ベーシックインカム
「あなたには月々20万クレジットのベーシックインカムが与えられます」
ダメ元と思って応募した申請が通った。失業から二年以上経っていた。貯金も僅かしか残っていなかった。就職活動は続けていたが、何度も落ちているうちに次第に気力がなくなって来ていた。AIで代替できる仕事が増えて、中途半端な知識やスキルでは仕事に就くのが難しくなっている。余程、才能のある人しか仕事に就けないのかもしれない。
「ありがとうございます」
差し出された証明書を受け取った。何はともあれ、これで暮らして行くことができる。家賃が払えなくなったらアパートを追い出されてしまう。ずっとそんな不安を抱えて生きて来た。食費を切り詰めるしかなくて、いつもお腹を空かせていた。そんな窮乏した生活からようやく抜け出すことができそうだった。それにしても月々20万クレジットとは驚いた。働いていた頃よりも多いかもしれない。今までずっと欲しいものも我慢して来た。買ってもいいんだよな? そう思いながら、説明事項を隅々まで確認する。
<あなたの行う一切の消費活動はモニタされます>
そんなことが書かれていた。何を買ったか? どんなサービスを利用したか? 電気代や水道代はいくらか? 消費活動がモニタされるというのは、そういうことらしい。別にそのつもりはないのだが、アダルト関係には手をだせないだろう。おそらく普通に暮らしていれば問題ないだろう。なんと言っても、消費活動をモニタされるという条件だけで月々20万クレジットもらえるのだ。このまま一生、働かなくても良いかもしれない。
データセンターでは無数のサーバーが唸りを上げて稼働していた。そこで市場動向の分析に特化されたAI「マーケットインサイト」が消費活動のモニタに同意した人々から送られて来るデータを処理していた。とあるクライアントの依頼により、AIは新作スニーカーの開発に向けての市場分析を進めていた。社会は巨大な実験室のようなものだった。研究者がマウスに餌を与えながらその行動を調べて論文を書くように、AIはベーシックインカムという餌を与えられた失業者たちの消費行動を調べていた。そして今後の商品開発に結びつけようとしていた。
市場洞察レポート
ターゲット層:20代~30代の都市部居住者
トレンドキーワード:「サステナビリティ」「ミニマリズム」「カスタマイズ性」
改善点:商品の耐久性に関する課題解決が必要
AIが作成したレポートはクライアント企業のプロダクト開発チームに送信された。さらにAIは環境に配慮した新素材をリストアップし、需要予測シミュレーションを実施し、販売戦略の最適化案を提示した。
開発会議では優秀なプロダクトデザイナーたちが、AIの提案をもとに議論を進めていた。
「AIの予測によれば、耐久性を向上させた素材で新しいデザインを採用すれば売上が35%伸びるそうです」
「製造コストが少し上がりますが、問題はないでしょう。プロトタイプの開発を急ぎましょう」
彼らはとても優秀だった。AIに仕事を奪われるようなことはなかった。彼らにはAIにはないオリジナリティとクリエイティビティが備わっていた。
「今月も20万クレジット入金された。何を買おうかな? そうだ。昨日、ネットの広告で見た新しいスニーカーを買おう」
仕事を奪われて何もすることのない人々は今日も消費活動に励んでいた。消費することで、彼らは社会の役に立っていた。そして実験室のマウスと同じくらい不自由のない生活を送っていた。




