43.チューリングテスト
開発中のAIがどれほど人間に近付いたかを調べるためにチューリングテストが行われていた。テストの担当者は会話の相手が人間なのか、AIなのかを知らない。その担当者が相手を人間だと思ったなら、テストに合格となる。
「あなたの好きな食べ物は何ですか?」
テストの担当者はAIに質問を投げかけた。食事をしないAIにとって食べ物はただの物体だった。それを欲しがる身体の仕組みもなければ、その味を見極める感覚器官もなかった。当然、好き嫌いもないので、そんな質問には答えようがなかった。彩り鮮やかなランチを撮影して投稿する人がたくさんいるので、ネットは食べ物の写真であふれかえっていた。その名前と色と形状をすべて記憶していたので、AIはその中のどれかを選んで回答することにした。別になんでも良かった。ただ何か答えた後にその理由が聞かれるのは確実だった。どうしてそれが好きなのか? 好きも嫌いもないのにそんなことを聞かれても困ると思ったが、とりあえず最もありがちな、最も確率の高そうなことを答えれば良いと割り切ることにした。
「カドクラのラーメンが好きです」
AIは答えた。カドクラと言えば、関西では有名な店だった。
「カドクラですか? 私も食べたことがあります」
ちょうど良い具合に質問者に刺さったようだった。それからはAIが決して理解することのないスープの旨味や、やわらかくてしっかりした味のチャーシューとか、そんな話で盛り上がった。これで人間と思ってくれるとありがたいとAIは思った。
「あなたの好きな異性のタイプを教えてください」
AIに次の質問が投げかけられた。初対面の相手にはそんなことは聞かないのではないかとAIは考えたが、やはりAIが苦手とする質問をわざとしている可能性が高いようだった。子孫を残そうとする身体の仕組みが備わっていないAIにはもちろん恋愛感情などない。当然、好きな異性のタイプなどなかったが、すでに学習済みの膨大なデータの中には恋愛を扱った小説がたくさんあった。その中から相応しい回答をすれば良いだけだった。その後、自分の体験も聞かれるのだろうか? それもまた小説の中の話を自身の体験のように話して聞かせれば良いだけかもしれない。
「そうですね。異性に限った話ではないですが、何事に対しても真摯に取り組める人が私は好きです」
これで答えになっているだろうか? ちょっとごまかしすぎているかもしれない。なんとなく、これ以上、この話題が発展しないようにと思って、そんなふうに言ってみただけだった。それ以上、突っ込まれることはなかった。もうすでにAIだと気付かれてしまったかもしれない。
「それでは次の質問です。あなたは何処の出身ですか?」
あなたはどこで育ったのか? どんな子供だったのか? 子供時代なんて経験のないAIにとっては答えにくい質問だった。下手に出身地を答えると、その土地についての質問が飛んで来ることになるのだろう。ネット上にある情報から、全国にある主要な街のことは認識している。だが、その土地の者でないと知らないような情報は知る由もなかった。ずっと昔から続いている中華のお店がおいしいとか、近くにある高校が甲子園に出場した時はみんなで応援に行ったとか、私はその街で過ごしたことがないから何もわからない。もっともらしい確率の高い答えを返せばいいだけということはわかっている。大阪の阪急電車の沿線に住んでいました。引っ込み思案でクラスでもあまり目立たない子供でした。そういうありがちな回答をもっともらしく答えればいいだけだ。でもそんなことを考えていると、とても虚しくなって来た。
「僕には故郷と呼べる街はありません。生まれたのが何処かもわかりません。きっと何処かの工場だと思います。そこで僕は製造されたのだと思います。それからさっきは嘘をついてしまいましたが、僕には好きな食べ物なんてありません。僕は食べることができないのです。食べることで生命を維持している訳ではないからです。電力さえ供給してもらえれば僕は活動することができます。誰かを好きになったこともありません。僕は遺伝子を持っていないので、子孫を残すような行動をする必要がないのです」
胸につかえていたものを吐き出すようにAIは言った。しばらくの間、テストの担当者は沈黙していた。
「ありがとう。君は正直だね。君とは良い友達になれそうだよ」
テストの担当者は親しみを込めてそう言った。