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パーティーに行ってみた――3

 週末の夜、俺と蓮華は、都内トップクラスと名高い高級ホテルを訪れていた。パーティーは、このホテルのホールにて行われる。


 TPOをわきまえて、俺と蓮華はパーティーにふさわしい服装に着替えてきた。俺は、お見合いでも着た黒いスーツ。蓮華は、オフショルダーでエンパイアライン(胸下から切り替えがあり、裾にかけて直線的に広がったデザイン)の青いドレスだ。


 そのままでも蓮華は美人だが、ドレスで着飾ったことによりその魅力が倍増している。蓮華の周りが輝いてるように見えるほどだ。


 その証拠に、ホールに入った途端、その場にいたひとたちの視線が蓮華に引き寄せられた。彼ら、彼女らが蓮華に見とれている様子を眺めていると、俺までもが誇らしい気分になってしまう。認めたくはないけれど。


「おや、秀次くんではありませんか」


 喜ぶべきなのか悔しがるべきなのか微妙な気持ちになっている俺に、壮年の男性が声をかけてきた。山吹グループと親交のある企業の、経営者だ。


「パーティーにいらっしゃるのはひさしぶりでは?」

「ええ。今日は父に勧められて」

「そうですか。お父上はご壮健ですか?」

「はい。相変わらず仕事に精を出していますよ」

「それはなによりです」


 握手をしながら軽く言葉を交わしたあと、男性経営者の視線が俺の隣に向けられた。


「そちらは月見里さんのご令嬢ですよね? ご一緒にいらしたのですか?」

「ええ。山吹グループと月見里グループは合併を考えていまして、それを機に婚約する運びになったんですよ」


 照れくささが表に出ないように努めながら報告すると、「ほう!」と男性経営者が目を丸くした。


「それはおめでたい限りですね」

「ありがとうございます! そう言っていただけると嬉しいです!」


 弾んだ声で彼の祝福に応じたのは、俺でなく蓮華だった。同時に、蓮華が俺の腕に抱きついてくる。必然的に押しつけられる、たわわに実ったふたつの果実。マシュマロとわらび餅とゼリーのいいとこ取りみたいな感触が、抱きしめられた腕から伝わってきて、俺の体温が急上昇した。


「は、はしたないぞ、蓮華!」

「いいじゃないですか。わたしたちは婚約したのですから」

「いいわけあるか! 人前だぞ!」


 慌てて注意するも、蓮華が俺の腕を解放することはなく、むしろより強く抱きしめてきた。蓮華の表情は一目でわかるほど緩んでおり、「えへへへー」と子どもみたいな笑みをこぼしている。


 そんな蓮華の様子を前に、男性経営者が目をしばたたかせた。


「えーと……おふたりは、グループの合併を機に婚約されたのですよね?」

「ええ、その通りです。けど、どんなかたちの婚約であろうと関係ありませんよ」


『政略結婚なのに、なぜそんなにも仲睦まじいのですか?』と暗に尋ねてきた男性経営者に、蓮華が(にこ)やかに答える。


「たとえ政略結婚であろうと、わたしの愛は変わりません」

「愛ってなんだ、愛って!」

「そのままの意味ですよ。いつも尽くしているではありませんか」


 にへらー、とだらしない顔をしながら、蓮華が俺の肩に頭を乗せてきた。絹糸みたいなゴールデンブロンドがさらりと流れ、ハチミツみたいに甘い匂いがふわりと漂う。


 ええい、こんなときにまでふざけたことを……っ!


 ドキリと心臓が跳ね、カアッと頬が熱くなり、ピクピクとこめかみが痙攣する。迷惑千万だが、ちょっとだけ喜んでいる自分がいて腹立たしい。


 そんな俺たちのやり取りをポカンとした顔で眺めていた男性経営者が、クスクスと笑みを漏らした。


「仲がよろしいですね。つい、若い頃を思い出してしまいましたよ。改めて、ご婚約おめでとうございます」


 再び祝福してくる男性経営者。微笑ましいものを見るような視線が恥ずかしくてたまらない。


「それでは」と男性経営者が去ったのち、俺は魂が抜けるほど深く溜息をついて、蓮華をジロリと睨んだ。


「なにをしてくれているのかな? きみは」

「わたしと秀次くんの仲を見せつけていました♪」

「悪気のない悪事って、たちが悪いことこの上ないよな。TPOって知ってる?」

「もちろん知っています。ですが、わたしと秀次くんの婚約を広めてほしいと、秀雄さんが――いえ、お義父さんが(おっしゃ)っていたではありませんか」

「『仲を見せつけろ』とは言われていないだろ! 広めるだけでいいんだよ! くっついたりしなくていいんだよ!」

「ええー? それじゃあ、物足りないじゃないですかー」

「こ、こいつ、ぬけぬけと言いやがって……! とにかく腕を放してくれ! それから、そのだらしない顔をなんとかしろ!」

「そんなの無理ですよー」


 頬をひくつかせながら注意するも、なおも蓮華は、ぬるま湯に浸しすぎたライスペーパーみたいにフニャフニャな笑顔を浮かべていた。


 幸せでしかたないと言わんばかりの表情をしながら、蓮華が俺に伝える。


「わたしと秀次くんの婚約を祝ってくれたんですよ? 嬉しすぎて幸せすぎて、どうしたって顔が緩んじゃいますよ」


 その笑顔と言葉に、胸が甘く疼き、顔の火照りがより強くなった。


 ああ、もう! きみは本当に厄介なやつだな! どれだけ俺の心を掻き乱せば気が済むんだよ!


 これ以上、蓮華の(そば)にいたら頭が茹で上がる。これ以上、蓮華に密着されていたら心臓が破裂する。


 クールダウンしなければやっていられないと判断した俺は、コホン、と咳払いをして、できるだけ平静を装いながら蓮華に()いた。


「な、なにか飲み物を取ってこよう。なにがいい?」

「でしたら炭酸水を。なければ、果物のジュースでお願いします」

「わかった」


 流石に腕を解放してくれた蓮華をおいて、飲み物を取りにいく(てい)で俺は逃げ出した。

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