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AI百景  作者: 古数母守
45/56

45.メタバース

「この国を再び偉大にする」

一か月後に迫った投票日に向けて強腰な候補者が叫んでいた。聴衆は皆、うっとりとして演説に聞き入っていた。候補者の口にする言葉やその情熱の発露である激しい身振り手振りにすっかり満足した様子であり、口元からは笑みがこぼれていた。この人物こそ、私たちの代弁者に相応しいと誰もが確信しているようだった。

「不法侵入者たちがこの国を食い物にしているのを私は見た」

候補者がそう言った瞬間に彼の後ろにある巨大なスクリーンに移民たちの傍若無人な振舞いが映し出された。略奪行為が繰り広げられ、それを阻止しようとした警官がひどい暴行を受けていた。これは真実なのだろうか? 私は思った。いや、そんなはずはない。世界がこんなひどい有様のはずはない。そして私は思い出した。そうだ。私はメタバースに来ている。メタバースでは、ソーシャルネットワークよりもずっとひどい情報操作やフェイク画像がはびこるものなのだ。そこではスクリーンに映し出される候補者の顔つきは、あなたが親近感を持てる顔に加工されている。スピーチはあなたが心から共感できる言葉にすり替えられている。そんな偽りに満ちた世界を私は訪れているのだった。

「まったくひどいものだ」

どうしてこんなことになってしまうのだろう? メタバースではもっと素晴らしい可能性に満ちた世界が展開されるはずだった。ところがいざ蓋を開けてみれば、偽りに満ちたとんでもない世界が広がっているだけだった。

「人は見たいものしか見ようとしないのだ」

私は思った。嘘や偽りに満ちていると非難したところで何も変わりはしないのだと思った。それは人々が望んでいることなのだ。人々が強く望んでいることが、メタバースで支持されているだけなのだ。経済活動の新しい起爆剤として期待されたメタバースはすでに終わっているかもしれなかった。もうここには何も期待するものはない。そう思って私は現実の世界に戻った。


「この国を再び偉大にする。私はそのために命を懸ける」

候補者が叫んでいた。私は現実の世界に戻って来たのではなかったのか? 私はまだメタバースに留まっているのだろうか? 目の前で繰り広げられている光景はここに来る前と似通ったものだった。人々は候補者の演説に陶酔していた。いつも私たちばかり苦労をしている。つらい目に遭っている。私たちは決して間違ったことをしていない。いつも誠実に勤めを果たして来た。そんな気持ちをわかってくれるのは彼だけだ。候補者を見つめる人々の表情はそう語っていた。

<ここは現実の世界だ>

私は思った。もともと人々は騙されたがっているのだと思った。真実なんてどうでも良いことなのだと思った。

<それがどこであったとしても、人々は見たいものしか見ない。聞きたいことしか聞かない。信じたいものしか信じない>

世界はあらゆる嘘と欺瞞に満ち溢れていた。世界なんて、もともとそういうものかもしれなかった。


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