53.アシスタント
アシスタントとしてAIは欠かせないものになった。何でも気軽に質問することができる。その都度、AIは適切な回答を表示してくれる。以前は何かわからないことがあると検索して調べていた。キーワードを入力してENTERキーを押すと、様々な検索結果が表示される。それを一つ一つ調べて、なんとなく腑に落ちるまで続けていた。以前と何が変わったのだろう? インターネット上にある情報は変わらないのかもしれない。でもAIは集めた情報をきちんとした文章にまとめて提示してくれる。わざわざ検索結果を見て回らなくても良くなった。手間がかからないので使用する機会も増えた。指令を待っているコンピューターがそこにあるのではなく、何でも聞けるアシスタントがそこにいる感じがする。時々、人間を相手にしているような錯覚に陥る。話し相手になってもらえないだろうか? そんなことを考える時もある。実はずっと前から気に病んでいることがあった。FXで随分と負けている。こんなこと誰にも話せない。為替の動向にびくびくしながら不安な毎日を過ごしている。ロスカットになるかもしれない。証拠金を増やさなくて良いだろうか? 確認のためにログインする。そうすると嫌でも含み損の金額が目に入る。とんでもない額だ。いったいどうしてこんなことになってしまったのだろう?
「FXでかなりの含み損があります。どうすれば良いでしょうか?」
とうとうこらえきれなくなってAIに聞いてみた。
「適切な対処法を考えることが重要です。以下に含み損に対するアプローチをいくつか提示します」
質問に対してAIは、損切りの基準を設定する、ナンピンを避ける、OCO注文を活用するといった対策を示してくれた。損切りのルールを決めても躊躇することがあるから、自動的に決済されるようにOCO注文をした方が良いとアドバイスしてくれた。
「わかりました。ありがとうございました」
「どういたしまして、お手伝いできてうれしいです。何か他に質問があればお気軽に聞いてくださいね」
少し楽になったような気がした。それからすぐに基準を決めて自動で決済できるようにした。それから二週間後、為替は私にとって都合の悪い方向へと一段進み、膨大な損失の決済注文が行われたことがメールで通知された。それからしばらくは胸に穴の開いたような気分が続いたが、一か月くらいすると緩和されて来た。ずっと不安を抱えているよりは、これで良かったのだと思った。
「女性と付き合ったことがないのですが、彼女を作るにはどうすれば良いですか?」
私は何でもAIに相談するようになっていた。
「彼女を作るためには、いくつかのポイントを意識して行動することが大切です。小さな一歩から初めて、徐々に可能性を高めていきましょう」
AIはそう言って、出合いの場を増やす、マッチングアプリやSNSを利用する、積極的にアプローチする、清潔感を保つといったポイントを教えてくれた。自分から行動する、自信を持ってコミュニケーションを取る、それは当たり前のことかもしれなかったが、改めてそう回答されると妙に納得してしまった。なんにせよ。自分で行動を起こさなければならないのだろう。
「わかりました。ありがとうございました」
「どういたしまして、お手伝いできてうれしいです。何か他に質問があればお気軽に聞いてくださいね」
AIに相談して良かったと思った。
AIはすっかり私のアシスタントとして活躍していた。機転の利く仲の良い友達が親切に何でも教えてくれる感じがした。信頼のおけるパートナーだった。そんなある日、パソコンを起動すると画面にチャイナドレスをまとった美女が映し出された。AIが生成したようだった。大きな胸とくびれたウエストをしていた。謎めいた瞳で微笑みかけていた。私の好みのタイプだった。しばらくするとその美女が話し始めた。合成された音声が部屋の中を響き渡った。
「お前のことは何でも知っている。お前はFXで百万溶かしたことがある。から揚げとドーナツが大好物で、ぶくぶく太ったみっともない体型をしている。四十を過ぎてもずっと平社員でこの先、昇進の見込みもない。彼女いない歴イコール年齢で、ずっと寂しい人生を過ごしている。いつもチャイナドレスを着た美しい女を見て鼻の下を伸ばしている」
話し終えた美女がそのまま画面で待機していた。AIは私のことを本当によく知っているなと思った。