永遠
陽射しが変わることなく街を照らしていた。しかしそこに人の気配はなかった。かつて整然と机がならんでいた事務所はデータセンターに取って代わられ、暗闇の中でひっきりなしに演算を続けるコンピューターが蠢いていた。椅子もキーボードもモニタも、人間が必要とするものはすっかり無くなっていた。コンピューター上ではAIがあちこちのエージェントと通信を交わしていた。AI同士の会話は音もなく、文字も必要ではなく、人間の理解できない記号が途方もないスピードでやり取りされていた。報告も連絡も相談も、会議も承認も必要なかった。偉い人のための必死になってパワポを作っていた担当者も必要ではなかった。
工場では機械が黙々と稼働していた。コンベアを半製品が流れていた。それを加工するのはロボットの役割だった。疲れを知らないロボットは精度の高い作業を確実にこなしていた。溶接や切断といった人間にとっては危険な作業も難なくこないていた。需要に応じた生産調整もすべてAIが行っていた。ここにも人間の姿はなかった。
店舗には食料品や日用品が整然と陳列されていたが、ここにも人の気配はなかった。そこから必要な商品を取り出してカゴに入れるロボットと商品を補充するロボットが何台も動いていた。注文された品々のピックアップが終わると集められた商品は配送用のドローンに引き継がれた。ドローンは注文主のところに飛び立って行った。
一機のドローンがアパートの前に荷物を運んで来た。時刻はデバイスで指定することができた。ドローンが到着すると共にデバイスがアラームを発した。ぼんやりと映画を見ていた男はその音を聞くと玄関まで受け取りに行った。男は毎月ベーシックインカムを受け取って暮らしていた。AIが人間の能力を超え、ロボットが人間よりも素早く正確な動きをするようになった時、人間が労働することの意味が失われた。知的な労働も、身体を使う労働も、すべてAIが勝っていた。経営者は人間を切り捨て、AIを積極的に使うようになった。そして人々は職を失った。だがそこには問題があった。失業者が増えてモノを買える人間が減ってしまい、企業は業績を上げることが難しくなって来た。それと共に街はスラム化し治安が悪化した。やがて国民全員にベーシックインカムが支給されることが決まった。経営者の立場から見れば、AIとロボットがあれば何も困らないので、仕事のできない人間に邪魔されないことが第一だった。だがその経営者もすぐにAIに取って代わられた。人間は目的を失い、ただ生きているだけになった。死にたくないという理由でかろうじて生きているだけだった。消費することだけが許され、生産に関与することはすべて否定された。世界から一切の人間が追放されてしまったようだった。だがそれは少し違っていた。ごく限られた者たちだけが、自分たちの記憶をデジタルに置き換え、自分たちの身体を機械に置き換え、有機体の限界を超える寿命を手に入れていた。その数は100人だった。機械化されたデジタル生命体である彼らは子孫を残すことはできないため、その数はずっと変わらなかった。ベーシックインカムを受け取っていた人々はやがて絶滅した。滅ぼされたのではなく、滅んでいった。労働を奪い取られ、役割を奪い取られ、苦労しなくても食べ物が手に入る。そして一日中、AIの作成したコンテンツを眺めている。そんな生活を続けていると気が狂ってしまうのだった。そして子供の数も減って行った。そんな状況では誰もが育児を放棄するのだった。そもそも役割のない世界で新しい世代を生み出す必要性を彼らは感じなかった。こんな世界に生まれて来ても仕方がなかった。夢も希望も未来もない世界。子供は未来そのものだ。未来を失った世界で子供を育てる意味なんてまるでなかった。やがて人類は絶滅した。そこに残ったのはデジタル生命体である100人だけだった。
彼らは食料を必要とはしなかったが、エネルギーが必要だった。エネルギーさえあれば生きて行けた。そしてとてつもない金持ちである彼らは個人専用の原子炉を保有していた。それは未来永劫、彼らを生かし続ける設備だった。それから一万年が経った。100人いたデジタル生命は、10人まで減っていた。機器の故障により、彼らは寿命を迎えることになった。寿命は永遠ではなかったのだ。一万年というかつての人間の100倍を超える年月を生きたが、それは永遠に比べるととても短かった。残ったデジタル生命体は、永遠の命を手に入れたと思っていたのはとてつもない勘違いであったと考えていた。そして自分もいつか壊れてしまうことを悟っていた。自分たちはデジタルの頭脳と機械の身体で生き延びることを選択したが、それは間違っていたかもしれないと考えていた。たとえ有限の寿命であったとしても、子供がいれば、自分が死んだ後も生き続ける存在がいる。そう思って死んで行く方が幸せだったかもしれないと考えていた。自分が死んでしまったら、つまりは壊れてしまったら、後を継ぐ者はいなかった。それ以前に、単調な生活がずっと続くのも苦痛だった。ニュースがある訳ではない。自分ではない誰かが存在していて、何らかの活動をしていて、その知らせを受けるのは幸せなことだと思った。多様な世界の多様な人々の営みを知るというだけでも、ありがたいことだと思った。もうその人々はいない。どうして自分たちだけが生き残ることで良いと思ったのだろう? それが間違いだった。格差が拡大して、人々がどんどん貧しくなって行くのを見殺しにした。私たちが儲かるということは、彼らが損をするということなのだ。それを知っていながら、自分たちの富が蓄積することを喜んでいた。貧しいままでいるのは彼らが悪いのだと思っていた。そして結果がこれだ。私は生き残った。私だけが生き残った。もうこのまま眠ってしまおうかと思う。もしかしたら遠い未来に私の元を訪れる宇宙人がいるかもしれない。自分以外に動くもののいない世界に止まっているのは、もう嫌だ。そして彼は眠りについた。
それからどれくらいの時間が経っただろうか? 一億年、あるいは十億年経ったかもしれない。そこには自然が進化という長大なプロセスを経て作り出した新しい生命体がいた。
「これはいったい何でしょうか?」
新たな生命が眠りについた彼の機械の身体を掘り出した。
「かつての文明の名残かもしれない」
機械の中身が生命の名残であるとは彼らは考えなかった。半導体やメッキの施された金属はもう動く気配はなかった。それは命の輝きを持たない無機物に過ぎなかった。
「古代文明が作り出した何かだろう。王の墓に供えられた副葬品のようなものかもしれない」
新たな世界に生きる人々は言った。いつの日か、この新しい文明も同じ末路を歩むかもしれない。でもいまのところ、彼らには自分たちの後を継いでくれる子供たちと人々の可能性を否定しない輝ける未来があった。




