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AI百景  作者: 古数母守
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55.スキップ

 AIを使ってゲームの背景画を生成するようになった。自分で描いていた頃に比べると随分と効率が良くなった。イメージ通りの画像を生成してくれそうなプロンプトを考える。パラメータを調整する。出力された画像がゲームに使えそうなサイバーパンク的要素を含んでいるかを判断する。それが今、私のやっていることだ。絵を描く要素はすっかり無くなってしまった。時々、私は何をしているのだろうと考え込むことがある。AIが登場するまでは、自分で工夫して描いていた。少しだけどやりがいを感じていた。いつからこんなふうになってしまったのだろう? 小学生の頃はとにかく絵を描くことが好きでたまらなかった。白い大きな画用紙に何を描こうかと思うとわくわくした。パレットに絵の具をたらして、どんな色でも作り出した。描きたいものはいくらでもあった。高校生になるとコンピューターを使って描くようになった。絵の具は使わなくなったけど、工夫して意図した通りの絵を描いていた。三年生になると同級生たちは皆、受験勉強に専念するようになった。今村みたいに好きと言えるものはないから、とりあえず大学に進んで、自分に何ができそうか考えてみるよ。そう言いながらみんなは勉強していた。私は一人、部室で絵を描いていた。将来に対する漠然とした不安に包まれていた。大学に行ってから、改めて考えても良いのではと親に言われた。将来の安定が見込めない職業について、子供が苦労するのを見ていられないといった気持ちがじわじわと伝わって来た。でも私は絵を描き続けようと思った。そしてゲームを作っている会社に入り、背景画を担当させてもらうことになった。好きなものを描くという訳ではない。ゲームに必要な要素だから、ゲームに適した画像でなければならない。それでも私には絵を描いているという実感があった。少なくともそれは私が描こうと思った絵だった。細部までとことんこだわって仕上げた。満足できる画像ができると、とてもうれしかった。


 画像生成AIが登場して、状況が一変した。私は絵を描かなくなった。私の仕事は、AIにできるだけ良い画像を生成してもらえるように的確な言葉をつなげたプロンプトを作成することや、パラメータを調整することになった。生成される画像はどれもクオリティの高いものだった。私が描いた方が、ほんの少しだけ良いかもしれないという自負はあったが、AIで画像を作る方が圧倒的に速かった。つまり、コストがかからないということだった。リーダーにしてみれば、AIが生成したものであっても、私が工夫を凝らして細部までこだわって作ったものであっても、どうでも良いに違いなかった。そんな背景にいちいち気を配ることなく臨場感を持ってゲームを楽しんでいるプレイヤーにしてみれば、もっとどうでも良いことなのだろう。AIの生成した画像をリーダーに提出した後、私っていったい何だろうと思った。私だって、それなりに努力を積み重ねて来たのだ。仕事をしながら、デザインの勉強も続けて来た。なかなか気に入ったものができなくて、夜通し描き続けたこともあった。それが今ではプロンプトに使う言葉を考えることやパラメータの調整に時間を費やしている。


 休日にショッピングモールに出掛けた。目的もなくブラブラしていた。ベビーカーに赤ちゃんを乗せた若い夫婦が笑いながらゆっくり歩いていた。小さな子供がスキップしていた。子供は理由もなくスキップをする生き物なのだと思った。何か楽しいことがあったからスキップしているのではなくて、身体が勝手にスキップをして、そうしているうちに楽しくなって来るのだろう。しばらく歩いていると、近くの幼稚園に通う子供たちの絵が展示されているのが目についた。母の日が近いので、お母さんを描いたものなのかなと思った。丸であったり、四角であったり、とても幾何学的なお母さんだった。そこには人間や動物の持つ質感はいっさいなかったが、どの顔も笑っていた。その時、ふと考えた。私は自分を偽っていたのではないだろうか? ゲームの背景画を描くという時点でごまかしはなかったのだろうか? それは本当に私の描きたいものだったのだろうか? もしかしたら私はAIと同じように単に画像を生成していたのかもしれなかった。私は工夫したとか、努力したと言って、創作したつもりになっていたが、それはゲームで消費されるだけの生成物にすぎなかったのかもしれない。小さな子供たちの絵を見ているうちに、もっと自由に描いてみたいと思った。効率的に作画するとか、そういうことではなくて、目一杯時間をかけて自由に描いてみようかと思った。そうしてみよう。なんとなく楽しくなった私は無意識のうちにスキップをしていた。すれ違う人たちが不思議そうに私を見ていた。


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― 新着の感想 ―
いくら自動化が発達しても、 感性や創造心を殺してはいけない……ですよね
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