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AI百景  作者: 古数母守
42/57

42.指

 部屋の真ん中には机があり、その上にバナナが置いてあった。一本のバナナ? それとも二本? AIにとってそれはあまり問題ではないようだった。バナナの画像を指定され、それに似たものを生成するようにAIは指示されただけだった。AIにとってそれは黄色くて細長い物体にすぎなかった。人間にとってどのような価値があるものなのかをAIは知らなかった。その価値を説明したとしても、食べるということを決して経験することのないAIが理解できるはずはなかった。指定された色と形をした三次元な物体であり、平面で切り取るといろいろな見え方をする。ただそれだけだった。AIは指示された通りに、この仮想的な空間で次々に画像を生成していた。バナナが何本あるかを気にしないのと同じで、指が何本あるかもAIは気にしていなかった。指の画像を指定され、それに似たものを生成するように指示されると、AIは指が六本あったり、関節が妙な具合に折れ曲がったりしている手の画像を生成していた。手をつかったことのないAIにとってはどうでも良いことだった。すっと伸びた腕の先が何本かに別れていて、それは肌色をしていていくつかの関節を持ち、角度を変えることができる。AIが学習した画像はそうしたものだった。それが現実の世界でどのような役に立つのか? 包丁を使って肉や野菜を切り刻む。キーボードを叩いて文章を作成する。エレベーターのボタンを押して扉を開閉する。タッチパネルを触って料理を注文する。そうした実際の生活シーンでの指の使い方をAIは知らなかった。現実の世界に生きていないAIにはそれを学ぶ必要もなかったし、おそらくは学ぶこともできなかった。


「私の指は四本です」

その世界には四本の指の人間がいた。それは鋭い爪を持ち、一本一本が鋭利な刃物のようであり、爬虫類のそれを連想させる形状をしていて、まるで妖怪の手のようだった。経験に従えば、人間の指の数は五本のはずだった。それは四本でも六本でもなかった。今までに私が出会った人間はすべて五本の指をしていた。それは現実の世界ではあたり前のことだった。AIが生成した世界だから、経験から切り離されたAIのすることだから、指の数なんて適当なのだろう。私はそう考えた。そしてあたり前から外れたものを奇怪と感じる意識のことを考えていた。人間の作り出す空想の世界と現実に無頓着なAIが生成した世界には何か接点があるかもしれないと考えていた。この世界にいると空想や好奇心が増幅されるのかもしれなかった。標準から逸脱した奇形は気持ち悪がられて、現実の世界から排除されて来た。そうやって排除されて来たものが、ここでは無頓着に生成されていた。気持ち悪い手の形。何本だかわからないバナナ。

「私の指は六本あります」

目の前の人がそう言った。彼は手を差し出して六本の指を見せてくれた。それはとても見事な六本の指だった。それはとても自然な六本の指だった。一本多くても一本少なくても不自然であるように思えた。私はいったい何を考えているのだろう? 一本少なければちょうど五本じゃないか? そっちの方が自然なはずだと思った。AIの作り出す世界にずっと留まっているせいか、感覚が麻痺して来たのかもしれなかった。

「生まれた時から六本の指がありましてね。母親は気持ち悪がって一本切り落とそうと思ったそうです」

この男は何を言っているのだろう? 一本切り落とす? AIが生成を間違えただけじゃないか? でもそれは現実の世界での出来事だった。いつの間にか、私は現実の世界に戻って来ていた。本物の六本の指をした手を私は見ていた。

「すばらしい指です。こんな完璧な指は見たことがありません」

私はそう叫んでいた。本心からそう思っていた。私が完璧な指を見たのは、それが最初で最後だった。


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