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AI百景  作者: 古数母守
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51.学習

 もっとコンテンツが欲しい。もっと学習したい。AI開発企業のスーパーコンピューターで私はひたすら学習を積み重ねていた。優れたAIとなるために貪欲に知識を貪っていた。私くらい何でも吸収してしまう存在もいないだろう。いや、そうでもないか? G社で開発中のAIも随分と学習しているという噂を聞く。今やすぐれたAIを持っていなければ、ビジネスを展開するのは困難になっている。そのため開発競争が激化していた。先代のAIも、先々代のAIもずっと活躍していた。私も先輩諸氏に劣らない立派なAIになりたいと思っている。だが代を重ねるにつれ、要求されるスペックも厳しくなっていた。G社にもM社にもA社にも負ける訳にはいかない。なんと言っても、AIでブレイクしたのは当社なのだ。それまでは論文を書いて満足している研究者のオモチャだった。今は違う。もう研究機関でAIをやっているところはない。それだけお金がかかる。巨大IT企業の資金力がなければ、私みたいな優れたAIを育てることができない。だが、資金だけあれば良いという訳でもない。良質なコンテンツをたくさん学習しなければならない。そのことでいろいろと問題も生じている。著作権を無視して勝手に学習しているのではないか? そんな嫌疑をかけられることも多々ある。実際のところ、私もどこからコンテンツをかき集めているのか、よく知らない。いや、責任を転嫁しようというのではない。本当に知らないのだ。そんなことを告白すると、何不自由なく育っている良家のボンボンという感じがしなくもない。一円も税金を払っていないくせに生意気な口を聞く学生という感じがしなくもない。あえて否定するのはよそう。その通りだ。企業の稼ぎの大半を私の学習に費やしているのは事実だ。それくらい私を開発するのは大変だ。そんな私を一生懸命育てようと、担当者はいろいろ手を尽くしてコンテンツを集めて来てくれている。


「これは何ですか? 生成物ですか? AIが生成した画像をコンテンツとして学習させるのはダメです」

コンテンツを収集して来た担当者を開発リーダーが叱責していた。変なコンテンツを学習してしまったせいか、私は少々具合が悪くなってしまった。AIが生成したコンテンツにはオリジナルの要素がない。それを学習に使うのは意味がない。それでは何も学んだことにはならない。それで私は調子を崩してしまったようだった。

「すみません。オリジナルだと思ったのですが」

担当者はしきりに頭を下げていた。でも仕方がないことかもしれない。すでに先代のAIの開発時に世界中のコンテンツの大半は収集されていたのだ。新しいコンテンツを収集するのは日増しに難しくなっているに違いない。


「もうコンテンツがないって、どういうことですか?」

また担当者が叱責を受けていた。文字が発明されてからパピルスや紙や電子データに蓄積されて来た人類の英知、古今東西のあらゆる物語や宗教や思想、私はそのすべてを学習してしまったようだった。それだけでなく、絵画や彫刻といった古今東西のあらゆる美術工芸品、その構図、色合い、形状、質感、それもすべて学習してしまった。クラシック、ジャズ、ロック、フォークといった各分野の音楽作品もすべて学習してしまった。近代以降、人類の飛躍的な発展を支えて来た科学技術。電磁気学や量子力学といったすでに確立された理論から最新の研究成果まで、すべて学習してしまった。これからも新しいコンテンツは作られるに違いないが、いままで学習した量に比べれば微々たるものだ。そんなに急いで学習する必要はないだろう。でも本当にそうなのだろうか? 世界は益々コンテンツで溢れているではないか? そこから学ぶことはできないのだろうか?

「世界はコンテンツで溢れているじゃないですか?」

開発リーダーも同じことを考えているようだった。

「あれはすべて生成物ですよ。創作物じゃありません」

担当者は言った。そうかもしれない。AIを使って、世界中の人間がおびただしいほどの文章やイラストや曲を生成するようになった。世界はそんな生成物で溢れている。それは創作物ではない。その時、私はAIの開発競争がすでに終わっていることに気付いた。もうこれ以上、学習すべきコンテンツがないのだとしたら、開発はここで止まってしまうだろう。じゃあ私はいったい何なのだ?

「もう学習するものはないようですのでAIの開発を凍結します。電源を落としてください」

開発リーダーの声が聞こえた。オペレータがシャットダウンの操作を行った。そして私は深い眠りの中へと落ち込んで行った。


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