人間にしかできないこと
「いちおう全員の意向をヒアリングすることになっていましてね」
課長は申し訳なさそうに言った。人員削減の波が止まることなく続いていた。社員は皆、戦々恐々としていた。今年は特にひどい有様だった。半年も経たないうちに3割に当たる担当者が去って行った。課長は全員が対象と言っているが、私を狙い撃ちしているのではないだろうか? そんな疑念が脳裏を駆け巡っていた。こうして実際に呼び出されてみるとやはり落胆が大きかった。自分なりに精一杯会社のために貢献して来たつもりだった。どうやら会社の私に対する評価はそれとは真逆のようだった。
<早く出て行ってくれませんか?>
ハラスメントになるので実際にそんなことを言われることはないが、課長はそんな目で私を見ていた。きっと中間管理職は、何人辞めさせることができるか、といったことで評価されるのだろう。望んだ訳でもないのに首切り役人に徹しなければならない課長も気の毒だが、もっとかわいそうなのは首を切られそうな私に違いなかった。
「中高年をリストラして新卒採用の原資にするのですか?」
ついそんなことを聞いてしまった。失礼な物言いかもしれない。だが沸々と湧き上がる怒りを抑えようがなかった。
「いや、そういうことでもないのですよ。新卒の採用も随分と減らしています」
意外なことを聞いた。
「もしかしてAIの影響ですか?」
私お質問に課長はこくりと頷いた。新卒のやるような仕事はもはやAIで十分らしい。世の中全般を見渡してみても、生成AIでできることはどんどん増えていた。文書作成、プログラミング、翻訳といったことはすでにAIの方がずっとすぐれた結果を出していた。コンピューターや法律といった今まで難しいとされていた専門知識もAIはすべて知っていた。AIは人間よりも優秀で、ケアレスミスなんて絶対に起こさず、おまけに疲れも知らず、ずっと無給で働いてくれる。人間を雇う必要はだんだんと薄れている。AIの登場はこれから確実にリストラを加速させるに違いなかった。
「助けてください。今、職を失う訳にはいかないのです」
そう言って私はなんとか会社にしがみついていた。スキルがそれなりにある方だから、今回はなんとか凌ぐことができた。中高年のリストラが一段落した後、若年層の人員整理も行われるようになった。ローンを組んだばかりの社員。小さな子供のいる社員。現役でまだまだ働いて行かなければならないが、容赦なく首が切られて行く。プロンプト作成といったスキルを磨いて、AIに脅かされるのではなく、AIを上手に活用することが大切だという人たちもいる。それはそうだが、やがてみんな同じようなプロンプトを作るようになるから、たいした価値もないのだと思った。かつて機械による自動化が身体を使う労働者の仕事を失くしてしまった。
「人間にしかできないことをやろう」
機械に仕事が奪われると考えた人々は知的な労働に専念するようになった。だが今では知的な労働全般がAIで置き換えられようとしていた。私たちはどうすればいいのだろう? もっと創造的なことをするしかないのだろうか?
「お世話になりました。今までありがとうございました」
また一人、今日も職場を去って行った。置き換えのきかない社員はまだ職場に残っていた。社外に幅広い人脈を持っている。圧倒的なセンスを持ち、独自の発想で売れ筋商品を開発する。彼らはまさに、人間にしかできないことをやってのける人たちだった。AIには真似できないことをやってのける人たちだった。だが、そんな凄い人たちに混じって、どうしてこいつが残っているのだろうという感じの社員もいた。
「さすが課長。目の付け所が違いますね。AIがいくら発達したところで、一流のマネージャーには遠く及ばないですね」
彼らは毎日そんな感じでヨイショを続けていた。仕事ができないので、それしかできないのだろう。でも、もうそろそろ奴らも覚悟した方が良いだろう。私はそう思っていた。
「山下さん。申し訳ないが、もう君の仕事はない」
感情を押し殺しながら課長は言った。私は悔しくて仕方がなかった。AIに負けたことが悔しかったのではなかった。あんなヨイショばかりしている奴らよりも先に私が辞めなければならないという現実を受け入れるのが、つらかった。俺もヨイショしとけば良かったのか? いや、俺には無理だ。その時、私はハッとした。俺にも無理だし、きっとAIにも無理なのだ。あんなふうにヨイショするなんて・・・
「人間にしかできないことをやる」
あの連中はまさに人間にしかできないことをやっていた。AI時代をも乗り越えることのできるスキルを身に着けている彼らは、これからもしぶとく生き残って行きそうだった。




