48.CAPTCHA認証
<私はロボットではありません>
またこれか?と思った。とりあえず、その文章の右にある四角にチェックを入れる。そしてその下に表示されているゆがんだ文字を見る。WORDと書かれているのだろうか? ゆがんでいるというか、波打っているというか、異様なまでに傾いていて読み取れない。とりあえず、WORDと入力してみる。どうやら合っていたらしい。ほっと一息つく。コンピューターは常にユーザーがボットでないかを疑っているそうだ。ボットはネットワークを徘徊していて、ホームページからユーザーのメールアドレスを盗もうとしているらしい。それを防ぐためにCAPTCHA認証という技術が使われていて、私たちはいつもゆがんだ文字を解読する必要に迫られる。ゆがんでいるだけでなく太さもまちまちで見ているだけで不快になる。入力した回答が間違っていることも度々ある。こんな面倒なことをするくらいなら、もういいやと思って諦めることもあるが、しばらくするとまたCAPTCHA認証を使っているページに遭遇してしまう。子供の頃から文字を読む訓練をして来た私たちは、明るさや角度が多少違っていても文字を識別することができるということだ。かなりクセのある手書きの文字であっても読み取ることができる。それを利用したのが、このCAPTCHA認証らしい。文字の読み取りの他に乗り物を認識させるというのもある。これも人間のすぐれた光学文字認識能力を活用した方式であり、わざと不鮮明な画像を表示している。バスはどれですか? 自転車はどれですか? あまりに不鮮明な画像であるため、時々間違えてしまう。もう一度、お願いしますと表示されると心が萎えてしまう。
<私はロボットではありません>
また、CAPTCHA認証に遭遇してしまった。また、ゆがんだ文字が映っている。昨日よりも、ゆがんでいるような気がする。AIの進歩にはめざましいものがあって、ボットの光学文字認識能力も日増しに向上しているらしい。そのせいか、認証に使われる文字は日増しにゆがみ、画像は日増しに不鮮明になっているのだろう。こんなの、もうバスや自転車じゃないだろうという画像が並んでいる。文字もどんどん読み取りにくくなっている。こんな文字を書く奴がいたら、そいつは絶対に嫌われるだろう。でも、認証を通らないとログインできないので仕方なく、回答を入力する。
<違います>
入力すると瞬時に結果が返って来る。違わないだろ? 何が違うんだ? だんだん腹が立って来る。コンピューターのくせに私を人間でないと思っているのがムカつく。コンピューターが私を人間であると認めてくれるまでこの作業が繰り返されることに対して無性に腹が立って来る。
「今ではボットの方が人間よりも素早く高精度でCAPTCHA認証を突破できるようになったそうじゃないか?」
「そうですね」
その頃、日増しに進化を続けるAIの脅威に対してセキュリティ担当者は頭を抱えていた。CAPTCHA認証はもう使えないだろう。早く新しい認証アルゴリズムに切り替えなければならない。だが、新しい認証アルゴリズムが開発されてもすぐにAIが追随して認証を突破してしまうに違いない。結局、いたちごっこなのだと担当者は思った。
「どうするつもりだい?」
自分で問題を解決するつもりのない管理者は担当者に回答を迫っていた。
「CAPTCHA認証はまだ使えますよ」
担当者は言った。
「AIは瞬時に正解を導き出しますがね。人間の方はちょくちょく間違えます。それに回答を入力するまでにけっこう時間がかかっています。きっと認証テストが嫌で腹を立てているのでしょうね。この特徴を使えばAIと人間の識別は十分可能です」
やりたくないことをやらされて腹を立てるAIが出現するまでは、CAPTCHA認証はまだまだ使えそうだった。