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風邪のときは気持ちが弱りがち――1

 翌朝、目が覚めた瞬間に俺は異変を感じた。


 ヒリつくような喉の痛み、体のあちこちにある筋肉痛、悪寒と全身の倦怠感。それらの異変の原因は、考えるまでもない。


「風邪か……」


 呟く自分の声にも張りがなく、(かす)れている。風邪で弱っているのが体感でわかる。


「雨で濡れたのがいけなかったんだろうな」


 ぼんやりとした頭でそう結論付け、力の入らない体でのろのろと起き上がる。ベッドから立ち上がると、足元がおぼつかずによろけてしまい、慌てて近くにある机に手をついて、体を支えた。


 蓮華が負い目を感じないといいんだが……。


 昨日、雨から庇われたことに気づいたとき、蓮華は俺の服を脱がそうとするほど取り乱していた。あれだけ狼狽(うろた)えていたのだ。俺が風邪を引いたと知って、蓮華は平静でいられるのだろうか? 自分を責めてしまうのではないだろうか? 自分の体調よりも、そちらのほうが心配だ。


 ケホッ、とひとつ咳をして、リビングダイニングへと向かう。ドアを開けると、キッチンで朝食の準備をしていた蓮華が振り返った。


「あ、おはようございます」


 笑顔で挨拶してきた蓮華が、俺の様子を目にして血相を変える。


「ひどい顔ですよ、秀次くん! 体調を崩されたんですか!?」

「ちょっとな。風邪を引いてしまったみたいだ」

「……昨日、わたしを庇ったからですね?」


 俺の願いは通じなかったらしい。蓮華は悲しそうに眉根を寄せて、キュッと唇を引き結んでいる。見るからに負い目を感じている反応だ。


 そんな蓮華を見ていられなくて、俺は空元気に笑顔を作ってみせる。


「まあ、心配しなくてもいい。安静にしていれば、すぐに治――ゲホッ!」

「秀次くん!」


 慰めたかったのだが、肝心なところで咳き込んで、失敗してしまう。蓮華が慌てて駆け寄ってきて、ふらつく俺の体を支えた。


「無理はしないほうがいいです。お部屋で休みましょう」

「ああ。悪いな」


 俺に肩を貸し、蓮華が部屋まで連れていってくれる。慰めるどころか気を遣わせてしまった自分が情けなくて、俺は歯噛みした。


 俺をベッドに寝かせた蓮華は、熱を確かめるためか、手のひらを俺と自分の額に当てた。熱が出ているからか、相対的に蓮華の手のひらがひんやりしているように感じる。蓮華の肌が、すべすべでしっとりしていることもあり、触れられているだけで心地いい。


「やはり熱がありますね」

「みたいだな。けど、寝てれば治るだろう。責任を感じる必要なんてないからな」

「そういうわけにはいきません」


 少しでも罪悪感を薄れさせようと気を配るも、蓮華は首を横に振る。


「秀次くんが風邪を引いたのはわたしのせいです。だから、治るまで看病します」

「流石にそれはできないだろ。学校があるじゃないか」

「欠席します」

「はぁ!?」


 驚きのあまり大声を上げてしまい、喉がヒリヒリと痛んだ。痛みに顔をしかめると、蓮華はますます深刻そうな表情になった。


「ほら、やっぱり苦しいんじゃないですか。こんな状態の秀次くんをひとりにはできませんよ」

「……単位はどうするんだよ?」

「単位なんかより、秀次くんのほうがよっぽど大事です」


 一切の迷いもなく蓮華が言い切る。あまりの健気さに照れくさくなってしまい、風邪とは無関係に体温が上昇した。


「そ、そこまでしなくていい。いままで俺は、ほとんどひとり暮らしみたいな生活を送ってきた。風邪を引いても、ひとりでなんとかしてきたんだ。だから、今回も平気だ」

「それなら、なおさらですよ」

「なおさら?」

「秀次くんは、もうひとりじゃないではないですか」


 蓮華の言葉に俺は目を見張る。


 (いつく)しみに溢れた、聖母のような微笑みを浮かべ、蓮華が俺の頭をそっと撫でた。


「いまはわたしがいます。だから、意地を張らなくてもいいんです。頼ってくれてもいいんです」


 優しい言葉に、穏やかな微笑みに、柔らかい手つきに、俺は胸を打たれた。ジン、と心が痺れ、目頭が熱くなる。


 そんな自分に気づかれたくなくて、弱いところを見せたくなくて、俺は強がった。


「……勝手にしろ」

「はい。勝手にします」


 無愛想極まりない態度だったが、蓮華が機嫌を損ねることはなかった。変わらず、優しく俺の頭を撫で続けた。


 きっと蓮華には、俺の強がりなんてお見通しなのだろう。

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