苦手分野のテストは苦痛でしかない――2
午後二時過ぎ、聖ヶ丘高校のグラウンドで、俺はゼーゼーと息を切らしていた。上体起こしや反復横跳び、シャトルランなど、スポーツテストの種目を数々こなし、ヘトヘトになっていたからだ。
全身がダルくて汗まみれ、膝はガクガクと笑っている。明日には、間違いなくあちこちが筋肉痛になっていることだろう。
「けど、次が最後の種目だ」
額の汗を拭い、俺は独りごちる。長く険しかったスポーツテストも、いま順番待ちをしている五〇メートル走でラストなのだ。
ようやく地獄から解放される。帰ったら、即座にベッドにダイブして一眠りしよう。
などと考えているときだった。
「月見里さんだ!」
「こっちを見ているぞ!」
順番待ちしている男子たちが、興奮気味に声を上げたのは。
彼らの視線を追うと、体育館からこちらを眺めている女子たちがいた。そのなかに蓮華の姿がある。輝かんばかりの美しさを持っているからすぐにわかった。
こちらを眺めていた蓮華は、俺の姿を見つけてニコッと笑う。
「「「「「「おおぉおおおおおおおおっ!!」」」」」」
途端、男子たちが色めき立った。蓮華にいいところを見せようと張り切っているのだろう。なんとも単純だが、しかたがない。男の性というやつだ。
まあ、蓮華が期待しているのは多分俺なんだろうけどな。朝食のときにあんなことを言っていたし。
俺は思い出す。
――秀次くんが一生懸命に頑張っている姿が、わたしにとっては一番カッコいいのですから。
無茶を言ってくれるものだ。運動が苦手な俺に、一生懸命に頑張れだなんて。
……まあ、五〇メートル走は本気で走ってみるか。別に蓮華にカッコいい姿を見せようなんて考えてないけどな。最後まで真剣に取り組もうと思っているだけだけどな。
誰に向けるでもなく、心のなかでそう呟く。
「次のやつら、スタートラインにつけー」
その折り、五〇メートル走を担当している教師が指示を出した。いよいよ俺が走る番がやってきたのだ。
ほかの男子とともにスタートラインにつく。
緊張感を伴う沈黙が訪れ――
ピィ――ッ!
教師のホイッスルが引き金となり、号令を待っていた男子たちが一斉に走り出した。
スタートダッシュに失敗して出遅れてしまった俺は、その分を取り戻すべく全力で脚を回転させる。
肺が悲鳴を上げ、乳酸だらけの筋肉が発熱する。苦痛まみれのなか、それでも俺は、意地で全力疾走を続けた。
しかし、悲しいかな、疲労困憊だった体は、俺の意地についていけなかったようだ。
「――――っ!」
足をもつれさせて、俺は体勢を崩してしまった。
俺の体が走る勢いのまま倒れていく。このままでは、顔面から地面にダイブして、擦り傷だらけになってしまうだろう。
マズい……っ!
最悪の事態を回避すべく、俺は左手で受け身を取ろうとする。
グキッ
左手を地面についた瞬間、嫌な音が骨を伝って聞こえた。同時、ズグンッ! と、内側から金槌で殴られているような鈍く重い痛みが、手首を襲う。
「痛ぅっ!!」
グラウンドに倒れ込んだ俺は、激痛のあまり、左の手首を押さえてうめくことしかできない。
「秀次くん!?」
頭のなかが痛みで塗りつぶされるなか、蓮華の悲痛な叫び声が聞こえた。