夫ですから!」
「う……っ」
蓮華の心配そうな表情を目にして、一瞬、心が揺らぐ。蓮華の世話になったほうがいいんじゃないかと思ってしまう。
そんな自分にハッとして、バカな考えを振り払うべく、ブンブンと勢いよく首を振った。
いや、やっぱりダメだ! ふたりとも恥ずかしすぎてオーバーヒート寸前だし、我に返ったとき、はしたない行為をしたと蓮華が後悔するかもしれない! 互いのために拒むべきだ!
改めて、俺は説得を試みようとする。その折り、蓮華が悲しそうにうつむいた。
「それとも……わたしでは、嫌ですか?」
いつもは見せることのないしおらしい態度に、胸がキュウッと疼く。
そ、その問いかけは反則だろ……っ!
身悶えしたい気分になりながら、俺は考え、悩み、迷い――長く深く溜息をついた。
「……できるだけ、こっちは見ないでくれよ」
ボソボソとした声で頼むと、蓮華が弾かれたように顔を上げる。パチパチとまばたきをした蓮華は、パアッと輝かんばかりの笑顔を咲かせた。
「はいっ!」
もし蓮華が犬だったら、千切れんばかりに尻尾を振りたくっていただろう。その光景を想像して、きっともの凄く可愛らしいんだろうなあ、と思ってしまい、俺の顔がカアッと熱くなった。




